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14 デートのお誘い

 パーシヴァルから外出の提案をされたのは、夏の暑さもかなり和らいできた晩夏のある夜のことだった。


「外出……といいますと、公務の練習でしょうか?」


 先日離宮の庭で実施したお披露目パーティーは、成功に終わった。

 パーシヴァルや国王たちのもくろみどおり、あの日出席した高位貴族が知り合いに、その知り合いがまた知り合いに……という形でサンドラの情報が伝わっているようだ。


 これには、「最初に情報を流したのは、王家と親しい高位貴族」という点がポイントだ。

 もし途中で妙な尾ひれが付いたとしても、サンドラを好意的に捉えてくれた高位貴族たちは「なぜ、私たちの話に余計なものが付いているのだ」と噂を否定することができる。


 まずはごく少数でよいから、強い権力を持つ者から味方に入れる。そして有事には彼らの力を存分に使って反対勢力を叩きのめす。

 ……どうやら、王侯貴族としての戦い方を学ばせてもらえたようだ。


(今度もまた、公務の練習として外出するのかしら?)


 そう思って尋ねたのだが、夕食後のお茶を飲んでいたパーシヴァルは「いや」とすぐに否定してから一旦黙り、それから少し緊張した面持ちで続けた。


「公務などではなく……いわゆる、デートというものだ」

「デー――」

「結婚してこれまでずっと、お互いばたばたしていただろう? だから君にとっての息抜きの時間を提供したいし……その、いつものお礼ができれば、と思って」


 サンドラは、ゆっくり瞬きした。てっきり次なる公務への挑戦だと思いきや、全く違った。


 デート……つまり、仕事などとは全く関係なく、遊びに行くということ。


「……嬉しいです、パース様!」

「そ、そうか。そこまで喜んでくれるのなら、提案してよかった」

「……あ、でも私たちは契約結婚ですよね? デートをするのは契約上問題ないですか?」

「ないと思う。むしろ、私たちの仲が良好であるということを皆にアピールする手段であると捉えれば、契約履行の上で非常に有効であると言えるだろう」

「確かに……」


 サンドラとパーシヴァルの結婚は双方に利益があってのものだが、契約結婚であることを皆に知られてはならない。

 となると、恋愛結婚したという設定の信憑性を高めるためにも、休日にデートを行うことは合理的であるのだ。


「……分かりました。では契約履行のためであり、息抜きのためでもあるデートを行いましょう!」

「ああ。……プランについては、私が考えてもいいかな?」

「はい。……あ、でも私は実は、サプライズとかがあまり好きじゃないんです」


 王城使用人時代の友人には、「恋人にサプライズで祝ってもらったりするのが好き」と言う者もいた。だがサンドラはあまりそういうのに関心がないどころかむしろ、どちらかというとそういうのに冷めてしまうタイプだった。


 よって、デートプラン自体はパーシヴァルに任せようと思うが、だいたいどこに行くのかなどは事前に教えてもらいたかった。


(……あ、でもパース様、興ざめされたりしないかな……)


 言ってしまってから不安になったが、パーシヴァルは「もちろんだ」と笑顔でうなずいた。


「何かあれば随時相談する、というのも私たちのルールだからな。女性には身支度の都合もあるから、ヒールの高い靴を履いているのに思いがけず長距離歩くことになったりしてはよくない。計画内容自体は事前に相談するから、安心してくれ」

「……あ、ありがとうございます。よかった……」

「え、何が『よかった』んだ?」


 心底不思議そうに問われたので、サンドラはあはは、と笑った。


「『サプライズが嫌だなんて、おもしろくない』と思われないかと、心配してしまったのです。きっと、そういうことを言われるのが嫌って人もいらっしゃると思いますし」

「……それはそうかもしれないが、たとえサプライズを仕掛けても仕掛けられた側が楽しいと思えなかったらそれは、仕掛けた側の自己満足でしかないだろう。私としては、このデートが私にとっても君にとっても満足するようなものにしたいと思っている。だからむしろ、先にこういうことを言ってくれて助かった」


 パーシヴァルが真剣な表情で言うので、サンドラは心からほっとできた。


(……よかった。パース様も同じように思っていてくださったのね)


 よりよいデートにしたいから、懸念事項を先に告げておく。

 それはよい方にも悪い方にも受け取られかねないが、パーシヴァルはサンドラと近い考え方をしていると分かった。


 つい、えへへ、とだらしなく笑ってしまったからか、パーシヴァルが目を丸くした。


「どうかしたのか?」

「いえ、その、なんというか……私、契約結婚したのがパース様でよかったな、って思えたのです」


 思っていることを言いあえて、一緒に問題解決に当たれる。

 それはあの契約書作成時に決めたことだから守っているのではあるが、快適に過ごせるのは間違いなく、相手がパーシヴァルだからだろう。


 何やらパーシヴァルは、ぽかんとした様子でこちらを見ている。彼に見られているとどうにも気恥ずかしくなってきたため、サンドラは「それじゃあ!」とソファから立ち上がった。


「私、お茶のおかわりを作ってきますね! パース様、次のお茶は何味がいいですか?」

「……では、リンゴ味を」

「かしこまりました!」


 やや空元気の自覚はあるが、サンドラは勢いよくキッチンの方に向かった。


(……結構大胆なことを言ってしまったかな?)


 湯を沸かしながら、サンドラは先ほどの自分の発言を思い返して、わーっ、と小さな声を上げた。


(でも、あなたと結婚してよかった、って言うくらいなら……契約違反じゃないわよね?)


 そして、ほんの少しでいいから。

 パーシヴァルも同じようなことを考えてくれていたら、サンドラとしては十分すぎるくらいだった。










 やや不自然なくらい明るく振る舞ったサンドラが、キッチンの方に駆けていった。


 王子妃ならば、いついかなるときでもしとやかに歩かねばならない。だが、パーシヴァルはサンドラに「静かに歩け」なんて命じない――いや、命じられない。


 何事にも全力で挑む元気いっぱいなサンドラを見るのが、パーシヴァルは好きだったから。


「私も……」


 そこまで言って、パーシヴァルははっと口元を手で押さえた。


 体質のこともあり、これまでの二十一年間の人生であまり物事に執着しない質になってしまっていた。


 だが、今はサンドラの楽しそうな姿を見るのが何よりも楽しいし……もっと彼女について知りたい、と、心から思えていた。

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