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19 契約結婚の行方①

 深夜、離宮に忍び込んだ女暗殺者が捕縛された。

 そして間もなく、彼女が吐いた首謀者もまた捕らえられた。それは、淡い金色の髪を持つ美しい公爵令嬢――ビヴァリーだった。


 女暗殺者に自供させたパーシヴァルとロイドはビヴァリーの名を聞くなり、女暗殺者を殴って気絶させた。そしてロイドは暗殺者を牢に送り、パーシヴァルは真犯人を捕らえるために動いた。


 ビヴァリーは当然のことながら、最初はしらばっくれた。だが女暗殺者がビヴァリーの名を吐いたと伝えると明らかに動揺し、パーシヴァルや王太子たちに詰め寄られて最終的に罪を認めたのだった。


 ビヴァリーは、パーシヴァルのことを嫌ってはいなかった。

 ――嫌っていないどころかむしろ大好きで、自分が彼の妃になるつもりだった。


 ……つもりだった、は語弊があるだろう。

 サンドラさえ現れなければ高確率で、第二王子妃の座はビヴァリーのもとに回ってきていたのだ。


 パーシヴァルはその体質ゆえ、身分や年齢の釣り合う女性を近づけることができない。これでは王子、後の王弟として公務を行う際に支障が起きるため、どうかしなければならない。


 ……その点、ビヴァリーには傍系王族であるため生まれながらに妖精の血への耐性があった。

 彼女は何も努力しなくてもパーシヴァルのパートナーに選ばれ、何も特殊なことをしなくても彼の隣にいる権利を得られた。


 まさに、口を開いていれば勝手に餌が入ってくる状態。

 ……ビヴァリーは、この立場に満足していた。


 彼女は幼い頃から従兄のパーシヴァルのことが好きで、彼の妃になりたいと思っていた。

 しかも、自分は何の努力もしなくていい。ビヴァリーのように耐性のある若い令嬢はいないので、対抗馬が存在しない。

 いずれ選択肢をなくしたパーシヴァルは、ビヴァリーと結婚するしかなくなるのだ。


 だが、ビヴァリーはそのことを鼻に掛けたりしないし、ましてやパーシヴァルのことを好いているというそぶりも見せなかった。


 男に対して好意をアピールするのは、弱い女のすることだ。そのままでは選んでもらえない、見向きもされないから、必死に自分を飾ってアピールする。


 だがビヴァリーは、そんな見苦しいまねはしない。

 パーシヴァルに自分の好意を向けるなんて、みっともない。好きな気持ちを出すことなくむしろ、「わたくしは仕方ないから、あなたに付き添ってあげるの」と居丈高な態度を取る。

 それこそ、選ばれた女がするべき振る舞いだと思っていた。


 自分は、特別なのだ。王家の血を引き、第二王子に寄り添うことのできる唯一の女性。

 ビヴァリーも結婚適齢期になったことだし、このまま彼の妃の座に納まると信じて疑わなかった。


 ……だが、そうはならなかった。

 突如現れたサンドラ・エドモンズが、全てを奪っていった。


 悔しかった。サンドラ・エドモンズのことが、憎かった。

 最初のお披露目パーティーにはどうしても出席する気力が出なくて、欠席した。そうして日を改めて離宮を訪問して――貧相でみすぼらしい王子妃を前にして、決意を固めた。


 一応貴族の血筋でありながらなぜか妖精の血に耐性を持つ彼女さえいなくなれば、またしてもパーシヴァルは自分を選んでくれるはず。

 所詮この二人は契約結婚なのだから、サンドラが消えればパーシヴァルはまたビヴァリーを見てくれるはず。


 ……そう思っての犯行だったのだと、ビヴァリーは告白した。

 アガサがサンドラのことを嫌っているという情報を得て、「この体がかゆくなる薬を掛ければ、おまえの嫌いな女をちょっと懲らしめられる」と言ってアガサに劇薬を渡し、彼女が失敗したら暗殺者を送り込んだ。





(……なんとも言えないわね)


 一連の報告を、サンドラはギャヴィストン侯爵邸にある療養用の部屋で聞いた。

 部屋にはアーシュラもおり彼女と一緒にロイドから報告を聞かされたのだが、彼はずっと顔をしかめていた。


「……それで、あなた。ビヴァリー様の処分はどのように?」


 同じく険しい表情の妻に聞かれたロイドは、まつげを伏せた。


「犯行は未遂に終わったし間接的ではあるが、人を使って王子妃であるサンドラ様を傷つけ、また暗殺者を仕向けたというのは事実だ。公爵家からは除名処分だろうし……あと殿下もかなりお怒りのようだったから、よくて追放、最悪毒杯を賜るのではないか」

「……そうですか」


 アーシュラがそっとこちらを見てきたので、サンドラは何も言えずにシーツを握りしめた。


 あの事件から三日経ち、優秀な医師たちの懸命の治療によりサンドラの火傷の跡はかなり塞がってきた。まだ皮が引っ張られるような感覚があるしぴりぴりと痛むが、順調に治っているそうだ。

 ……ただ、もうじき傷口が猛烈にかゆくなるので、それを耐えなければならないという。


 ビヴァリーは、王族暗殺未遂事件を起こした。ただの殺人未遂ではないため、王家の血を引く公爵令嬢といえど重い処分を受けることは回避できないそうだ。


 娘の犯行には無関係だったとはいえ、父親であるグレイディ公爵も相当の処分を受けるらしいし、またあの女暗殺者も極刑、騙されたとはいえ犯罪に加担したアガサも投獄されたそうだ。


 アガサに関してだけは最後の同情心もあるので、極刑だけは考え直してほしいとサンドラも頼もうと思っている。だが後の二人に関しては、国王たちによる処分を受け入れるしかないだろう。


 ロイドが一旦席を外したところで、アーシュラがそっとサンドラの手を握ってくれた。


「あなたが気に病むことは、何もございませんよ」

「……」

「ビヴァリー様は、愛の伝え方を間違えた。そして、自分が愛を伝え損ねたという事実を受け入れられなかった。……わたくしは、もしあなたが殿下と知り合わなかったとしても、殿下とビヴァリー様がうまくいったとは思えません」


 サンドラは、ゆっくりうなずいた。


 ロイドが教えてくれたビヴァリーの心情に関しては正直、ほとんど同情できない。彼女は自分の愛の伝え方を間違えていたし、パーシヴァルのことをも踏みにじっていた。


 愛されたいと願う女性を見下していた彼女ではきっと、まっすぐな心を持つパーシヴァルを射止めることはできなかっただろう。










 アーシュラもずっと看病してくれたので、彼女にも体を休めるように言って退出を促した。

 そうしてしばらくうとうとしていると、ドアがノックされた。


「はい……」

「サンドラ、私だ」


 この声は、パーシヴァルのものだ。


「パース様、来てくださったのですか」

「ああ。……失礼する」


 ドアを開けて入ってきたパーシヴァルは、少し疲れた顔をしており金色の髪もへたっているが、元気そうだった。そんな夫の姿を見られただけで、サンドラはほっとできた。


 パーシヴァルはベッドから起き上がったサンドラを見て、小さく笑った。


「……体はもう、大丈夫か?」

「はい、傷口はまだ少しぴりぴりしますが、お薬を塗っていればなんとか耐えられるくらいです。早めの処置と、あと肩にパッドの入っているドレスを着ていたのがよかったのだとお医者様から言われました」

「ああ。……あのドレスを贈った自分のセンスを褒めたいと思っている」


 パーシヴァルは笑って言ってから、「今いいか」と断ってきた。


(……これまでパース様はお忙しそうだったから、こうしてちゃんと顔を見るのも久しぶりだわ)


 サンドラが席を勧めると、パーシヴァルはベッドの前の椅子に腰を下ろした。


「ロイドから報告は聞いただろうが……ひとまず、だいたいの処分は決まった。それについて、サンドラから何かあるか?」

「……アガサ――王城使用人の女性については、極刑だけは回避してほしいです」

「ああ、君ならそう言うだろうと思って私の方からも提案している。おそらく彼女は投獄処分で終わるだろう」

「ありがとうございます」


 正直サンドラはアガサにやられっぱなしではあるが、元同僚だという最後の情けがある。命はあるのだから、ここで反省してほしいと思っている。


「……それから、だ。非常に言いにくいことではあるが、困ったことがあったら君に相談するという約束をしている以上、サンドラに報告しなければならないことがある」


 そこでパーシヴァルは表情をこわばらせ、自分の上着の喉元をぎゅっと握った。


「……女暗殺者を自白させる際、私は……この力を使った」

「えっ……」

「いくら精神を鍛えられた暗殺者でも、女性である以上私の魅了の対象となる。魅了中の女性は判断能力が落ち、私に触れるためなら秘密を暴露することも厭わなくなる。……そうと分かった上で、私は服を脱いだ」


 サンドラは、小さく息を呑んだ。

 ロイドからは、「女暗殺者を自白させた」としか聞いていない。だからそのときは、拷問などを行ったのだろうか……と思っていたのだが。


(パース様が、自白させるためにあの力を使った……)


 サンドラが何も言えないでいると、パーシヴァルは唇を噛みしめた。


「……自分でも、ひどいことをしたと分かっている。私は、妖精の血によるこの力を疎ましく思っているというのに……必要であれば遠慮なく使った。魅了状態の相手は正常な判断ができなくなり、誘惑に負けて自白するのだと分かっていて……」

「パース様……」

「本当は、このことを君に言いたくはなかった。だが、私に安らぎを与えてくれた君に嘘をつくのが辛くて……隠しごとをしたまま君と夫婦として生きていけるとは思えなかった」


 サンドラは、静かに呼吸をした。

 そしてゆっくりと手を伸ばし――パーシヴァルの手を握った。

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