表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/65

<番外編>自分の気持ちを知る時③ side リリアン

 それから、リリアンはしばらくお店を休む事にした。


 チェルシーとエリックにデザインが思いつかなくなっている事は伏せたがそれ以外の理由は隠さずに全部話した。エリックのアプローチが原因で、年頃の従業員との間がギスギスしている事。最近入った事務員の子の当たりが強い事。ただ、その子の言うように、リリアンだけ事務的な事や面倒くさい事を免除されているようにも見えて、きっと他の従業員にも不満が溜まっているであろう事。

 

 「ごめんね、リリアン。私が工房にあまりいないせいで、そういった事に気づいていなかったわ。今、そんな事になっているのね……」

 チェルシーから謝られて、リリアンは頭を横に振る。


 「ごめんなさいね。アタシが原因でもあるのね……リリアンに最近、周りの当たりが強いと思っていたけど、そういう事だったのね……。きっとチェルシー姉さんやアタシの前では取り繕っていただろうし……リリアン、辛かったわね。言ってくれてよかったわ」

 なぜかエリックの方が泣きそうな顔をしていて、申し訳ない気持ちになる。

 

 「エリックの態度が変わったのがきっかけではあるけど、きっとみんな、私がチェルシー姉さんやエリックに特別扱いされているのにどこか不満があったんだと思う。それが表面に出ただけだよ。私もいい年だし、どう働くのか、どこで働くのかちゃんとこの機会に考えてみようと思うの」

 チェルシーやエリックの態度や言葉はリリアンを心底気遣ってくれるもので、母上の言う通り、二人はちゃんと家族としてリリアンを思ってくれているのがわかった。

 リリアンは、二人をまっすぐに見て、自分の意思を告げた。そろそろ姉離れ、エリック離れをしなければいけない時期なのかもしれない。


◇◇


 お店を休むと決めたら、少し気持ちが軽くなった。やはり、店の雰囲気や他の従業員の態度はかなりリリアンにとって重荷だったようだ。


 最近は、母上に付いて色々な人の話を聞きに行ったり、一人で布や素材のお店に行ったり、マルティナやエミリーの家に顔を出したり、気ままに過ごしている。


 「エリックの工房で働くようになってから、碌に休んでなかったものねー」

 今日も母上とのんびりランチをしていたら、そんな事を言われる。


 「確かに……。楽しかったから、気にならなかったけど、ずっと服やデザインに埋もれるように暮らしていたのかも……」

 思い付きで動くチェルシーとそれに振り回されるエリックという忙しない二人につられて、リリアンもずっと働き詰めだった。服もデザインも大好きだし、居心地も良かったから全然苦ではなかったけど。


 「人生ね、立ち止まる事も必要よ。立ち止まるのって、すごく勇気がいるけどね。でも、時々立ち止まって、自分の気持ちを確認して、広い視点で物事を見るのも大事よ。もうすぐ、リリアンも十六歳だし、いい機会なんじゃないかしら?」


 「確かに。たぶん、色々と問題が出てこなくても、なにか行き詰るようなもやもやする感覚はあったかもしれない。あのお店から離れたら、自分にはなんにもなくなっちゃうとか、デザインがなかったら私はなんの価値もないって思っちゃってた。エリックの気持ちもうれしいけど、どこか受け身だったのかも……」


 食後の紅茶を飲みながら、リリアンはちゃんと自分の気持ちや今後どうしたいのか考えていこうと思った。


 エリックが今、リリアンをどう思っているのかわからない。今でもリリアンを好きなのか? 本気で好きなのか? それとも、他の人に心変わりしたのか? それでも、まずエリックの気持ちは置いておいて、それに流されずに、自分はエリックをどう思っているのか考えてみようと思った。


 まずはエリックとの関係性をはっきりさせてから、仕事について考えよう。一つずつ解決していこう。そう思ったら、この状況から抜け出せるかもしれないと希望が少し湧いてきた。


 それから、しばらく自分の好きなように過ごしながら、自分の気持ちを見つめ、リリアンなりに答えが見つかった気がした。


◇◇


 「あら、リリアンからデートのお誘いなんて珍しいわね?」

 チェルシーから仕事が一段落着いたと聞いたリリアンは、エリックの仕事の休みの日に、植物園に行かないかと誘った。エリックは二つ返事で了承してくれて、二人でのんびりと花の咲き誇る庭園を手を繋いで散策している。


 「それにしても、いい天気ねー。最近、仕事が忙しかったからいい気分転換になるわ。ありがとう、リリアン」

 

 「そんなにお仕事が忙しいの? 私、なにか手伝えることあるかな?」

 

 「ありがとう、リリアン。もう、ちょっとしたら落ち着くから大丈夫よ」

 

 最近、エリックは仕事が忙しいのか、あまり夕食時にも顔を見ないし、珍しく目の下には隈ができている。


 「あのね、エリック。これ私が作ったの。プレゼント」

 一通り庭園を見て回った後、木陰のベンチで休んでいる時に、リリアンはリボンのかかった箱を取り出してエリックに差し出した。


 「えっ? リリアンから? うれしい。開けていい?」

 リリアンが頷くと、エリックは箱にかかった紫色のリボンをゆっくりとほどいた。


 「えーと、お花を見に行くのにお花ってあれなんだけど……」

 リリアンがもごもごと言っているうちに、エリックが箱を開けると、色とりどりの花が箱に敷き詰められていた。


 「わー可愛い。すてきね。ありがとう、リリアン。うれしいわ。リリアンが作ったの?」

 「うん。エミリーさんの知り合いでお花屋さんの方がいて。花束を箱に詰める形にもできるよって教えてくれて、一緒に作ったの。そのまま飾れるし、お水が必要ないように加工してあるの」

 「ねーぇ、リリアン。紫色の花が多い気がするけど、これってアタシの瞳の色を入れてくれたって事? アタシの事考えて作ってくれたって事かしら?」

 エリックからからかうように問われて、リリアンの頬が赤く染まる。


 「あのね、エリック。私、エリックの事が好きなの」

 リリアンの突然の告白に、エリックの切れ長の瞳が丸く見開かれている。


 「きちんと考えたの。エリックからのアプローチに戸惑ったり、うれしかったりしたけど、私はエリックをどう思っているのかちゃんと考えたの。私、エリックの事、男の人として、恋愛対象として好き。家族とか友達とか上司とかではなくて」

 エリックは固まったまま動かないので、リリアンはそのまま続ける。

 

 「でも、怖いの。エリックのことは好きだし。他の女の人と一緒にいるのを見ると胸がチクチクするの。嫌なの。でも、男の人は未だに苦手で。エリックの事は平気なんだけど、この先、エリックの事を怖いって思ったり、嫌だって思ったりしたらと思うと怖いの。自分の気持ちに自信が持てないの。なら家族でいればいいのに、他の女の人に取られるのも嫌で、こんな我儘だめだよね?」

 そう、リリアンの中で燻っていたもやもやの正体はこれだった。リリアンもエリックが好きで、エリックがまだリリアンの事を好きでいてくれたなら、恋人同士になるだろう。そうなった先のことがリリアンには怖くてたまらなかった。


 「リリアン、ありがとう。自分の気持を告げるのってすっごく勇気がいるでしょう? 正直な気持ちを教えてくれてありがとう」

 震えるリリアンの手に自分の手を添えるように握って、エリックが言う。


 「あのね、アタシも小さい頃、リリアンと同じような目にあってる。化粧の厚いおばさんに空いてる部屋に連れ込まれて、服を脱がされそうになったの。幸い、すぐに母上が気づいてくれて、すぐにそのおばさんをアタシから引きはがしてくれて、その後は母上や姉さん達がアタシから目を離さないようにして守ってくれたから、その一回だけ。でも、恐怖心ってなくならないのよね。ずっと家族以外の女の人が怖かった。そのせいもあって、姉達から離れずにいて、そうしてる間に服やアクセサリーやキラキラしたものが好きになったのよ」

 驚いて、エリックを見る。確かに、一目見た時からその中性的な美しさは目を惹いた。貴族など美しい人を見慣れているリリアンでさえ、うっとりと見つめてしまったくらいだ。


 「アタシがね、こんな風に話すのも、軽い雰囲気を装ってるのも、初めは自分を守るためだったのよ。女性を輝かせるものが好きだとか、姉さん達と一緒にいたからってのもあるけど、一番は自分の身を守りたかったのよね。アタシだって、顔ほど心の中は綺麗なもんじゃないのよ。今となっては、もうこれが自分ってかんじで自然なんだけど。この話し方とか見た目だと、男なのか女なのか、よくわかんないじゃない? そうすると女の人ってアタシを一人の男として見ないってわかってたんだと思う。さらに、男くさいブラッドリーと始終いるもんだから、勝手に恋愛対象は男なんじゃないかとか勘違いしてくれたりして、おかげさまでその手の事からは無縁でいられたのよね。だから、アタシもリリアンと同類なのよ」

 どこか遠くを見つめていたエリックが、リリアンの目を見つめた。その真剣な様子に、リリアンの胸がドキリと音を立てた。


 「ねーリリアン、怖いもの同士、ゆっくり育んでいかない? アタシはリリアンが好き。今まで人を好きになったことがないし、リリアン以外を好きになることはない。だから、焦らなくていいのよ。リリアンが私を好きなら、ゆっくりゆっくり気持ちを育てていってほしいの。いくらでも待つから」


 「ほんとに、それでいいの?」


 「もちろん」

 エリックの顔が近づいて来て、コツンとおでこが合わさった。


 「リリアン、好きよ。おつきあいしましょう」


 「うん、私もエリックが好き。よろしくお願いします」

 そのまま唇にキスされる。唇が離れる時にぺろりと下唇をなめられた。エリックの妖艶な流し目とキスに、リリアンは真っ赤になった。


 「待つけど、手加減はしないから」

 エリックは、ぱちりと綺麗なウィンクをした。


 「それは、待つ気がないのでは……」

 一年前と変わらないやり取りに二人から笑いが零れる。

 やはり、これからもエリックに翻弄されることは間違いなさそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ