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4 味方の出現?

 「ねぇ、昨日の質問、答えてもらってないよね」

 「ひっっ」

 思わぬ人物の登場に、マルティナは小さく悲鳴をあげる。


 学園に入学してから三年間、この場所には人が寄り付かなかったから、人が来るという心構えがなかった。


 ほとんどの生徒は昼食の時間は食堂で昼食を摂るし、食堂以外で食べるとしても、中庭の景観のよくない一角は選ばない。もともと生徒に人気がない場所で、草が生い茂っているため、常に空いているベンチはマルティナの定位置だ。


 昼食を摂っていたマルティナは恐る恐る顔を上げる。昨日、生徒会室でマルティナを問いただしてきた黒髪の男子生徒だ。やはり堂々とした佇まいの彼は、座っている位置から見上げると、より一層大きく見える。


 確かに昨日は、質問に答えることもなく、逃げるように立ち去ったけど、しつこく探して問い詰めるほどのことなんだろうか?

 とういか、この広い学園でマルティナをどうやって探し出したのだろうか?


 「なんか君ら姉妹がわけありなのはわかったけどさ。それ君がするべきこと?」

 マルティナに断ることもなく、マルティナの横に積まれた生徒会長の資料の横に彼が座って、資料にぽんと手を置く。


 「昨日も今日もぶしつけですまない。俺の名前はブラッドリー・マーカス。マーカス商会って聞いたことない? 結構大きな商会だけど、この国ではまだ、知名度が低いかな。この国の支店、立ち上げたばっかりだしな。隣国から留学してきている。学年もクラスも君のお姉さんと一緒だ。生徒会役員は去年から就任している。


 そして、君はマルティナ・スコールズ。この国で由緒正しいスコールズ伯爵家の次女。姉はアイリーン・スコールズ。美しく優雅な才媛。王族の子息が同じ年代にいたら、間違いなく婚約者候補になっただろうとささやかれるくらいに優秀で美しい。婚約者は、レッドフォード公爵家嫡男、クリストファー・レッドフォード。


 スコールズ伯爵家の姉と三女は社交場で噂になるくらいには美しい。次女は人見知りと癇癪がひどくて、人前に出せないらしいな。噂の域をでないが。で、実際のところ、どうなんだい次女殿?」


 昨日から、やることも山積みで、頭痛もするし、寝不足で頭が働かない。その上、ブラッドリーと名乗る少年に問い詰められるように、詰め寄られて、マルティナの頭はくらくらしてきた。


 なんか息ができない……苦しい……苦しい……


 「大丈夫か? すまない。責めるつもりはなかったんだ! ほら、ゆっくり息を吐いて、そうそう上手。吸って…吐いて…」


 ブラッドリーに呼吸を誘導されて、やっと呼吸が入ってくるようになった。それでも、頭がくらくらするのが止まらない。


 「おいっ大丈夫かっ」

 焦るようなブラッドリーの声を聞きながら、マルティナの視界は真っ白になった。


◇◇


 目が覚めて、白い天井が目に入った時に、今がいつでどこにいるのかマルティナにはわからなかった。


 「お、目が覚めたか?」

 「ひっ」

 「あーなんか俺、怯えられちゃってる?」

 ベッドの傍に、黒く大きな人影があって、それが昨日から自分を問い詰めているブラッドリーだと気づいて、マルティナはベッドの中で身を竦める。


 「もーブラッドリーったら。昨日から噛みつくような態度で接するから、怯えちゃってるじゃなーい」

 救いを求めて、声がした方を見ると、そこには、ブラッドリーと同じくらい上背のある、スラリとした美男子がいた。銀色の髪に、紫の瞳はこの国では珍しくて、少し見入ってしまう。


 「んーマルティナちゃんだっけ? 初めまして、御機嫌よう。アタシはエリック・プレスコット。同じく隣国からの留学生で、姉とドレスメーカーを立ち上げてる天才デザイナーよ。ブラッドリーとは従弟で幼馴染。腐れ縁ってやつかしらね? ブラッドリーと同じクラスで同じく生徒会役員よ。お目付役ってところかしらねぇ。

 マルティナちゃん、肌や髪の艶は悪いけど、素材は悪くないわねぇ。うん、合格☆」

 目の前に立つブラッドリーを押しのけて、マルティナを不躾に眺めると、評価を下され、ウィンクされる。言動はおかしいが、美しい容貌に似合っている気もする。


 「あらあら、驚いて声も出ないのね! よくあることなのよ! アタシの美貌がいけないのねぇ。こう見えてアタシ、男なの。でも、安心して。恋愛対象は女の子☆ そして、マルティナちゃんは見事、アタシの恋愛の基準に達してまーす」

 もう昨日から、マルティナの周りで色々と起こりすぎて、自分の限界を越えている。もう一度、気を失いたいと思った。


 「俺より絶対に、お前の方が問題あるだろ! ……俺もコイツも不躾なのは謝るよ。ただ、倒れた原因は、疲労と睡眠不足だって。……なぁ、なんで、そんなに体調悪いのに、生徒会長の資料と取っ組み合ってたの?」


 ブラッドリーは、エリックに注意されて、マルティナが横になっているベッドから距離をとって問いかけてくる。腕を組んで壁に背を預けているブラッドリーの目を見て、マルティナは諦めた。


 この人はきっと、気になった事柄から気をそらすことはない。ここで、体調不良を盾に無言を貫いても、しつこく疑問が解消するまで、マルティナを追ってくるだろう。


 「姉は、公爵夫人になる教育と婚約者との時間を作るのに手一杯で、生徒会長の仕事にまで、手が回らなくてですね……少し、私が代わりに……」


 「才媛といわれる人が公爵夫人教育と生徒会長の仕事、両立できないなんておかしくないか? 今なんて、生徒会も形骸化して形だけのものだし、引き継いだ仕事をそのままするだけだろう?


 ましてや去年も生徒会役員を経験していて、自分の婚約者が生徒会長の仕事しているのを去年、隣で見てるのに? なんで、出来損ないって言われている妹を頼るんだ?


 もし仮にできないっていうなら、引き受けなければいいだけの話だろう?まぁ、就任の挨拶だけは立派だったな。


 それでも、例年会長は高位貴族が着任するという慣例があるから、誰かがやらなければいけないし、実際にお飾りである年も多い。それなら、他の役員に事情を話して頭を下げて、仕事を任せればいい話だろう? なんで、そこで妹に仕事をおしつけるって発想になるのかがわからないんだ」


 ブラッドリーはしつこいだけではなく、頭の回転もよく、誤魔化しも効かないらしい。マルティナのしどろもどろの弁明に、明快に正論を叩きつける。


 でも、今まで誰も気が付かなかった姉妹の歪に気づき、言及してきたのは、ブラッドリーが初めてだ。そこに多少の驚きはあっても、マルティナには面倒くささしかない。おかしいことだと、マルティナだって思っている。それを断れない自分が情けないこともよくわかっているのだ。


 「そんなの……私にだって、わかりません。でも、姉は絶対に頭を下げることはしないと思います。とにかく、みなさんの仕事が進むようにやる事の洗い出しをしたら私は手を引きますから。思うところはあるかもしれませんが、それまで見逃してください」

 相手の狙いが何なのかわからない怖さで、ブラッドリーの表情が見れず、頭を下げているようにも俯いてるようにも見える形で頭を垂れる。


 「なんかややこしい事情ありそうだなぁ……わかった。事情も話せない、自分でやるって言うなら、俺とエリックも混ぜてくれ」

 ブラッドリーは自身のボリュームのある黒髪をかき混ぜて、うなるように提案をする。思わぬ提案に、マルティナは目を見開いた。


 「なんかややこしそうな姉妹の事情も、あんたが生徒会役員じゃないのに、会長の仕事しようとしてるのも見逃すから、代わりにちゃんと俺とエリックと仕事を進めることだけ、約束な」


 ブラッドリーの、真剣なまなざしに、マルティナはただ頷くことしかできなかった。睡眠不足と立て続けに起こった衝撃的な出来事に、上手く頭が回らない。


 「とにかく今日は家でゆっくり休みな。馬車呼んでこようか?」


 「……家には帰りたくないので、教室に戻ります」

 早くに家に帰ったところで、ゆっくり眠れるわけがない。それなら教室にいたほうがましだ。


 「わかった、わかった。えーと救護室の先生に授業が終わるまで、ベッド使えるよう許可とっておくから。クラスにも連絡しておくよ。


 授業後は、家に帰りたくなかったら、生徒会室に来ればいい。今日はそこでゆっくりしていればいいから。


 他の生徒会役員には上手く言っておくよ。明日から、昼休みと放課後は生徒会室で、俺とエリックと三人で生徒会の進め方の骨組みを決めよう、いいね。ベンチにあった生徒会長の資料はこっちで預かるから」


 「これからよろしくねぇ、マルティナちゃん」

 

 ブラッドリーは自分の言いたい事を言い切ると、生徒会長の資料の一式を抱えて救護室を出て行った。エリックもマルティナに声をかけると、ひらひらと手を振って、ブラッドリーの後を追って行った。


 「はぁー……」

 ブラッドリーはまるで嵐のようだ。マルティナの事情に首を突っ込んで、気持ちもなにもかも、ぐちゃぐちゃにして、去っていった。


 今は何も考えたくない。歪な姉との関係も。やらなければいけない事も。突然現れた人物が自分にとって敵なのか、味方なのか、ということも。


 柔らかい布団に包まれて、マルティナはもう一度、意識を手放した。

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