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16 観劇デートへ②

 本日の公演演目は、レディアノール王国に古くから伝わる伝承をもとにした物語だった。


 貧しい田舎出身の青年は故郷に恋人を残し、宝物を求めて旅に出る。

 そんな彼はひょんなことから大国の王女一行を救って恩人になり婿にと望まれるが、「どんな美姫でも、私の帰りを故郷で待っている愛する人には敵わない」とはっきり断り、宝物を抱えて恋人のもとに戻る、というストーリーだ。


 男女の純粋な愛情を描いているので恋人たちのデートにもぴったりの演目で、約一刻の公演が終わった後はサンドラも大興奮でハンカチを握りしめていた。


「とても素敵でした! 伝承自体は本で読んだことがあって知っているのですが、それが演劇になるとこんなに胸に響くものなのですね……!」

「あの劇団は我が国で最も高名で、王家お抱えでもある。これまで何度も観てきたが……やはり何度観ても素晴らしいな」


 感心したように言うパーシヴァルは懐から時計を出して時間を見てから、お付きの使用人に何事か命じた。


「……客が一斉に出てくる頃合いだな。サンドラ、申し訳ないけれど少しここで待たせてもらってもいいか」

「……そうですね。人混みが多いところは、不安ですものね」


 客たちがばらばらとやってくる入場時はよかったが、終了後は全員が同じ方向に向かうのでどうしても人口密度が高くなり――いくら厚着をしているといえども、パーシヴァルの体質の影響を受ける女性が出てくるかもしれない。


「では今の間に、お手洗いに行ってきてもいいでしょうか?」

「ああ、もちろんだ。ゆっくりしてきてくれ」


 パーシヴァルがそう言ってくれたので、サンドラはボックス席の入り口で待機していた女性使用人を連れて、手洗いに向かった。


(王侯貴族って、大変よね……)


 用事を済ませて個室のメイクルームで化粧直しをしつつ、サンドラは思った。


 王族の「デート」とは、平民の考える「デート」とは全く違う。

 それはサンドラも理解していたのだが、それにしても人生初のデートが王都最大の劇場で最高の劇団による公演を観ることだなんて、一年前の自分に言っても信じてもらえないだろう。


(生まれたときからマッチョに囲まれて育ったことが、こんな未来に繋がるなんて……)


 サンドラの化粧を直してくれた女性使用人が飲み物を取ってきてくれるというので彼女を待っていると、隣の個室が賑やかになった。どうやら、若い令嬢が使用中のようだ。


「……まさかここで、パーシヴァル殿下にお会いできるとは思っていなかったわね」

「さようですね、お嬢様」


 隣から聞こえてきた令嬢と使用人のやりとりに、サンドラはおや、と目を丸くした。


「いきなりのご結婚ということだけれど、お幸せそうで何よりだわ」

「隣にいらっしゃったのが王子妃殿下のようですね」

「そうね。なんというか……やっぱりビヴァリー様と比べると野暮ったいわよね」


 ――使用人が置いていったメイク道具箱をいじっていたサンドラは、小さく息を呑んだ。


「わたくしはてっきり、グレイディ公爵令嬢がパーシヴァル殿下のもとに嫁がれるのだとばかり思っておりました」

「わたくしもよ。グレイディ公爵家なら王家に嫁いでも何も不思議ではないし、お二人がご幼少の頃から社交界ではいつも一緒だったものね」

「なぜご結婚なさらなかったのでしょうか」

「わたくしはあまりビヴァリー様と懇意ではないけれど、ビヴァリー様の方は殿下とのご結婚に乗り気ではなかったそうなの。むしろ、早く結婚して自分を解放してほしい、と殿下におっしゃっていたようで」

「まあまあ、公爵令嬢はとても気が強くてらっしゃるのね」

「こら、メアリ。あまりそういうことを言うものではないわ。……でも確かにビヴァリー様は毅然とした誇り高いお方なのだから、王子妃にぴったりだと思ったわ。美男美女のお二人が並ぶ姿は、それはそれは絵になる光景で……」


 令嬢と使用人の声が、遠のいていった。すぐに用事を終えたので、メイクルームを出て行ったのだろう。


 ……まさかあの二人は、隣の部屋にその野暮ったい王子妃がいて聞き耳を立てていたとは想像もしていないだろう。

 とはいえ、この会場のどこかにその王子妃がいるというのは分かっているはずだから、もう少し遠慮するべきではないか。


「お待たせしました。……サンドラ様?」

「……ああ、飲み物ね。ありがとう、もらうわ」


 戻ってきた使用人から冷たい果実水を受け取り、それをぐいっと煽る。水の冷たさのおかげで、少しだけ頭が冷えた気がする。


『やっぱりビヴァリー様と比べると野暮ったいわよね』

『美男美女のお二人が並ぶ姿は、それはそれは絵になる光景で……』


 何も、驚くことはない。


 ビヴァリーが美しいことは、彼女と挨拶をしたのだからサンドラもよく分かっている。

 そして、美丈夫のパーシヴァルの隣に並ぶとより映えるのは、自分ではなくてビヴァリーだということも納得できる。


(でも、王子妃になったのは私。そして、パース様とビヴァリー様の間に、そういった感情はない)


 パーシヴァルがビヴァリーについて恋愛感情を抱いているという様子は一切見られないし、ビヴァリーも渋々彼に付き添っていたというのは有名な話のようだ。


(事実は事実だし、噂は噂。それに……)


 もし、もしも。

 二人の間に少しでも恋愛の情があったとしても、サンドラがパーシヴァルの妃であることは一切揺るがない。

 そもそも自分たちの結婚はパーシヴァルの体質上ちょうどいい契約結婚であり、過去に彼に恋愛関係になった女性がいたとしても、何も問題ないのだ。


(私はただ、夫であるパース様だけを見ていればいいのよ)


 空になったグラスを返し、メイクルームを出る。

 手洗い場付近には他の令嬢や貴婦人たちもおり、「まあ、王子妃殿下」「ごきげんよう、サンドラ様」と挨拶される。


(私は、第二王子妃サンドラとして生きていくことを決めたわ)


 決めたのだから、うつむいたりしない。


「パース様」

「サンドラか、おかえり」


 ボックス席に戻ると、ワイングラスをバーカウンターに置いたパーシヴァルが笑顔を向けてくれた。


 ……サンドラはただ、この王子の誠意に報いるだけだ。

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