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<番外編>自分の気持ちを知る時④(終) side リリアン

 週初めの店での恒例の朝礼にて、エリックが皆の前でパンパンと手を叩いた。


 「ハイ、今日の朝礼はちょっと長くなりまーす。だから、みんな適当に座って聞いてちょうだい。大事な話だからね。ハッキリさせておきたいことがあるのよね」

 言葉の軽さと裏腹に真剣な表情のエリックに、店の従業員に緊張が走る。事務の女の子はなぜか得意げな顔をして、エリックの真正面に座った。


 「アタシね、あんまり職業に序列をつけるの好きじゃないのよねぇ。確かにデザインがなければこの店が成り立たないし、かといって、お金や事務関係のお仕事も大事だし」

 エリックはそこで言葉を切って、一同を見回した。


 「でもね、そっちから序列をつけてくるなら、こっちも手加減しないってこと。いいこと、アタシはデザイナーもお針子も事務も全部、大事な仕事で働くみんなには感謝しているわよ。でもね、覚えておいて。すてきなドレスや服が作れなければ、この店は成り立たないのよ。あえて、序列をつけるなら、デザイナーが命なのよ。優秀な事務職員と天才的なデザイナーなら、アタシがどっちをとるかなんて明白よね」


 得意げに腕を組んで、エリックの真ん前に座っている事務員の子の顔が蒼白になる。


 「デザインならアタシにもできると思っているみたいだけど、実は違うのよ。アタシには少しのデザインのセンスと、それを広げる力があるだけ。美しい物からインスピレーションをもらって、形にしているの。リリアンは本物の天才なの。なにもないところから生み出せるの。自分の心から湧き出るものをデザインに表現しているの。アタシにはひっくりかえっても真似できないわ。まぁ、天才にありがちだけど、実務やそれを商売にしていく力はまったくないから、そこでちゃんとアタシの出番があるわけだけど……


 わかるかしら、純粋にデザインの才能でいったら、リリアンは抜けてるのよ。そんな天才を、ちょっとばかり読み書きができないからってアタシが手放すと思う? 他に代わりがきかないのよ」


 エリックは、一同を見回しながら、淡々と話し続ける。


 「アタシがリリアンを特別扱いするせいで、ここの空気を悪くしていたことは謝るわ。でも、勝手にアタシの気持ちを決めつけて、リリアンを攻撃するのは違うんじゃないかしら? せめて、アタシに直談判してちょうだい。あ、直談判も受けたし、目に余るからこうして話してるんだけど。でも、大丈夫よ。リリアンが気に食わないなら辞めてちょうだい、なんて言わないから。チェルシーと話し合って、アタシは独立することにしたから。もちろん、リリアンは連れて行くわ。だから、これからは平和に仕事ができると思うわよ」


 「エリックさん、私ただ、エリックさんのお役に立ちたくて……」

 エリックの冷めた物言いと独立宣言に事務の女の子は涙目で訴える。店の事だけでなく、本気でエリックに想いを寄せていたのかもしれない。


 「自分に自信があるんだかなんだか知らないけど、大きなお世話だわ。リリアンの事をきちんと説明したわよね。人の話はちゃんと聞きなさい。公私混同もだめだと思ったから、店は抜けるし、リリアンはプレスコット家から除籍して、結婚前提につきあうことになったから」

「けっこんぜんてい?」

 店の片隅で、話を聞いていたリリアンは頭をかしげる。エリックそんなこと言ってたかなぁ? 確かにおつきあいすることにはなったけど……


「ハーイ、ちょっとばかり空気悪くなっちゃったけど、これからもがんばっていきましょー。あー、別にエリックと喧嘩したとかじゃなくて、方向性の違いも出て来たし、お互い大人になったから、道を分かつだけだから。このお店は既製服中心で、エリックが新しく立ち上げるのはオーダーメイドのお店よ。


 私が好き勝手に動いて、店の事をエリックに任せすぎてキャパオーバーになっていたのも原因なのよね。みんなにも色々と不満もたまっているみたいだから、来週から順次、私が面談する予定だから、これからもよろしくね! エリックに付いて行きたい人は遠慮せず相談してちょうだい。


 だいたいね、エリック如きにキャーキャー言っててどうするのよ? もっといい男はたくさんいるわよ。希望者には紹介するから声をかけてね。あと、エリックの代わりに色々と調整してくれるイケメン入ります! でも、私のなので、観賞用でーす。


 アイダ、これからも期待してるわよ! 若いうちは視野も狭いし、色々と思いこみで動いたり失敗するものよ。エリックの事は諦めて、その分、仕事をしてちょうだい」


 エリックの珍しく真剣できつい物言いに、沈んでいた空気がチェルシーのおかげで軽くなる。さらに、チェルシーの横に立つ長身で精悍な男性にみんなの目は釘付けになった。


 「ほーんと、みんな現金なもんよね。こっちは散々迷惑被ったっていうのに、新しい男前が来たら、もう忘れてるのよ」

 朝礼が終わり、エリックとリリアンがこれまでの感謝と退職する旨を短く述べると店を後にした。今日は街をのんびり散策しようかと、手を繋いで歩く。


 「あのーエリック……」

 「なあに?」

 「ありがとう」

 「ふふっ、惚れ直した?」

 「うん、嬉しかった」

 今日の朝礼に顔を出すように言われていたけど、内容はリリアンも聞かされていなかった。驚いたけれど、毅然とした態度でリリアンをかばってくれて嬉しくて、小さく笑う。


 「でも、エリックがせっかく褒めてくれたけど、最近全然デザインのアイディア浮かばなくなっちゃって……」


 「あら、スランプ? 焦らないことよ。誰にでもあることよ。新しく立ち上げる店は小さい店だから、ちょっとずつリリアンとアタシが働きやすいように工夫していきましょう。なんかきっかけとかあったの?」


 「最近、いいアイディアが浮かばなかったんだけど、エリックが事務のあの女の子と食事に行ったの見かけてからはもう全然ダメで……」


 「ただ、延々と自分は優秀で店に貢献してるだのなんだのっていう話とリリアンの悪口を聞かされるだけだったんだけど。やだー、リリアン、嫉妬しちゃったの?」


 「かなぁ? うん。胸がチクチクした。嫌だった。あの子、私に雰囲気が似ているし、エリックが心変わりしたのかと思った。でも、エリックに告白して、つきあうってなったら、またぶわーっとイメージが湧いて来て……」

 「……」

 「エリックは何もないところから生み出してるって言ってくれたけど、私のデザインのインスピレーションの素って、エリックなのかも。なーんて」

 笑顔で告げるリリアンは、気づくとエリックに壁に囲いこまれていた。


 エリックはリリアンを蕩けるような熱い目で見ると、後頭部に手をかけて食べるかのように唇をつけてくる。甘噛みのような、蕩けるような口づけに、初心者のリリアンは、パニック状態になる。


 目を閉じることもできずに、呼吸もうまくできずに、ドンドンと目の前のエリックの胸を叩く。真っ赤になって、涙目になっているリリアンは、はっとした様子のエリックにやっと解放される。


 「ごめんなさい。我を失ったわ。リリアンが可愛すぎて……」

 「もー、手加減するって、ゆっくりするって言ったのにぃ……」

 「ふふふ、涙目のリリアンも可愛い」

 

 その後は、店としては別になったものの、必要な事があればチェルシーとエリックは連携して、うまく仕事を進めていった。


 エリックが立ち上げた新しいお店は、オーダーメイドのこじんまりとしたお店でリリアンのデザインのファンも着実に増えて、順調に軌道に乗っていった。


 スキナー商会は、息子にリリアンが絡まれていた話を全て聞いたエリックの逆鱗に触れて、事業縮小に追い込まれた。レジナルドの力を借りて、エリックがなにやら画策したらしい。物腰が柔らかに見えるエリックだけど、レジナルドと同様、内面はなかなか激しいのかもしれない。でも、その事実を知っても怖いというよりは嬉しさが勝るリリアンは、もうどっぷりエリックに惚れ込んでいるのかもしれない。


◇◇


 「あれから、一年しか経っていないのですが……」

 つきあうと決めてから一年、エリックとリリアンは今日、結婚する。

 ゆっくりでいいと、いくらでも待つと言っていたエリックの猛攻にリリアンが陥落した形だ。


 「リリアン、今日も綺麗で可愛いわね。やっぱり可愛い系のドレスにして正解ね」

 式の前の控室。着着けの終わったリリアンの化粧をしながら、鏡越しに目が合う。花嫁より輝いている新郎を見つめる。白い礼装をぴしりと着こなし、相変わらず化粧をしなくても美しく整った顔をしている。


 化粧を終え、エリックがリリアンの衣装の最終チェックをしていると、プレスコット家の面々が雪崩れ込んできた。


 「あなたが私の娘になってくれてよかった。リリアン、あなたが私の元に来てくれたのは至上の喜びなのよ」

 母上は式が始まる前から号泣している。

 「ははうえ~。私も母上の娘になれて幸せです……」

 リリアンもナディーンとのこれまでの事を思い出して、もらい泣きしてしまう。


 「ハイハイ、二人とも化粧が崩れてるじゃない。ドレスが皺になるから、今は抱きしめないで母上! もー、母上ったら、大事な息子の結婚式でもあるっていうのに」

 「エリックの事ももちろん愛してるわよ」

 「ハイハイ、わかってるわよ。母上の愛を知らなかったら、リリアンに嫉妬して今頃ぐれてるわよ」

 エリックがそんな二人を引きはがして、テキパキと二人の化粧を直し、リリアンのドレスに寄った皺を直す。


 「結婚だけが幸せじゃないけど、いつまでも弟や妹をかまってないで自分の将来の事を考えなさいよ」

 リリアンを囲んで話して、いつまでも愛でている姉二人にエリックが苦言を呈す。


 「えっ、私もう結婚してるけど。契約結婚だけど。エリックと入れ替わりに入った事務の人よ」

 「私も結婚してるけど。別居婚だけど」

 「ええーー!! ん? リリアンは知ってたかんじなの?」

 「はい。お家にお相手の方とあいさつに来た時に会ってて……」

 「アタシだけが知らないとかそういうオチ?」

 「ごめんなさい、エリック……」

 「まったく。いいのよ、リリアン。どうせ姉さん達に口止めされてたんでしょう?」

 「今日はさすがに来てるから、後から紹介するわ」

 「私も。だから結婚してるけど、今まで通り私達もプレスコット家に住むからこれからもよろしくね!」

 「はぁ、リリアンとの仲を邪魔する気満々ね……しかも、契約とか別居とかどうなってんのよ……」

 父上に連れられて母上と姉さん達が出て行った控室で、式が始まる前からエリックはぐったりしている。


 「ふふっ、旦那様がメイクが上手な人でよかった」

 花が咲くように笑うリリアンに、エリックが近づくとリリアンを抱き寄せて、激しいキスをする。


 「ちょっと……エリック、さっき化粧が落ちるって言ったじゃない!」

 エリックの顔を引きはがして、腕の中で涙目で抗議する。

 エリックはもう一度、軽くキスをすると、リリアンを解放して、何度目かわからない化粧直しをする。

 「いいじゃない。何度でも直せるから大丈夫よ。さ、行きましょう」


 化粧が上手で、リリアンを公私ともに支えてくれるエリック。この先もきっと翻弄される事は違いないけど、そんな日々も楽しいに違いない。騒がしくも愛おしいプレスコット家の面々と。


 リリアンは、エリックと腕を組んで新しい道へと歩き出した。

番外編、リリアンの気持ち 完結です。

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