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間話 第二王子の覚悟

 パーシヴァルの腕の中で、サンドラがすっと眠りに落ちた。一瞬どきっとしたが、その胸元は規則正しく上下していた。


 サンドラの左肩付近のドレスは焼け焦げたようになっており、その下の皮膚も真っ赤に爛れている。

 だが、先日パーシヴァルが贈ったこの秋物ドレスは肩周りにパッドが入っている。パッドがあったからか、サンドラの火傷は最小限で済んだようだ。


「……申し訳ございません、殿下。私が付いておりながら……」


 お付きの女性が真っ青な顔でうなだれたため、気絶したサンドラを抱き上げたパーシヴァルは首を横に振った。


「起きたことを悔いても仕方がない。すぐにサンドラを医務室に連れて行くが……ロイド」

「はい」


 パーシヴァルより少し遅れて駆けつけたロイドは、王城使用人のお仕着せ姿の女性を地面に組み敷いていた。女性は両腕を背中に回されてうつ伏せ状態で拘束されているが、ぐすぐす鼻を鳴らすだけで抵抗らしい抵抗はしていない。


「……おまえが私の妃を害したのか」

「ち、違うんです! 私、こんなつもりじゃなかったんです!」

「ロイド、そいつの発言を書き留めるように」

「はい」

「殿下、どうか聞いてください! 私が渡されたのは、ちょっと体がかゆくなる程度の薬だって言われたんです! 火傷を起こすなんて、知らなかったんです!」


 サンドラを抱えて医務室に向かうパーシヴァルの背中に、女のわめき声がぶつけられる。


「本当です! 知らない女だったけれど……そいつ、私に言ったんです! 第二王子と王子妃は契約結婚にすぎないから、ちょっと怖がらせれば離縁するはず。そうしたら私にもチャンスがあるって!」

「……何?」


 くるりと振り返ったパーシヴァルは一瞬逡巡したものの、すぐにまたきびすを返した。


 今の女の発言は、看過できないものだった。できるなら、今すぐにでも問いただしたい。


 だが、それはロイドでもできることだ。

 今パーシヴァルがするべきなのは、腕の中で痛みを堪えながら眠る妃を医務室に運んで迅速な手当てを受けさせることだ。








 幸い、すぐに医務室に運び込まれたこととお付きの女性が最低限の手当てをしたことなどもあり、サンドラの左肩の火傷は数日もすれば回復するだろうということだった。


「夏場で薄手のドレスだったら、こうはいかなかったかもしれません」と言う信頼できる侍医にサンドラのことを一旦任せ、パーシヴァルは現場に戻った。

 既にあの女は連行された後のようで、騎士団員たちが王城使用人たちへの聞き取り調査を行ったり野次馬を蹴散らしたりしていた。


「……待たせたな、ロイド」

「いえ。……サンドラ様は、いかがでしたか?」

「命には別状はない。火傷の跡も、何日かすれば快癒するだろうとのことだった」

「それはよかったです。……デリア・トーヴィーは、サンドラ様をお守りできなかったことでひどく自分を責めている様子でした」


 デリア・トーヴィーとは、本日サンドラが外出するということでお付きを任せていた女性のことだ。


「彼女にも咎はあるが、相当参っていることだろう」

「はい。そのため念のために監視を付けた上で、部屋で休ませることにしました」

「ああ、ありがたい」

「それから、あの女の件ですが……」


 そこでロイドはパーシヴァルの耳元に顔を寄せ、小声で話し始めた。


 パーシヴァルは難しい顔でその話を聞き、また彼からの返事も耳打ちにしてから、二人は離れた。


「……では、そういうことにしよう。なお、サンドラのことだが……今日は離宮周辺がごたつくだろう。できれば、王城外の安全な場所で休ませたい」

「でしたらどうぞ、我がギャヴィストン侯爵邸をお使いください。空いている部屋は大量にございますし、サンドラ様の看病や精神面でのケアは妻に依頼できるかと」

「そうだな。では今日は私も、侯爵邸に邪魔することにしようか……」


 そんなことを話しながら、パーシヴァルとロイドは歩き出す。


 ……調査をする騎士団員や、サンドラのことを案じて泣く王城使用人、はたまた単なる野次馬でごった返す庭で、王子と侯爵の話に聞き耳を立てている者の姿があることに気づいた者は、少なかった。













 いつもは主である第二王子とその妃が暮らしている離宮は、今日はしんと静まりかえっていた。

 第二王子が結婚してからはいっそう賑やかさを増した離宮だが、本日はその主夫妻が留守にしていた。妃の方は負傷したためギャヴィストン侯爵邸で治療を受けており、第二王子も妻に付き添っているからだ。


 主不在のため、使用人たちも早めに消灯して帰宅するなり使用人用休憩室で仮眠を取ったりする中、ひたり、と離宮四階の廊下を歩く者の影があった。


 廊下の床が石張りということで柔らかい靴を履いているため、ひたり、ひたり、とほんのわずかな音しか立たない。

 影は人気のない廊下を進み、やがて奥にある部屋――王子妃用の私室にたどり着く。


 鍵は、くすねている。

 音を立てずに鍵束を探って目当ての鍵を取り出し、解錠する。


 明かりの灯らないリビングを横切った先にある部屋は、王子妃の寝室。

 現在この部屋の主はギャヴィストン侯爵邸にいるのだから、普通なら寝室は施錠されないはずなのに……しっかり鍵が掛かっている。


 またしても鍵束の鍵を使い、影は寝室のドアを開けた。

 そして、無人であるべきはずのベッドが膨らんでおり、かすかな寝息が聞こえることを確認する。


 影は、ベッドに忍び寄った。枕に赤茶色の髪が散らばるのを見て、懐から細い針を取り出す。

 それを逆手に持ち、枕元に向かった――瞬間。


「……そこまでだ」


 赤茶色の髪が吹っ飛び、腹筋を使ってベッドから跳ね起きた男が針を持つ手を拘束してひねり、床に投げ飛ばした。

 影は高い悲鳴を上げて倒れ、別室から駆けつけてきた男がその者を縛り上げる。


「……まさか本当に、引っかかってくれるとはな」

「殿下の読みが当たりましたね」


 ベッドに腰掛け、赤茶色の髪のかつらをくるくると手の中でもてあそびながらパーシヴァルが言うと、影を拘束したロイドがため息をついた。彼によって縛られた影は、ぜえぜえと荒い息をついている。


「……あの王城使用人の女の言っていたとおり、こいつも女でしたね」

「確かに、首を落とすなどするのであれば男の腕力が必要だろうが、毒針による殺害ならば女性でもできるだろうからな」


 パーシヴァルは、冷めた眼差しで足下の女を見下ろした。


 ……サンドラを治療させた後の現場にて、パーシヴァルとロイドはある計画を立てた。

 それは、偽情報により犯人をおびき寄せるという作戦だ。


 まずは、「サンドラと自分は今夜、ギャヴィストン侯爵邸で過ごす」ということを、大勢の者のいる前で口にする。

 だが――夜に王城で開かれた会議の場で、それを覆す発言をしたのだ。


『自分たちが侯爵邸で過ごすというのは、フェイクだ。あえてサンドラは離宮で過ごさせ、野次馬が近づくのを防ぐ』と、高位貴族たちのみがいる場で告げた。


 これが、嘘情報だ。


 会議の後でパーシヴァルが離宮に運んだのはサンドラではなくて、ただの大きな人形。サンドラは現在ギャヴィストン侯爵邸でアーシュラたちに守られて休んでいる。

 パーシヴァルとロイドに背格好の似た騎士に自分たちのふりをさせて侯爵邸にいさせて、二人はこっそり離宮に戻った。そしてパーシヴァルは妻の髪と同じ色のかつらを身につけた上でベッドに寝て、ロイドは衣装部屋に隠れた。


 ……その結果、襲撃者は侯爵邸ではなくて離宮に現れた。これはつまり、パーシヴァルが王城での会議の場で告げた内容を聞いていた者の中に、犯人がいたということだ。


 高位貴族の中に犯人がいることは、予想していた。なぜならアガサとかいうあの王城使用人が、契約結婚のことを口にしたからだ。


 パーシヴァルとサンドラが契約結婚であると知っているのは、ごく一部の者のみ。そのため犯人は偽情報をもとに、離宮に来るだろうと予想していたのだった。


 だが、犯人からすると自分の足が着くようなまねはできない。

 よって、サンドラを今度こそ殺すために使う道具はナイフなどではなくて、自然死を装えるような……それこそ毒針のようなものでなければならない。サンドラの寝室で派手な戦闘が起こらないという予想も、当たっていた。


「おまえは、誰かに雇われたのだな? 雇い主の名を――言うわけないよな」

「こういうのは、普通の拷問では吐かないのですよね」


 厄介なものです、とロイドは言うが、案の定彼に拘束される女暗殺者はうんともすんとも言わない。

 ロイドによって口内に布をねじ込まれているので自害はできないのだろうが、かといって拷問程度で主の名を吐くほどやわい忠誠心ではないようだ。


 パーシヴァルは、目を細めた。


 犯人のある程度の目星は、ついている。だが、どれも憶測の域を出ていない。

 パーシヴァルの妃を害そうとした者を確実に仕留めるためには、この女から情報を吐かせなければならない。


 そのためには――


 パーシヴァルがベッドから立ち上がると、ロイドがわずかに動揺を見せた。


「……殿下。本当になさるのですか」

「これが一番手っ取り早く、確実だ」

「……しかし」

「ロイド。私はこの力を心底恨んでいる。だが、大切な人のためならこの呪われた能力を使うのも厭わない、と思えるようになったんだ」


 そう言いながら上着を脱ぐパーシヴァルは、静かに微笑んでいた。


 ……パーシヴァルが生まれた瞬間から身にまとわりついてきていた、「耐性のない女性が自分の肌を見ると、興奮してしまう」という体質。

 妖精の血だかなんだか知らないがマイナス要素しかなく、これまで何度もトラウマになるような経験ばかりさせてきた力。


 だがパーシヴァルはサンドラと出会うことができた。

 安らげる場所を得ることができて……そして、この人と共に一生を過ごしたい、この人のためなら何でもする、と思えるほどの情熱を覚えることができた。


 それは、「無個性」と言われてきたパーシヴァルにとって、大きな変化だった。


「……サンドラに言いたくはないが、いつかは言わなくてはならないな」

「……サンドラ様ならばきっと、殿下の決意を受け止めてくださると思います」

「……そうだな」


 パーシヴァルは嘆息してから上着を放り、長袖のシャツのボタンも外した。

 ……そのあたりから、ロイドによって縛られた女の様子がおかしくなってきた。


 拷問やらの話をしているときには一切の反応を見せなかった彼女が、そわそわし始めている。暗殺者としての心構えを叩き込まれているのだろうが……それも、妖精の血の前では無意味だ。


 パーシヴァルが無表情でシャツを脱ぎ捨てるといよいよ、女が身もだえし始めた。


「あ……」

「じっとしろ。……殿下」

「ああ。……おまえ、私に触れたいのか?」


 上半身裸になったパーシヴァルが冷めた眼差しで問うと、顔を真っ赤に染めた女暗殺者はこくこくと何度もうなずいた。


「……ああっ、離せ、離せぇっ……!」

「そんなに触れたいのか?」


 女が、恍惚とした顔でうなずく。


 ……この顔が、ずっとパーシヴァルは苦手だった。

 そして、罪もない女性たちにこんな顔をさせてしまう自分の体が、嫌いだった。


 ……だが今は、どこまでも冷めた気持ちだった。


 愛しい妃のためなら、外道だろうと非道だろうと、使える手は何でも使う。

 パーシヴァルに安らぎを与えてくれた、サンドラのためなら。


「では、対価を払え。……おまえは何者かの命令であの王城使用人に近づき、間接的にサンドラを殺害させようとした。それが失敗したら、毒針を使って殺そうとした。そのように命じた者の名は、何だ」


 パーシヴァルが冷酷に問うと、女はこくっとつばを呑み、口を開いた――

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