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<番外編>マーカス家に嵐がやってきた③ side マルティナ

 エイダがマーカス家にやって来て、三日が経った。マルティナは重い足を引きずって、仕事帰りにマーカス家に顔を出して、夕食を共にした。ブラッドリーは仕事を理由に夕食には参加せずに、マルティナが帰る時になると迎えに来てくれていた。


 食卓ではエイダは、やはりサラダをつつくだけで、ご機嫌で義父やフレドリックに話しかけるだけだった。エイダはジョアンナやマルティナに話しかけることはないが、時折、上から下までじっくり眺めると勝ち誇ったように笑った。その態度だけでも、マルティナの精神はゴリゴリと削られる気がした。


 それでも、一日でも空けると二度と行きたくなくなると思い、三日目の今日は仕事が休みなので朝からマーカス家に向かう。静かに玄関から入ると、どこからか言い争う声がする


 「だからさ、お前はなんのためにマーカス家に来たんだよ? はっきりしてくんない? お客様扱いしてほしいなら、そこらへんちょろちょろしないでほしい。部屋でおとなしくしてるか母さんに街でも案内してもらえよ。社会勉強だっていうなら、自分が貴族令嬢だっての置いておいて、文句垂れずになんでもやれよ。あと、父さんとかブラッドリーとか俺にまで、ベタベタベタベタして気持ち悪いんだよ。本当になにしに来たんだよ?」

 フレドリックの長男のイーサンの怒鳴り声がする。おそらく怒っている相手はエイダだろう。マルティナの時と同様に貴族令嬢相手にも容赦しないようだ。


 「はぁ、私より年下のくせに生意気なのよ! 私は男爵令嬢だし、お客様に決まってるじゃない! ちょっと手伝ってあげようとしただけでしょう! ありがたいと思ってちょうだい! ちょっとだけ顔がいいと思ったけど、やっぱり年下はないわ。お金も持ってないしね。ふんっ。あんたなんてこっちから願いさげよ」

 イーサンの怒りに怯むこともなく、堂々と言い返すエイダの声も大きい。


 マルティナは、思わず身を隠した。どこの国にも腐った貴族令嬢はいるらしい。やはりマルティナの手に負える相手ではないのかもしれない。ぼんやりしながら、台所仕事をしているジョアンナを手伝う。


 「マルティナちゃん、無理しなくていいのよ」

 ジョアンナが野菜を切っていた手を止めて、静かにマルティナを見つめていた。


 「え……でも……」


 「マルティナちゃんがいてもできることはないわよ。マルティナちゃんまで無駄に傷つくことないよ」


 「私は慣れてるから。この家って昔から、居候や客人の多い家なの。フレドリックがもてるのも昔からのことだし」

 野菜を切る作業に戻るジョアンナの横顔を眺める。そばかすの散る白い横顔はあどけなくて、三人の子どもがいると思えないほど若々しい。

 

 「まぁ、慣れても傷つかないわけではないんだけど。仕方ないの、ああいう人と結婚しちゃったから。納得はしてるの。今日はもう帰りなさい。お義母さんから木苺の実を分けてもらうといいわ。いただきものらしいの。木苺好きでしょう?」


 全てを見通しているジョアンナの言葉にどう返事をしていいのかわからずに、手元の作業を止めた。マルティナは何も言えない。


 「私、マルティナちゃんが好きなの。だから、無駄に傷ついてほしくないの。また、マルティナちゃんにぴったりくる本を探しておくから、嵐が過ぎ去ったらお茶をしましょう。お土産はこの前貰った無香料のハンドクリームでいいわ。香りがないものってなかなかないのよね」


 「……はい」

 ジョアンナの優しさと気遣いに、マルティナはそう返事をするほかなかった。結局、マルティナの中途半端な気遣いは無駄だった。ジョアンナに同情したところでできることはなくて、かえって気をつかわせてしまった。


 もう、帰ろう。私にできることはない。無力感を感じながら義母を探して歩いていると、エイダに出くわした。


 「あら、マルティナさん、来てたんですね? 今日もお一人ですか? ブラッドリーさんは?」


 「うん、今日も一人で来たの。ブラッドリーは仕事で来られなくて」

 

 「えー残念。ブラッドリーさんて体格もいいし、格好いいですよねぇ。お仕事もできそうだし。マルティナさんって隣の国の伯爵令嬢だったんでしょう? どうやってブラッドリーさんを落したんですか? 可哀そうな私を演出したんですか?」


 「……そんなことはしてないわ」


 マルティナは祖国にいた時も、この国に来てからも、こうして女の人に絡まれたことがないので戸惑う。六歳も年下の女の子相手にしどろもどろにしか返答もできない。エイダは身長はマルティナと同じくらいで、スタイルはマルティナより豊かだ。見た目ではどちらが年上かわからないだろう。


 「ふーん。ブラッドリーさんって押すよりも、薄幸そうなかんじの方がいいのかなぁ。マルティナさんっていつもウジウジしてますもんね! ………どこがいいのか、わからなーい」


 ふいに脳裏に実の姉の勝ち誇った姿がよぎる。言いたいことだけを言って、最後に毒を流し込む話し方がそっくりだ。頭が真っ白になって、なにも言い返せない。左手首にはまる腕輪を右手でギュッと握りしめる。


 「マルティナちゃん、こんなところにいたんだ」

 「やだー、フレドリックさん!」

 「今日はもう帰るんだって? これ、木苺の実。母さんから渡しておいてって頼まれて。顔色悪いけど大丈夫? 一人で帰れる?」

 「大丈夫ですよぅ。ねーマルティナさん。だって、もういい大人ですもんねー」

 「ありがとうございます。大丈夫です」


 マルティナは木苺のたくさん入った籠を受け取ると、エイダがフレドリックに話しかける賑やかな声を背にして、玄関の方へと踵を返した。


 この国に来て、自分を立て直せたと思ったのに。自分に自信がついたと思ったのに。結局、自分は弱くて、十五歳の女の子の悪意すら上手くかわせない。自分が情けなくて仕方がない。早く一人になりたい。


 足早に玄関に向かうと、くらりと眩暈がして、壁に手をつく。そのまま壁沿いに手を滑らせて、ずるずると床にうずくまる。私って、エイダの言う通り心も弱いし、体も弱い。まだ、頭がくらくらするので、呼吸を整える。なんとか木苺の入った籠は無事だ。


 「マルティナ!」

 なぜ、こういう情けない場面の時にいつもブラッドリーは現れるのだろうか?

 それでも、優しい黒色の瞳に見つめられるとほっとする。


 仕事が早く終わって、マルティナを迎えにきてくれたのか、玄関から入って来たブラッドリーは廊下でうずくまっているマルティナに駆け寄ってきた。


 「なにかあったの? 大丈夫? 気分が悪いの?」

 背中を優しくさすってくれるブラッドリーにただ、首を横にふることしかできない。


 「マルティナ、ちょっと熱っぽくないか? 抱き上げるよ? いい?」

 まだ、眩暈が止まらないのでブラッドリーの言葉に甘えることにして、こくりと頷いた。ブラッドリーに抱き上げられて大きな体に包まれると、ようやくほっとした。


 「ごめんなさい……ブラッドリーは止めてくれたのに……結局、こんなことになっちゃって」

 ふいに先ほどのエイダの言葉が頭をよぎる。自分は弱さを盾にして、ブラッドリーを傅かせているように見えるのだろうか?

 

 「マルティナが優しすぎるだけだよ。自分のやりたいようにやってみたらいいんだよ」

 自分はブラッドリーの優しさを搾取するだけの存在なのだろうか? 穿った見方をしてしまって、素直にブラッドリーの言葉を受け止められない。もうなにも考えたくなくてブラッドリーの胸元に顔を埋めた。

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