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<番外編>マーカス家に嵐がやってきた⑫(終) side マルティナ

 「ねー、ブラッドリー、二人で作ろうって言ったよね?」

 プレスコット家での話し合いから、家へと帰って来ると、早速タルト作りに取り掛かった。でも、なぜかマルティナはキッチンのテーブルで座らされている。


 「マルティナ、まだ体調が良くないでしょ? 力仕事は俺がやるから、ちゃんとできてるか見てるのがマルティナの仕事だよ」

 マルティナに、ブラッドリーはナディーンから分けてもらったハーブティーを入れたり、ひざ掛けを掛け、腰のあたりにクッションを入れて、甲斐甲斐しく世話をした。その後で一人でタルト作りに取り掛かった。


 ブラッドリーはマーカス家で家事を手伝っていたこともあって、料理はマルティナより上手だし、焼き菓子の好きなマルティナのために、いつの間にかお菓子作りもマスターしていた。


 「でも、ブラッドリー体温高いから、生地作りは私の方が向いてると思うの」

 むくれながらも、自分でも疲れが出ていることはわかっている。正直な所、立ち仕事は辛い。でも、ブラッドリーと二人で作業したい気分だったのだ。


 「いーから、いーから。ハイ、マルティナの仕事。味見係。あーん」

 ブラッドリーが目の前で、新鮮な木苺を揺らすので、素直に口を開ける。


 「んっ! 甘酸っぱい! おいしい……」

 黒いエプロンをして、テキパキとキッチンを動き回るブラッドリーをぼんやり眺めながら、頬杖をつく。

 ブラッドリーは生地を作り終わって、オーブンへと型を入れた。今度はカスタードクリームを慣れた手つきで鍋で練っている。料理をする男の人ってなんでこんなに格好良くみえるのだろう?


 「それに引き換え、私の情けないこと……」

 今回の騒動の自分を思い出して、自己嫌悪に陥る。今日のプレスコット家での様子を見るに、プレスコット家ではリリアンがエイダの標的にされていたようだが、リリアンは毅然とした態度を取っていた。


 「どうしたの? マルティナ?」

 いつの間にか、カスタードクリームも作り終わったのか、マルティナの隣にブラッドリーがコーヒーを片手に腰掛ける。


 「んー……、リリアンはちゃんとエイダに向き合う強さがあったのに、私はダメだったなぁって思って……」

 「ふふ、それで落ち込んでるの?」

 ブラッドリーは、マルティナの頬を突きながら、楽しそうに言う。


 「うん、落ち込んでるの。私、あの国にいた時の方が強かった気がする」

 マルティナはテーブルに突っ伏した。


 「ねーマルティナ。確かに、リリアンの方が苦境で立ち上がったり、理不尽に抗う強さみたいなのはあるかもしれない。でも、マルティナの持ってる強さってのは、一人で耐え抜くとか誰かのために戦うっていうものじゃないかな? だから、マルティナは自分のために誰かと戦うっていう面では、弱いし、初心者っていうか……リリアンのが先輩なんじゃないか? きっとマルティナも強くなる日が来るんじゃないかな?」


 自分の両腕に埋めていた顔を出して、ブラッドリーの方を見ると、優しい笑顔がそこにはあった。あの国にいた時から変わらない。マルティナの話を聞いてくれて、いつも欲しい言葉をくれる。ブラッドリーはマルティナを慰めるように、頭を撫でてくれている。


 「ブラッドリー」

 「ん?」

 「大好き」

 

 ブラッドリーはコーヒーカップをテーブルに置くと、マルティナを抱きよせて、マルティナの後頭部に手を添えると、キスをした。そのキスがどんどん深くなっていく。マルティナがブラッドリーの胸元を叩くと、やっと解放された。


 「ブラッドリー」

 「わかってるよ。赤ちゃんがいるかもしれないから、ここまでで我慢しておくよ。マルティナが可愛い顔で可愛いことを言うからいけないんだよ」

 ブラッドリーはマルティナの後頭部と頬に手を添えたまま、至近距離でマルティナの目を見て言う。結婚して三年経つのに、今だに、ブラッドリーの表情や仕草にドキドキしてしまう。


 その時、玄関の呼び鈴が鳴り、ブラッドリーの顔に緊張が走る。


 ブラッドリーが迎え入れた客人にマルティナは驚いた。

 「リリアン!」

 「ねーさまー、来ちゃった!」

 「え? 大丈夫? ナディーンさんの許可は取ってあるの?」

 「いーのよちょっとくらい。もー、母上も姉さん達もうるさいったら、ありゃしない。リリアンもマルティナちゃんに会いたいって言うから、逃亡がてら、父上に送ってもらったのよ。母上はジョアンナちゃんと子ども達と楽しそうにしていたから大丈夫よ」

 普段とは違う疲労漂うやさぐれた様子のエリックに、マルティナから笑いが零れる。


 「ホラ、タルトが焼きあがったし、冷まして仕上げるぞ。エリックは手伝う」

 ブラッドリーに言われて、エリックもキッチンへ連れられて行った。

 

 「リリアン、今日は大丈夫だった?」

 「うん? あーなんだか、エイダちゃんて疲れる子だったね。あの子といるとあの国に居た頃のことをなんだか思い出しちゃって……ちょっと辛かったかなぁ。マルティナ姉様は大丈夫だった?」

 「あんまり、大丈夫じゃなくて……。ブラッドリーにベタベタされて、言われたい放題言われて、言い返すこともできなくて。私も久しぶりにアイリーン姉様のこととか思い出したなぁ……」

 リリアンはブラッドリーが用意したオレンジジュースをおいしそうに飲んで、あっけらかんとしている。素直なリリアンにつられて、マルティナも本音で打ち明ける。


 「ねぇ……、マルティナ姉様、私ってエイダちゃんみたいだった?」

 「えぇ? リリアンとエイダは全然違うよ」

 「だって、あの子、人の物を欲しいって言ったり……あの子、アイリーン姉様にも似てるよね。我儘で自分ばっかりで人を振り回して。マルティナ姉様は一人であんな人に振り回されて耐えてたんだね……」

 「それを言ったら、リリアンだって一人で耐えていたじゃない」

 「……そうだけど、私にはマルティナ姉様がいたもの。同じ年齢になってみて、この頃に私の世話をして我儘を聞いて、アイリーン姉様やお母様に振り回されて……マルティナ姉様、ごめんなさい。ありがとう」

 「それが言いたくて来てくれたの?」

 エイダが来てから、ずっと重かった心がリリアンの言葉で、ほんのり温まる気がした。隣で表情を硬くして落ち込んでいるリリアンをぎゅっと抱きしめた。そして、あの頃は子どもだったリリアンの成長を感じて、しんみりする。


 「エリックってエプロンも似合うなぁ……」

 マルティナが抱擁を解くと、キッチンで作業する二人を見てリリアンからつぶやきが零れる。ブラッドリーの洗替え用の黒のエプロンを着けたエリックはそれなりに、テキパキと手を動かしている。ブラッドリーとエリックもなにやら話ながら作業していて、時折、お互い小突いたりしている。


 「で、正直な所、エリックとどうなの?」

 「えっ? うーん、まだよく自分の気持ちもわからなくて、好き? 好きだけど、恋なのかはわからなくて……」

 「そっかー。ゆっくりでいいんじゃないかな? エリック以外を選んだっていいわけだし!」

 「あらぁ、あんなにアンタ達の恋のアシストをしたっていうのに、マルティナちゃんも言うようになったわねぇ」

 ふんわりタルトの甘い香りが漂う。いつの間にかタルトを載せたトレーを片手にエリックが背後に佇んでいる。


 「感謝してるけど、それとこれとは別と言いますか……。リリアンには自分で選んでほしいし。幸せになってほしいし」

 「中立でいてくれる人がいたほうが安心かしらね。まー、アタシが自覚したのも最近だし、リリアンもゆっくり考えてくれればいいんだけど」

 「ははっ、アドバイスが欲しかったらいつでも付き合うぞ?」

 「ヘタレなアンタのアドバイスを必要とすることなんてないわよ! アタシ一生恋愛とは無縁だと思ってたんだけどな……」

 この四人で揃うのは久しぶりで、ブラッドリーの作った木苺のタルトを食べながら、わいわい話す時間をマルティナは楽しんだ。


 「ま、でも、手加減はしないから」

 「えー、お手柔らかにお願いします……」

 エリックが綺麗にウィンクをすると、リリアンの頬が染まる。


 妹の恋が進展するのが先か? 自分のお腹に子どもが宿るのが先か? 未来の事はわからないけど、どちらにしても楽しそうなことには変わりがない。

番外編、マーカス家の嵐 おしまいです。

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