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2  騎士様との再会①

 案の定、水汲みが遅れたことについてアガサにぐちぐち文句を言われた。

「怒られるのは私なんだからね」と言うが、ならば最初から自分でやればいい。サンドラに仕事を押しつけている間に化粧直しをしていたことは、顔を見ればすぐに分かった。


 ……そんな嫌みを受けたサンドラだったが、その翌日のアガサはいやに機嫌がよさそうで気味が悪くなった。


「……なんかアガサ、やけに調子がよくない?」


 こそっと友人に尋ねると、彼女は「あ、サンドラはまだ聞いていないのね」と肩をすくめた。


「私もちょっと耳にしただけなんだけど、お上の人から私たちになんか呼び出しがあったそうよ」

「……それがどうして、嬉しいの?」

「知らない。『絶対に私のことよ!』って吠えていたけれど」

「……何のことかしら?」

「さあね。でも、どうせろくでもないことだわ。昼過ぎには機嫌が急降下するんじゃないの?」


 ……友人の予想は、大当たりだった。


 午前中は機嫌がよくて、仕事時間なのに髪を巻いたり爪を磨いたりしていたアガサだが、昼休憩の後に見た彼女はどんよりと落ち込んでいた。


「……あれ、一体何なの?」

「うーん……なんかね、アガサとメイド長が叱られたらしいの」

「えっ、メイド長も?」


 アガサのことはまあいいとして、メイド長も一緒に叱られたというのは意外だった。

 サンドラの問いに、友人はうなずいた。


「なんかね、二人して嘘をついていたんだって。それが一瞬でばれて偉い人とかにむちゃくちゃ叱られて、ああなっているっぽい」

「はぁ……メイド長まで変なことをしたのね」


 まだ十代のアガサのみならば若気の至りというのがあったとしても、メイド長は大人なのだからもう少しは常識のある人間だと思っていたのだが。


(……それにしても、二人でついた「嘘」って、何なのかしら?)


 どちらも自己顕示欲が強くてがめついので、褒美か何かをせしめようとしたのではないかと思われるが、一体何が原因だったのだろうか。









 アガサとメイド長の事件は、「らしい」の形ではあるがあっという間に広まった。そしてアガサは降格処分、メイド長に至っては解雇となり新しいメイド長が就任したため、サンドラたちは戦慄した。


(クビになるほどの大事件だったの!?)


 新しいメイド長は前メイド長よりも年かさで厳格そうな顔つきの中年女性だが、公明正大でとても頼もしい人物だった。

「実力のない人は必要ありません」と皆の前で彼女がはっきり言ったとき、サンドラから少し離れた場所にいたアガサが居心地悪そうに身を縮めたのが分かった。


 それからはサンドラたちがアガサに仕事を押しつけられることもなく、とても快適に働くことができた。新メイド長が、先輩使用人が後輩使用人を統率し、後輩使用人が先輩使用人についての評価をメイド長に報告するという形式を作ってくれたおかげで、以前のような仕事の押しつけ合いや不当評価がなされることもなくなりそうだ。


(雨降って地固まる、というのはこういうことなのかしら?)


 そんなことを考えながら使用人の詰め所で休憩していたサンドラはふと、部屋の隅にある「落とし物箱」に視線をやって息を呑んだ。


(……あっ! あれ、私のハンカチ!)


 新メイド長の提案で設置された落とし物箱には、城仕えの女性使用人たちの落とし物と思われるものが入れられている。ここに自分のものがあれば、メイド長に報告して引き取ることになっていた。


 ブラシや靴下などに混じって、落とし物箱の縁にてろんと引っかかっているのは間違いなく、サンドラがかつて騎士の手当てをする際に使ったハンカチだ。手に取って見るが、名前こそないがこの模様は間違いない。


(落とし物ってことは、あの騎士様が移動するときに落としたのかもしれないわね)


 見るからに女性のものでしかも上質ではないから、拾った人は城で働く女性使用人の誰かのものだろうと判断したのではないか。


 ちょうど今は休憩時間だから、メイド長のところに報告すればいいだろう。


 ……そんな軽い気持ちでハンカチを手にメイド長の部屋に向かったサンドラだったが、数十分後、彼女の姿は使用人用詰め所ではなくて立派な部屋に移動させられていたのだった。







(ど、どうしてこんなことに!?)


 豪華なソファに座ってぶるぶる震えるサンドラは、ここに連れてこられるまでの自分の言動を必死に思い出していた。


 落とし物箱に入っていた自分のハンカチを手に、サンドラはメイド長の執務室に向かった。ちょうど在室で手も空いているとのことだったのでハンカチの報告をするなり、メイド長はすっと顔つきを険しくした。


『それは本当に、あなたのものなのですか?』

『え、は、はい』

『あなたはいつ、それを落としましたか?』

『ええと……実は半月ほど前に、倒れている騎士様を見つけまして。その方の手当てをする際にこのハンカチを使い、それっきり失っていたのです』


 嘘をつく必要もあるまいと思って正直に言うと、メイド長は『分かりました。その言葉は、嘘ではなさそうですね』と言い、サンドラの手をがっしと握ってこの部屋に連行したのだった。


『メイド長様!?』

『しばらく待っていなさい。……不安に思うことはありません。あなたにお礼を言いたいという方がいらっしゃるのですよ』


 メイド長はこの豪華な部屋にサンドラを連行し、最後には優しく言ってから出て行ってしまった。


(ええと。可能性として大いにあり得るのは、あのときの騎士様がお礼をおっしゃろうとしているってこと……?)


 あのハンカチのエピソードと「お礼」という言葉からして、そのように考えられた。サンドラとしても、あのときの騎士が元気になれたかどうかは気になっていたので、改めてが話ができるのならば嬉しいと思っている。


 ……だが。


「ここって、離宮……だよね……?」


 有無を言わさぬ雰囲気のメイド長に連れられて詰め所を出て、これまで庭園の掃除のためにたまに近くを通るくらいだった巨大な離宮に連れてこられ、一階の奥にあるこの部屋に入れられたのだった。


 離宮は、王族の住居である。

 ――つまり。


「エドモンズ嬢、失礼する」


 ドアがノックされる音と涼やかな男性の声に、サンドラははっと我に返った。サンドラの返事を待たずにドアが開かれた先には、上級騎士の制服姿の男性がいた。


(……いや、違う。上級騎士の制服の上にさらに特別な勲章を着けていらっしゃるから、この方は――近衛騎士)


 騎士団には見習い、新人、下級、中級、上級という階級があるが、あの豪華な勲章を着けた近衛騎士は、別格の存在だ。

 高位貴族の生まれで才能も豊かで、主君のためならば命を投げ捨てることも厭わない忠誠心の高さが求められており、王族の乳兄弟などが就くことが多いという。


 サンドラの一番上の従兄くらいの年齢だろう彼は柔らかな茶色の髪を後頭部で束ねており、険しい顔つきではあるがつり眉垂れ目のためか妙な色気が感じられた。なんとなく、とてもモテそうな感じがする。


 彼はソファに座ったまま固まるサンドラを見て、目礼をした。


「メイド長からの報告を聞いている。……あなたは十六日前に、王城南西角付近にて倒れていた若い騎士を介抱した。間違いはないか?」

「は、はい」

「その騎士の顔つきの特徴などは、覚えているか?」


 近衛騎士に問われて、サンドラは必死に半月前の記憶を引っ張り出した。


「ええと、髪は金色でこれくらいの長さでした。目は……確か青色で……申し訳ございません。それくらいしか覚えておりません」

「いや、十分だ。……では、最後に」


 そこで近衛騎士は背後を見て、一歩後退した。彼の背後にはもう一人いたらしく、頭からすっぽりフード付きコートを被ったその人が部屋に入ってきた。


 顔かたちが一切見えない、怪しげな人物だ。思わずサンドラの喉がごくっと鳴るが、近衛騎士がじっとこちらを見ている手前、下手に動くわけにも声を出すわけにもいかない。


(この人は……?)


 緊張で固まるサンドラの前に、フードの人物がやってきた。その人は顔を隠したまま、自分が纏っているコートのボタンを上からいくつか外した。


 コートは着ているがさすがに夏だからか下は薄着だったようで、半袖のシャツ姿だった。二の腕はそこそこしっかりとしており、シャツの胸元から見える胸筋もそれなりに鍛えられている。


(……あれ? もしかしてこの方……)


 サンドラがじっとフードの人物を見ていると、「やはり、そうか」とフードの中から声がした。


「ロイド、彼女で間違いないようだ」

「そのようですね」


 ロイドと呼ばれた近衛騎士がうなずき、サンドラのもとに来てお辞儀をした。先ほどの目礼とは違う、敬意の込められた所作だった。


「……サンドラ・エドモンズ嬢。このたびは我が主君をお助けくださったこと、心からお礼を申し上げます」

「あのときは、礼もろくに言えなかったからな。……君に助けてもらえて、本当に幸運だった。ありがとう、エドモンズ嬢」


 フードの人物もそう言って、フードを外した。

 ……そこから覗いたのは間違いなく、サンドラが半月前に助けたあの金髪の青年の顔だった。


(やっぱり、この方だった。でも……)


「もったいないお言葉でございます。私のような者には、身に余る光栄でございます、ええと――」


 相手のことをなんと呼べばいいのか分からずサンドラが言葉に困っていると、金髪の青年はふっと笑った。


「……君は私のこの顔を見て、助けたわけではないようだな。なんだか嬉しいよ」

「殿下、ご紹介をしても?」

「ああ、よろしく」


 ロイドは姿勢を正し、金髪の青年を手で示した。


「お気づきかもしれないが、こちらにいらっしゃるのはレディアノール王国第二王子であらせられる、パーシヴァル・レディング殿下だ」

「パーシヴァルだ。……あのときは名乗ることも礼を言うこともできず、申し訳なかった」


 金髪の青年ことパーシヴァルが申し訳なさそうに言うが、サンドラは目を見開いたまま言葉を失っていた。


 なんとなく、なんとなーくではあるが、そんな気はしていた。

 王族の住まいである離宮に連れてこられたという時点で、その可能性は十分にあった。だが、まさか、と否定していた。


 ……サンドラの予想は、当たっていた。

 世間のことに疎いサンドラでも、名前くらいは聞いたことがある。


(私が助けたのは、第二王子殿下だった――!?)

登場人物メモ②

アガサ・オーダム(19)

王城使用人。性格がよく似ているメイド長を伯母に持っており、やたらプライドが高い。

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