<番外編>マーカス家に嵐がやってきた⑪ side マルティナ
「それにしても……、あの男爵家を完全に切るためにあの娘を受け入れたのはわかるけど。あんたたち、その陰で息子の嫁達が辛い思いしてたのわかってんの?」
男爵一家が帰宅した後に、興奮冷めやらぬナディーンは今度は、マーカス夫婦に噛みついた。
「全部わかってるとは言いづらいけど、想定内ではあるかなぁ……」
マーカス家当主は痛い部分を突かれたとばかりに、頭を掻く。
「そうね。ちょっと自由で元気な子ではあったわねぇ」
片や、モニークはおっとりしていて大らかな分、人の機微に疎い所があり、その感想も少しずれている。
「そりゃ、アナタ達やフレドリックは数日のことで、片が付くってわかってたからいいけど、ジョアンナちゃんやマルティナちゃんは自分の夫が他の女に色目つかわれてんのにいつまで耐えなきゃいけないのかって心をすり減らしていたのよ!」
「やー……でも、たかだか十五歳の女の子じゃないか……」
「え? 甘えてるだけじゃなかったの?」
やはり、モニークの意見は論外で、義父もあの状況にジョアンナやマルティナが心を痛めていると気づいていなかったようだ。
「そうやって、息子達やその嫁の心をないがしろにしていたら、気づいたらみーんなプレスコット家にかっさらっていっちゃうからね」
「まぁ、その時はその時だ。マーカス家は、基本的にどんな人でも受け入れるけど、毒になる者は容赦なく切る。その際に、身内に多少の犠牲が出ようともだ。それに、どんな人が来ようとも対応できると息子達や息子の選んだ妻を信頼してるんだ。うちは商家で物を売る家だ。プレスコット家のように才能を商売にしていて、家族を大事にする家とは方針が違う。それに、それぞれの家で方針が違うことが大事なのはわかるだろう?」
「わかるわよ。商売も人も家もみんな同じ意見だったら危険だって事。多様性が発展には必要だって事。でも、人の心を大事にしないといつかしっぺ返しをくらうわよ。かわいーい孫に会えなくなるとか」
「心に留めておくよ。なんだかんだいって、ナディーンさんのこと、頼りにしてるんだよ。お手柔らかに頼むよ」
義父も孫という言葉には弱いのか、最後には折れる姿勢を見せた。
「なー、うちは大丈夫だよな? ジョアンナ?」
ナディーンに話しかけられたジョアンナにフレドリックがすり寄っていく。
「私もマーカス家の長男に嫁いで方針は理解しているし、納得もしている。でも、慣れることはないし、毎回傷つくのよ。あなただけはその事を理解していてほしい」
「ジョアンナ……」
「今日から一週間くらい子ども達と一緒にプレスコット家に滞在するから。ちょっと仕事の話をナディーンさんとしたいの。イーサンは彼の判断に任せるわ」
騒動が終結したものの、あちこちで交わされる少々不穏な話題に、マルティナも身が引き締まる。祖国では家族や親族との縁が薄かったので、こういった問題には縁がなかった。これからは、ちゃんと自分のこととして家族のことをマルティナも考えていかなければならない。
「イーサン、大丈夫? かなり過激な展開だったと思うけど……」
マルティナは、ブラッドリーと反対の隣に座るイーサンに声をかける。
「勉強になったよ。じーちゃんの言うことも理解できる。でも、母さんやマルティナが苦しい思いしてるのも見てる。たかが三日っていっても、当人が苦しい事に変わりないしなー。俺なりにどうしたらいのかゆっくり考えてみるよ。あ、母さん、仕事があるから俺はマーカス家に帰るから。ゆっくり骨休めしてきて」
イーサンは大人が醜い醜態をさらすような話し合いの時も、口を挟むことも表情を変えることもなく静観していた。話し合いの終了後の、マーカス家の不穏な談話も、マルティナほどショックは受けていないようで飄々としている。
「イーサンが一番、大人なのかもねぇ」
マルティナがしみじみつぶやくと、横でブラッドリーも頷いている。
「はー、疲れた。やっと終わったわねぇ。リリアン、よくがんばったわぁ。色々と辛い思いさせてごめんね」
義父に噛みついて、ジョアンナを捕獲し、一段落ついたナディーンはエリックからリリアンを奪うようにして抱きしめる。
「あー、エリックにも迷惑かけてごめんね?」
「こういう事なら仕方ないけど。一日は惹きつけるためにベタベタしてきても振り払っちゃだめとか、愛想よく相手しろとか、かなり地獄だったわよ」
リリアンを腕に納めたまま、エリックに目線だけをむけておざなりに謝るナディーンにエリックから本音が零れる。
「ほんとに悪かったと思ってるわ。でもね……、リリアンに手を出していいって誰が言ったの?」
リリアンを抱きしめながら、ナディーンがエリックを見る目が鋭い。
一瞬にしてざわめきが収まり、みんなの視線がエリックに集まる。マルティナも驚いて言葉が出ない。
え? エリックがリリアンを? いつの間にそんなことに?
「手を出すなんて、母上、人聞きの悪い……ちょっと、ちょこーっと距離を縮めたというか……そろそろ、無害な家族じゃなくって、意識してほしいなーなんて思っちゃったりしただけで……」
「エリック! 私の目が紫色のうちは、許しません!」
「それ一生許さないって事じゃない! 母上、私の母親でもあるでしょう?」
「まだ、私の可愛いリリアンは渡しません!」
「あのーははうえ……」
「なぁに? リリアン」
「私も、嫌ではないので、エリックを怒らないでほしいというか……」
「「「リリアン!!!」」」
相変わらずコミカルなプレスコット家のやりとりに場が和む。マルティナもつい笑ってしまう。
「ほんと、プレスコット家は相変わらず賑やかだなー」
「エリックもついにこっち側の苦労を知る時がきたな。じたばたして土下座とかするがいい」
フレドリックとレジナルドも呆れたような表情で笑っている。
「マルティナもリリアンみたいに、プレスコット家に引き取られたほうがよかった?」
マーカス家とプレスコット家の違いが今日は実感される日で、そのことが気にかかっているのかブラッドリーがマルティナにこそっと訊ねた。
「うーん。ブラッドリーがいるならどこでもいいよ」
この四年間、トラブルらしいトラブルがなかったから、ぬるま湯に浸かるように平穏な日々を過ごしていた。ブラッドリーと結婚をしたけれど、あまり家の事や親族のことについて考えたことはなかった。でも、ブラッドリーが大事にする家や家族のことだから、マルティナもちゃんと向き合おうと思った。ちょっと嫌なことがあったから、この家は嫌だとかそういう感情はない。それに、結局、どこでも、どんな問題があっても、ブラッドリーの隣にいることが大事なのだ。
「ちょっ! ……ブラッドリー!」
ブラッドリーがマルティナの唇にかすめるようなキスをした。それに、小さく抗議の声を上げる。人前で、くっついたりはしているけど、さすがにキスはしない。
「誰も見てないよ……いてっ」
ブラッドリーがレジナルドから頭をはたかれる。
「見えとるわバカモノ。子ども達もいるんだから家でやれ」
「ごめんごめん、ついマルティナが可愛くて……マルティナ、そういえば体調は大丈夫?」
「体調は大丈夫だけど、今日は家に帰って、ブラッドリーとゆっくりしたいな。二人で木苺のタルトを作らない?」
「いいね。帰ろうか」
騒動は終結したけど、なんだか気疲れしてしまって、ブラッドリーに提案すると賛成してくれた。
引き留めるナディーンをなんとか説得して、ブラッドリーと二人家路についた。




