<番外編>自分の気持ちを知る時① side リリアン
十六歳になり、自分の進路や恋に悩むリリアンのお話です。マルティナ&ブラッドリーは出てきません。
全四話。
【時系列】マーカス家の嵐の話から一年後くらい。
【主な登場人物】
プレスコット家当主夫人:ナディーン
プレスコット家長女:カリスタ
プレスコット家次女:チェルシー
プレスコット家長男:エリック
プレスコット家三女:リリアン(マルティナの実の妹。プレスコット家の養子)
マーカス家次男:レジナルド(ブラッドリーの兄)
「……リリアンを除籍して、プレスコット家から」
エリックのいつになく真剣な声に、リリアンは、心臓をぎゅっと掴まれたように、一瞬息が止まる。そっと音を立てずに、その場から立ち去った。
今日は散々な一日だった。最近、お店の雰囲気が重く、仕事は苦にならないが、その場に居るだけで疲れてしまう。更に仕事帰りに、最近お店に入った事務の女の子とエリックが二人で食事をするのを見かけた。その子は可愛くて有能で、入ったばかりなのに古参の従業員にも馴染んで可愛がられている。レストランの窓越しに楽しそうにエリックに話しかけているその子を見て、胸がズキズキした。
家に帰ってからも、心がどこか沈んでいて、食事が終わって、夜が深まっても眠れずにダイニングで一人キャンドルを灯して、ぼーっとしていた。そこへエリックが帰って来て、声を掛けられたがいつも通りに振る舞えなくて、マグカップだけを回収して部屋に戻った。自分の部屋に戻ってから、キャンドルの火を消すのを忘れたことに気づいて戻ると、エリックとナディーンが何か真剣に話していて、なぜかそこへ入ることができなかった。何を話していたかわからないが、エリックの力強い一言だけがリリアンの耳にはっきりと届いた。
そう、リリアンはこの家の本当の子どもではない。隣の国で家族に恵まれなかったために、プレスコット家にお情けで引き取ってもらい養子にしてもらったのだ。十六歳と言えば、自分の祖国でもデビュタントの年齢で、学園を卒業する年だ。リリアンもそろそろ自立を考えないといけないのかもしれない。
翌朝、エリックと同じ馬車で出勤するのが居たたまれなくて、朝食も取らずに馬車に乗り、お店から少し離れた所に降ろしてもらった。歩いて少し自分の考えを整理したかったのだ。
朝の新鮮な空気を吸い込むと、少し気分が良くなる気がした。
「リリアンじゃないか! おはよう。久しぶりだな」
潮風に吹かれながら、歩いていると後ろから声を掛けられる。ブラッドリーの兄のレジナルドだ。今のリリアンの悩みと無関係な人となんでもない話をしていると、気がまぎれた。レジナルドも出勤する所だったのだろうが、店の前までリリアンを送ってくれた。
「リリアン、気を付けろよ。スキナー商会のとこの息子、未だにリリアンを狙っている。デザイナーとしても一人の女性としても。絶対アイツにだけは着いて行くなよ。プレスコット家を頼れないなら、俺やブラッドリーを頼るんだぞ」
「レジナルドさん……本当にありがとうございます」
どこまで事情を知っているのか、全てを見通すようにリリアンの事を気にかけてくれるレジナルドに感謝の気持ちが湧いてくる。
「リリアンもマルティナ同様、俺の妹だと思ってる。いいか、悩んでも一人でなんとかしようとするなよ。エミリーが会いたがっていたし、家にも遊びに来いよ!」
面倒見の良いレジナルドを後姿が見えなくなるまで見送った。
「おー、エリックから乗り換えたのかと思ったら、マーカスのとこのレジナルドか? なーリリアン、そろそろ俺とのこと考えてくれてもいいんじゃないか?」
背後からいきなり話しかけてきたのは、先ほどレジナルドが気を付けろと言っていたスキナー商会の息子だった。リリアンより三歳年上で、それなりに見た目は整っているが、押しが強くてなぜかリリアンを気に入っている様子の彼のことが苦手だ。
スキナー商会は服飾を中心に事業を展開している。エリックやチェルシーの商売敵だ。スキナー商会は、デザインやオリジナリティに重きを置いておらず、他の商会や店のデザインを真似して、安い素材や雑な縫製で量産して、大量に安く売ることでそれなりに売り上げを上げていた。プレスコット家の美学に反するが商売のやり方は人それぞれなので、文句をつけるつもりはないが、そのやり方も人柄もリリアンは苦手だった。
「あの……あんまり近寄らないでください」
「そんなつれないこと言うなよー。これでも、エリックほどじゃないけど、もてるんだぞ、俺も。ほら、俺と結婚したら、自分の店が持てるんだぜ」
彼はリリアンの幼少期の事も、男の人が苦手な事も知らないので、妙に距離が近いし、ベタベタしてくる。確かに本人の言うようにスッキリとした端正な顔立ちをしているけど、その目はギラギラしていて、気持ちが悪い。幼少期の嫌な思い出から、中年の男性に嫌悪感を持っていたが、最近は同世代の男性からの値踏みするような視線や絡みも苦手になっていた。
「店での居心地も悪いし、家も追い出されそうなんだろ? 困ったら俺のとこに来いよ」
リリアンの腰の当たりをするっとなでると去って行った。
「なんで、あの人までそのことを知ってるの?」
リリアンは腰の辺りに残る手の感触の気持ち悪さと薄気味悪さで身震いした。
「リリアン! おはよう。大丈夫? 今朝はどうしたの? なにか急ぎの仕事でもあった?」
なぜ、彼があっさり去って行ったのかと思ったら、エリックに声を掛けられる。きっとエリックの姿が目に入って、退散して行ったのだろう。いつも通りのエリックにほっとするけど、顔を見られない。
「あー……先に来ちゃってごめんなさい。……ちょっと歩きたくて、先に出て少し離れた所に降ろしてもらって歩いて来たの」
「そうなの? 歩きたい気分の時もあるわよね。今日はこのまま出先だから、行ってくるわね」
「……わかったよ。いってらっしゃい」
また、思い付きで行動して、エリックに心配をかけてしまった。自分のする事はどうして、こんなに人に迷惑ばかりかけてしまうのだろう? リリアンはなんとか苦い気持ちを飲みこみ、顔を上げてぎこちない笑顔を作る。
「リリアン、なにかあったら、ちゃんと声を掛けてね。ごめんね、今は時間が迫ってるから聞けないけど。必要なら話を聞く時間を作るから。わかった?」
やはり察しのいいエリックはなにもかもお見通しなのだろうか?
エリックはリリアンの目をまっすぐに見て、頭を軽くなで、リリアンが頷いたのを確認すると足早に仕事に向かった。
いつもいつも自分はこうだ。自分の事ばかりで、マルティナやエリックやみんなに気遣われて、心配をかけてばかりいる。エリックの後姿を見送りながら、リリアンの気持ちは更に沈んでいった。




