<番外編>自分の想いを知る時② side エリック
リリアンへのアプローチを進めると共に、自分の将来についても真剣に考えるようになった。元々、チェルシーと二人で立ち上げた店だが、だんだんとチェルシーとエリックの目指す方向性が違ってきていた。チェルシーは、できるだけたくさんの人にいいものを安く届けたいと思っていた。だから、既製服をメインにしたい。エリックはチェルシーの思想もすてきだとは思うけど、その人に似会ったオリジナルなものを作りたいという気持ちが強い。だから、オーダーメイドの仕事をメインにしたい。
「そうね、そろそろ潮時かもね。エリックも姉離れかぁ……。どうせ、リリアンも連れて行くんでしょうけど、たまに借りるからね。独占しないでよ」
お互いの苦手な所を補うように二人、協力してやってきた。方向性の違いもあるかもしれないけど、二人とも自分一人でやっていける力がついたという事でもあるのだろう。リリアンを連れて行こうと思っていることも全て姉はお見通しだった。
反対されないという事は、このお店よりオーダーメイドでやっていこうと思っているエリックの方が、リリアンの才能を生かせると姉もわかっているのだろう。
独立に向けて、忙しく立ち回っているうちに、足元がおろそかになっていたのかもしれない。
「あの、リリアンさんてなんとかならないんですか?」
どうしても重要で緊急の話があると言われて、最近入った事務の女の子と食事を兼ねて話を聞くことになった。この場をセッティングしたのはチェルシーだが、急な仕事が入ったため、エリックと二人きりだ。
「読み書きが苦手って本当なんですか? 簡単な事務の書類もいつもチェルシーさんやエリックさんが、代筆してるじゃないですか。ただでさえ、忙しいのに手間じゃないですか? 他の従業員もなんでリリアンさんだけ、採寸とかパターンの起こしとか面倒くさい作業をしないのか不満に思ってる人も多いみたいですよ。確かに、デザインは可愛いし、手先は器用ですけど……。最近入った私さえ、耳にするって事は、みんな相当、不満が溜まってるんじゃないですか? リリアンさんと家族だから、贔屓してるんじゃないかって声もありますし、なんか中途半端な気持ちで工房に出入りするのやめて欲しいっていうか…………まだ努力してる姿が見えれば、私だってこんなこと言いませんけど……私だって、文字の読み書きは得意だったんです。でも、初めから計算が得意だったわけじゃなくて。でも、不得意な事があるのが許せなくてがんばって、今では計算も正確に早くできるようになったんですよ! だから、リリアンさんだって、苦手苦手って逃げてないでやるべきだと思うんですよね」
目の前の事務の女の子は、まだ若く、自分の思いをあたかも全ての人の意見であるかのように言う。内容がリリアンの事で、若干動揺するが、この子の言う事が全てではないと気持ちをもっていかれないようにする。ただ、リリアンへの不満が工房に燻っているのも事実なのかもしれない。その後も、リリアンへの不満と、自分がいかに有能な事務員であるかという話が長々と続いた。要するに、遠回しにリリアンを解雇しろという話だった。そして、話の最中に寄せられる熱い目線と自信ありげな態度に、エリックへの想いが垣間見えてうんざりした。
「あなたの話はわかったわ。一つだけ言っておくと、人間、努力でどうにもできない性質っていうのもあるのよ。まだ若いあなたにはわからないかもしれないけどね。リリアンの処遇はチェルシーと私で考えるから、これ以上口出しをするのは止めてちょうだい。お疲れさま」
会計を済ませて、店を出ると、馬車を呼び止めて料金を先に支払い、その女の子に馬車に乗るように促す。もちろん、一緒に馬車に乗って送る気はない。目線で縋ってくるが、それを振り払うようにして背を向けた。
家に帰ると、ダイニングでキャンドルを一つだけ灯して、リリアンがぼーっとして座っている。目の前に置いてあるお茶は手も付けられず、冷めきっているようだ。エリックの胸がきゅっと締め付けられる。リリアンとの未来のために奔走しているつもりだったけど、知らぬ間にリリアンは追い詰められていたのだろうか?
「あ、エリック、お帰りなさい。遅くまでお疲れさまでした」
エリックに気づくと、笑顔で迎えてくれる。あんな話を聞いたせいか、その笑顔もどこかぎこちなく感じられた。
「リリアン……」
リリアンの頬に手を寄せると、それをついと避けられる。
「あの、私、もう眠るね。お休みなさい」
そのままマグカップを持って、足早にリリアンは去って行った。
「なかなかうまくいかないものね……」
ソファにどさりと崩れるように座り込んで身を持たせかける。
「ふふふっ、若者はもっとあがけばいいのよ」
いつの間に現れたのか、エリックの隣にナディーンが座っている。
「母上! また、気配を消しちゃって……」
「今、あなたの店がどうなってるか知りたい?」
「なんで母上がそれを知ってって……愚問かしらね? 今はなんにでもすがりたい気分なの。知ってる事があったら、教えてちょうだい」
得意げな母に、頬杖をついてエリックは問いかける。
「元々、チェルシーは好き勝手に動いて、店を不在にしているでしょう? で、いつもはまめに店に顔を出して潤滑油として動いているエリックも独立に向けて忙しいでしょう。今は責任者がほぼ不在の店で雰囲気は最悪みたいよ」
「なるほどね……」
「特にリリアンへの風当たりは最悪みたいよ。エリックのせいで。アンタが恋愛的なアプローチをリリアンにするから、周りからは嫉妬の嵐。ただでさえ、エリックとチェルシーに可愛がられて、色々な雑務や事務を免除されてるように見えるんだから、その不満も上乗せされて、エライ状況になってるみたいよ」
「ちょっと待って。事務仕事の免除への不満はわかるけど、アタシからのアプローチがなんでいけないわけ? ちょっとお昼に誘ったり、距離感は近くなったかもしれないけど、職場の風紀を乱すほどじゃないわよ」
「エリック。自分の容姿について、自覚してるわよね。女性従業員が多く働くあの店であなたを巡って、色恋沙汰の揉め事が起こらなかった事が奇跡なのよ。それは、あなたが今まで色恋には無縁で、なんなら男が恋愛対象と思われていたからでしょう? それが、家族として可愛がっていたリリアンを恋愛対象として距離を縮め始めたら、いい気はしないし、あわよくば自分がその立場になりたいって思うのも不思議じゃないでしょ?」
「あー……。そういう事……。アタシがリリアンの状況を悪くしてたのね……」
「で、どうするの?」
「……リリアンを除籍して、プレスコット家から」
「……本気なのね?」
「ええ、告白して、結婚前提にしてつきあうわ」
「わかったわ。リリアンを除籍する方向で動くけど、アンタの告白が上手くいってからだからね!」
それから、程なくしてリリアンから店をしばらく休みたいと言われた。ずっと休みを取っていなかった事と、リリアンの今の苦しい状況に二つ返事で了承した。
リリアンは、母上と一緒に出掛けたり、一人で気ままに過ごしたりして、思いつめた様子から徐々に元気を取り戻していって、ほっとした。




