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<番外編>自分の気持ちを知る時② side リリアン

 スキナー商会の息子とエリックと会って、重たい気持ちで店のドアを開けると、出社している事務やお針子の子達が集まって、リリアンの方を見てひそひそ話しているのが聞こえる。


 「見た? エリックさんだけじゃ物足りなくて、スキナー商会の息子にまで粉かけてんのよ」

 「顔が良ければ、誰でもいいのかしらねー」

 「やだー、ライバル店なのに情報流してたりして!」

 「いいわね、美人は。みんなにちやほやされちゃって」


 お店では、小さい頃はお人形のようだと可愛がってくれていて、働くようになってからはお針子としても、デザイナーとしても重宝してくれていたのに最近、風当たりが強い。


 エリックはみんなのアイドルのような存在だったのだと特別扱いされるようになって、身に染みてわかった。エリックは今までみんなに平等に無関心で同じ距離感だったから、あれだけ美しいのに、それを巡る女同士のドロドロとした諍いがなかっただけなのだ。


 それが、リリアンだけ特別に女性として扱うようになり、嫉妬と、もしかしたら自分にも好意を向けてもらえるかもという期待でギスギスするようになった。


 今のところ仕事に支障はきたしていないし、リリアンは仕事に入ると他のことが目に入らないタイプなので問題はない。ただ小さな悪意はチクチクと針で刺されているようで居心地は悪い。それに、お世話になっているお店が自分のせいでこんな雰囲気になっていることが申し訳ない。


 エリックは相変わらず、リリアンにアプローチしてきているけど、リリアンは戸惑うばかりでどうしたらいいのかわからない。エリックから告白されたわけでもないので、つきあっているわけではないけど、その距離感は家族や同僚としては近すぎる。


 最近、おしゃれが楽しくない。デザインのアイディアもあまり浮かばなくなっていた。そして、昨晩、エリックが最近入った有能な事務の女の子と食事をしているのを見てから、あれだけコンコンと湧き出ていたデザインへの意欲がなくなり、アイディアがぴたりと浮かばなくなった。当たり前にあったものがいきなりなくなってリリアンは戸惑った。そのことを誰にも相談できない。ただでさえ、文字や数字が苦手なのに、唯一の取柄のデザインへの意欲やアイディアを失ってしまったらどうなるのだろう? がっかりされるのが怖い。必要とされなくなるのが怖い。


 そこにきて、除籍の話だ。


 デザイナーとしての才能がなかったら、プレスコット家のお荷物かしら?

 プレスコット家を出て、他のお店でお針子として雇ってもらおうか?

 お店もギスギスしているし……


 このお店では、リリアンが読み書きが苦手なことは周知の事実だし、そういった事務的なことは免除されている。でも、他で働くとなったら、そのことを考慮してもらえるかはわからない。


 ぐるぐると色々な考えが頭を巡って、机の前に座っていても、デザインのアイディアは一つも思い浮かばなかった。


 「リリアンさん、ちょっといいですか?」

 「はい……」

 

 昨晩、エリックと食事をしていた事務の女の子だ。最近入ったばかりなのに、テキパキと仕事をこなしていて、その有能さとはっきりとした物言いで、古参の従業員からもすでに一目置かれていた。この国にしては珍しく、リリアンと同じ系統の容姿をしている。濃い金髪に、琥珀色の大きな瞳、まるで人形のように可愛く整った容姿をしていた。


 呼びつけられて、その子は自分の席に座ったままで、リリアンは正面に立たされている。そんな状況で、その子の容姿をこっそりと観察してしまった。


 エリックは、リリアンが好きだと言ってくれたけど、一体どこが良かったんだろう?

 見た目だけなら、この子もリリアンと同じ雰囲気だし、この子の事を好きになってもおかしくない。

 リリアンのデザインの才能を褒めてくれるけど、なにも思い浮かばなくなってしまった。

 仕事ができる人が好きなら、この子の方がよっぽど、優秀だ。


 エリックも、リリアンを好きだと思ったのは思い違いで、やっぱりこの子の方がいいって思っていたりして……

 だって、男として意識してねと軽く言われ始めてから一年経つ。

 特に進展はない。エリックがリリアンを好きだと勘違いしていて、それに気づいたのかもしれない。そう思うだけで、胸がぎゅっと締め付けられる。


 「リリアンさん、あの、これくらいの書類は自分で処理できませんか? いつもエリックさんかチェルシーさんに代筆してもらってるみたいですけど…… あと、他のデザイナーとかお針子からも苦情がきてるんです。採寸からデザインを起こすところまで自分で全部できないんですか? 子どもの頃からここに出入りしているらしいですけど、甘えすぎじゃないですか? もう子どもじゃないんですから、デザインだけとか、お針子の作業だけとか自分の好きな作業だけやるっていうの通じないんじゃないですか?」


 その内容は正論で、周りの皆もそう思っているのが空気で伝わってくる。皆の視線がグサグサと刺さった。


 リリアンは目の奥が熱くなるのを感じた。次から次へと問題が湧いて来て、自分が情けなくなる。


 「すみません……ご迷惑をおかけしないようになんとかします」

 「私に謝っていたって仕方ないのよ! あなたみたいな甘えた人を見ていると本当にイライラするわ。とにかく、お店全体のことを考えて。エリックさんやチェルシーさんに迷惑かけないでよね」

 「わかりました……」

 他の従業員の視線もどこか刺々しい気がして、いたたまれなくなり、店の外へと飛び出した。朝の活気のある街の中をとぼとぼと歩く。


 今は急ぎでやらなければいけない作業はなかったし、リリアンに割り当てられているデザインの案件も急ぎの仕事ではないし、なにも思いつかない。断りもなく出てきてしまったけど、仕事上で迷惑をかけることはないだろう。なにより、もうあの空間に居たくなかった。

 

 自分はいつも嫌な事があると、すぐに逃げ出してしまうなぁ……

 ふと、足を止めて、地面を見つめる。


 ふいに、実の姉であるマルティナの顔が思い浮かぶ。

 こんな時に会いたくなる。

 でも、マルティナは赤ちゃんを生んだばかりで、大変そうだ。手伝いに行くならまだしも、ぐだぐだとリリアンの悩みを聞かされても迷惑だろう……

 いつまでも、甘えているわけにもいかない。


 「リリアン」

 「えっ? 母上?」

 「さ、行くわよ」

 いつの間にか現れた母上に連れられて、お店からほど近い母上のお気に入りのカフェに入る。


 「ほとんどの問題はね、人の話を聞かないことから起こるのよ。疑問があったら、聞けばいいのよ。それから考えるのよ。さー、リリアンが聞きたいことはなぁに?」


 「母上……私、プレスコット家にいらないのですか?」


 「やっぱり、除籍の話を聞いていたのね。エリックが主導でリリアンの十六歳の誕生日に除籍する方向で動き出したのは事実よ。でも、それがなぜなのかはエリックに聞いてちょうだい。ただ、これだけは知っておいて。私も家族のみんなもリリアンのことを愛している。それは変わらない事実。例え、プレスコット家から除籍されても、リリアンがデザインを描けなくても」


 「母上……」

 ナディーンの言葉に、昨日から我慢していた涙が溢れた。向かいの席に座っていたナディーンがリリアンの前に移動してきて、そっと抱きしめてくれた。


 「母上……なんで知っているの? ……デザインが思いつかなくなったの……誰にも言えなかったのに」


 「うふふ。なーんでもお見通しよ。ねーリリアン、デザインが描けなくなったら、他の仕事をしたらいいのよ」


 「でも、お針子の仕事をするのにも指示書を見ないといけないし、いちいち私にだけ口で説明してもらうのも面倒くさいだろうし……」


 「それなら、服とは全然別の仕事を探しましょう。世の中にはゴマンと仕事があるのよ。リリアンにできる仕事を一緒に探しましょう。だから、一人で悩まないで」


 「もう、お店を辞めたほうがいいのかなぁ……」

 ナディーンのやさしい腕の中で、つい弱音が零れる。


 「まずは、リリアンの気持ちが大事。リリアンはどうしたいの? それから、エリックとちゃんと話し合いなさい。お店を辞めるにしろ、仕事を変えるにしろ」


 「私の気持ち……なんだかぐちゃぐちゃしていて、全然わからない。どうしたいのかもわからない……」

 

 「いいのよ。ゆっくりと向き合って、解きほぐしていけばいいのよ」


 母上の微笑みに、頑なだったリリアンの心がふわりと少しほぐれた気がした。

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