12 王子妃の初仕事②
パーシヴァルに掴まって皆の前に出たサンドラは、まずはパーシヴァルが客たちに挨拶するのを見届けた。
「本日、こうして私の妻を皆に紹介できるのを楽しみにしていた。……サンドラ、前へ」
「はい」
パーシヴァルに促されて、彼の腕から離れたサンドラは前に進み出た。
どくん、どくん、という心臓の音を耳にしながら、サンドラはゆっくりと客たちを見回し――
(……あれ? 同世代の人が、いない……?)
ざっと周りを見ても、そこにいるのは中年から高齢の紳士淑女だけだった。
確かに今日の招待客のほとんどは、国王夫妻となじみのある高位貴族たちばかりだが――その中にどう見ても、招かれているはずの令嬢の姿がない。
だが、ちらと脇を見たときに視線がぶつかったアーシュラが、持っていた扇子の先をちょいちょいと動かした。早く喋りなさい、ということだ。
「……本日はお集まりいただき、ありがとうございました。このたびパーシヴァル殿下の妻となりました、エドモンズ伯爵家のサンドラでございます」
教わったとおりの挨拶、教わったとおりのお辞儀をすると、どこからか「ああ、あの筋肉伯爵家か」との声が聞こえた。マッチョ伯爵家の噂を知っている貴族もいたようだ。
……その拍子に、伯爵邸を出発するときに激励として従兄弟たちが「エドモンズ伯爵家三兄弟による筋肉の舞~サンドラのために~」を披露してくれたことを思い出し、自然と口角が上がった。
(……ありがとうございます、お兄様たち!)
緊張がほぐれたおかげかその後の挨拶はなめらかにできて、一歩下がってお辞儀をすると温かい拍手が溢れた。ロイドとアーシュラも、満足そうな顔で拍手をしているのが見えた。
(よかった、無事に終えられた!)
すぐに立食パーティーの始まりとなり、パーシヴァルの隣に並んだサンドラは彼からぎゅっと手を握られた。
「サンドラ、立派だった。よく頑張ってくれた」
「ありがとうございます。これも殿下やギャヴィストン侯爵夫妻のおかげです」
あとついでに言うと従兄弟たちのおかげもあるのだが、それを口にするのははばかられたので心の中だけで改めて礼を言っておいた。
使用人が渡してくれたドリンクで喉を潤していると、すぐに招待客たちが集まってきた。
「ごきげんよう、殿下。並びにお初にお目にかかります、サンドラ様」
「ああ、久しぶりだなラスボーン侯爵。……サンドラ、こちらは元騎士団長であるラスボーン侯爵だ。私が騎士団に入団した頃に現役で、何度も叩きのめされたものだ」
「まあ、そうなのですね。お初にお目にかかります、ラスボーン侯爵閣下。エドモンズ伯爵家出身のサンドラでございます」
「ああ、あのいい筋肉ばかりを輩出する伯爵家だな! 男ばかりだと思っていたのだが、こんなに愛らしい令嬢がいたとは!」
どうやらこの侯爵は伯爵家の筋肉集団を高く評価しているようで、目が輝いていた。
(もしかすると国王夫妻はこういう面も考慮されて、招待客を吟味してくださったのかもしれないわね)
ラスボーン侯爵とは伯父や従兄弟の話で盛り上がり、その次に挨拶した高齢の公爵夫妻には「孫によく似ている」と言ってもらい、その次に会った大臣夫妻とは王城使用人時代に聞いた噂話に花を咲かせられた。
「……調子がよさそうだな」
パーシヴァルに耳打ちされたので、サンドラは彼を見上げて笑顔でうなずいた。
「はい! これも、パーシヴァル様たちのおかげです」
「なに、サンドラの初仕事を華々しく飾るための準備なのだから、当然だ。……ああ、グレイディ公爵が来たな」
顔を上げたパーシヴァルの言葉に、サンドラは背筋を伸ばした。
(グレイディ公爵……パース様の叔父に当たる方で、その娘が噂のビヴァリー様ね)
挨拶のときにサンドラはビヴァリーらしき令嬢の姿を見つけられなかったがやはり、こちらに来た中年の公爵のそばにそれらしい令嬢はいなかった。
「ごきげんよう、パーシヴァル殿下。ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます、公爵」
「お初にお目にかかります、グレイディ公爵閣下。サンドラでございます」
「おお、パーシヴァル殿下から話は聞いていたが、利発で優しそうなお嬢さんだ」
サンドラの両親より少し若いだろう年齢の公爵は朗らかに笑ってから、申し訳なさそうに目尻を垂らした。
「本来ならば、娘のビヴァリーも連れてくる予定だったのだが……申し訳ないことに、朝になって娘は体調を崩しましてな」
「そうだったのですか。道理で、姿が見られないと……」
パーシヴァルの反応からして、ビヴァリーが急遽欠席することは彼も聞いていなかったようだ。
「はい。昨夜までは、パーシヴァル殿下とサンドラ様にご挨拶するのだと意気込んでいたのですが……申し訳ございません。娘からは、日を改めてまた離宮を訪問させてもらえたら、と言葉を預かっております」
(……つまり、パース様がいらっしゃらないタイミングでビヴァリー様とご挨拶しなければならない可能性もあり得るのね)
サンドラは少し考え込んだが、パーシヴァルは「そうですね」とうなずいた。
「ビヴァリーならよく離宮に来ていたし、大丈夫でしょう。サンドラ、それでいいかな?」
「もちろんです」
サンドラは、少し不安ではあるが即答した。
ビヴァリーの体調が悪いのは仕方がないことだし、普段は騎士団での仕事や公務のあるパーシヴァルをわざわざ離宮にとどめ置くことも難しい。
(……まあ、そのときに考えればいいかな)
グレイディ公爵を見送りながら、サンドラはひとまずそう考えることにしたのだった。
サンドラの初舞台であるガーデンパーティーは、和やかな雰囲気のまま終わることができた。
(なんとか無事に終えられたわ!)
招待客全員を玄関で見送ったサンドラは、大きな息をついた。
「お疲れ様、サンドラ。本当によく頑張ってくれた」
「いえ、パース様のおかげです。ありがとうございました」
サンドラが礼を言うと、並んで廊下を歩いていたパーシヴァルは苦笑した。
「君は、私や国王陛下に礼を言ってばかりだな。もっと、自分が頑張った成果だと思えばいいのに」
「……確かに頑張りましたが、本日のパーティーの成功は皆様のご配慮があってこそのものです」
「それはそうだが……ああ、そうだ」
パーシヴァルは近くを通りがかった男性使用人を呼び止めて、「あれを、サンドラの部屋に」と告げた。使用人は心得たようにうなずき、すぐに上階に向かっていった。
(……何かしら?)
「パース様?」
「今日一日よく頑張った妻へ、私からの贈り物だ。部屋に戻ったら、使ってみてくれ」
パーシヴァルの言い方からして、サンドラの部屋に何かを準備してくれているようだ。何があるのかは、部屋に戻ってからのお楽しみ、ということだろうか。
「……ありがとうございます。では早速、確かめに行ってもいいですか?」
「ああ。夕食までまだ時間があるし、それまでの間はお互い体を休めよう」
「かしこまりました」
四階までは一緒に上がり、部屋に入るパーシヴァルを見送ってからサンドラは急ぎ自分の部屋に向かった。
掃除係のメイドは、パーシヴァルが屋敷にいない時間帯に四階に上がって掃除をして、すぐに降りてくれている。
サンドラは誰もいない部屋を見渡して、ソファの前のテーブルに置かれた袋を見つけた。パーティーの前にこの部屋を出た際、あれはなかったはず。
(何かしら……)
袋を持ち上げると、それなりの重さがあった。もみもみと触ってみたところ、中に入っているのは瓶のようだ。
「……これは、香油……?」
袋を開けて中から取り出したのは、可愛らしい形の瓶だった。ラベルには花の絵が描かれており、疲労回復や快眠、美肌効果のある高級オイルであることが分かった。これを使って風呂に入り、一日の疲れを癒やすように、ということだろう。
「……ありがとうございます、パース様」
ほ、と息を吐き出して、サンドラは瓶を胸元に抱き寄せた。
早くこれを使って風呂に入り、使ってみた感想をパーシヴァルに言いたかった。