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20 契約結婚の行方②

「パース様。とても、怖かったですよね?」

「……怖い?」

「パース様は物心つかれるよりも前から、妖精の血による影響を受けていらっしゃいました。きっと、辛い思いをたくさんされたでしょう。だから……女暗殺者へ自白させるために肌をさらしたとき、怖かったのではないかと思って」


 サンドラはその現場を見たことはないが、パーシヴァルの肌に魅入られた女性は正気を失い、むしゃぶりつくように襲いかかってくるという。

 今でこそ立派な体躯を持つパーシヴァルだが、子どもの頃は女性に襲われても抵抗できないのだから……きっとずっと、怯えていただろう。


 そう思って尋ねると、パーシヴァルはしばし考えた後にうなずいた。


「……そうだな。きっと、怖い気持ちもあったのだと思う。だが、幼少期から続いていた恐怖よりもずっと強い気持ちがあった」

「……それは?」

「言ってもいいのか? あまり、その、きれいな話ではないのだが」

「あなたが言いたいと思うことを、聞かせてください」


 パーシヴァルには抱えているものを吐き出す権利があり、妻であるサンドラには彼の言葉を聞く義務がある。


(あなたが抱えているものを、私が半分受け取ったりすることはできない。でも、吐き出したいものがあるときに、それに付き添うことはできるわ)


 サンドラがはっきりと言うと、パーシヴァルは苦笑した。


「……ありがとう。私は、愛する妃のためなら呪われた力だろうと何だろうと使ってやろうと思った。サンドラを傷つける者を排除するためなら、そして私の安らげる場所を守るためなら……呪いも過去の出来事も、怖くない。極悪人と呼ばれようとゲスだと指を差されようと、使ってやる――そんな執念にも似た気持ちがあったんだ」


 それは確かに、決してきれいな感情とは言えない。


 己の目的のために、忌むべき力を使う。

 それは物語であれば正義の味方ではなくて、悪役が行うことだろう。


 ……だが、それでも。


(愛する……妃……)


「パース様……」

「……実は、君に先を越されている。毒薬で意識がもうろうとしていたかもしれないが……君は、言ってくれたな。私のことが、好きだと」


 パーシヴァルに言われて、あ、とサンドラは小さな声を上げた。


 彼に指摘されて、ようやく思い出した。アガサに掛けられた劇薬の痛みで気が遠くなっている中、パーシヴァルに向かって「好きです」と……確かに、言った。


(わ、私、あんな状況なのになんてことを……!)


 思わず顔が熱くなったため頬に触れ、うつむいてしまう。


「え、ええと……はい、言いました。あの、聞こえていたのですね……」

「私は、耳はいいからな。……私も、同じ気持ちなんだ」


 そっと、サンドラの手がパーシヴァルの両手に包まれた。

 顔を上げると間近に、青色の目を緩めて微笑むパーシヴァルの顔が。


「私も……君のことが、好きになった。契約結婚している身ではあるが君のことを心から愛するようになったのだと、不覚にもそのときに気づかされた」

「え……」

「君は、私に安らぎを与えてくれた。それだけでなくて、その言動で、その振る舞いで、その眼差しで、私に元気を与えてくれた。そんな君のためなら何だってすると……自分らしくもないことさえ思ってしまった」


 パーシヴァルは少し冗談めかして言うが、実際彼はサンドラを襲撃した犯人を確実に捕らえるために、ずっと忌み嫌っていた自分の魅了の力を使うと決めた。


 彼がそれだけの覚悟を決められるほど……サンドラは、彼に愛されているのだ。


 愛されているというのは、嬉しいことだ。

 サンドラも、彼と契約結婚の日々を送る中で、少しずつ想いを寄せるようになっていたのだから。


 だが――


「……ありがとうございます、パース様。でも……どうか、ご自分を大切になさってください」

「……」

「あなたの体質をもひっくるめてあなたの体のことですから、私がとやかく言う権利はないでしょう。今回だって、あなたが決意してくださったからビヴァリー様を捕らえることができたのですし、偉そうなことを言える立場ではないと分かっています。……だから」


 サンドラは顔を上げ、パーシヴァルを見つめた。


「私、強くなります。あなたが私のためにと、辛い思いをしなくて済むように。それで……もしあなたが覚悟の上で魅了の力を使われるのでしたら、私はそれを肯定します。そして、あなたが傷ついたのならばそのお心を癒やせるよう、あなたに安らぎを提供します」

「サンドラ……」

「……申し訳ございません。助けてもらった身で、何を言うかとお思いでしょうが……」

「……いや、そんなことはない。そう言ってもらえて……とても嬉しいよ」


 パーシヴァルは微笑み、それまで握っていたサンドラの両手を離してそっと頬に触れてきた。


「参ったな。私は君のことを、明るくて素直な女性だと思っていたが……それだけでなくて、こんなに凜々しくて格好いいことに今気づいた。私は君に、何度も惚れてしまっているな」

「惚れ……!?」

「過去の記録によると、妖精の血により特殊な体質を得た王族たちは皆、その力をレディアノール王国のために捧げてきたという。私は、こんな力が何の役に立つのか分からないと思っていたが……やっと、分かった気がするよ」


 パーシヴァルの言わんとすることが分かってサンドラが眉間にわずかに皺を寄せると、彼はその皺をそっと撫でた。


「サンドラ、私は王族だ。いずれ王となる兄の治世を美しいものとするためには……ときには王弟となる私が手を汚さねばならなくなる。この魅了の力を使い、国のために尽くすのが私の使命なのではないか、と思っている」

「……」

「だが、君に約束する。私は決して、私の体を粗末に扱ったりしない。妖精の力に溺れることも傲ることもなく、人としての正しい精神を失うこともなく、やるべきことをこなしてみせる……いや、こなしたいと思っている」

「……パース様」


 眉間の皺から再び頬に降りてきたパーシヴァルの手をぎゅっと握り、サンドラは微笑んだ。


「……それがあなたの決意なら、私はそれを受け止めます。パース様は約束を守る方ですから、心配はしていませんよ」

「……ありがとう」

「だから、困ったときや辛いと思ったときには、私に言ってくださいね。私はあなたの妃なのですから、あなたを全力でお支えします。そして……極力あなたが魅了の力を使わなくてもいいように、私にできることをします」


 サンドラは、パーシヴァルの意思を尊重したい。尊重することこそが、彼が二十数年間抱えてきた悩みを解消する手立てになるからだ。


 だが、何もかも一人で抱えないでほしい。


「なんといっても……私はあなたの、安らぎ担当ですからね!」

「サンドラ……」

「困ったときには助け合い、悩みがあったら相談して、一緒に解決する。……そう約束しましたものね?」


 サンドラが笑顔で言うと、パーシヴァルもふわりと笑った。


(……私、パース様のこの笑顔が、好きだわ)


 この、心から安堵するような笑顔を見られることが……そして、彼をそんな風に笑わせられるのが自分だということが、たまらなく幸せだった。


「……そうだな。ありがとう、サンドラ。私は、君のような妃を持てて本当に幸福だよ」

「こちらこそ、です!」

「……では、我が妃よ。早速だが、君に相談したいことがある」


 どこか改まった様子のパーシヴァルに言われたので、サンドラは彼の手を離して背筋を伸ばした。

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