<番外編>マーカス家に嵐がやってきた① side マルティナ
マーカス家で親戚の十五歳の女の子を預かることになった。その子が巻き起こす騒動は、マーカス家から始まり、プレスコット家も巻き込んでいき、それにマルティナとリリアンも翻弄され……というお話。
全十二話。マルティナ視点→リリアン視点→マルティナ視点。
【時系列】マルティナとブラッドリーが結婚して三年後。マルティナはまだ妊娠していません。
【主な登場人物】
マーカス家の当主夫人:モニーク(ブラッドリーの母)
マーカス家長男夫婦:フレドリック&ジョアンナ(イーサンはこの夫婦の長男、下に二人兄妹がいる)
マーカス家次男夫婦:レジナルド&エミリー(ルースはこの夫婦の長女)
マーカス家三男夫婦:ブラッドリー&マルティナ
プレスコット家当主夫人:ナディーン
プレスコット家長女:カリスタ
プレスコット家次女:チェルシー
プレスコット家長男:エリック
プレスコット家三女:リリアン(マルティナの実の妹。プレスコット家の養子)
今回の騒動の原因:エイダ・ベインズ男爵令嬢
客人や居候の多い、マーカス家にまた新たなる客人がやって来た。この国に来て四年が経ち、ブラッドリーと結婚して三年が経ったので、ああまたかといった慣れた感覚で、マルティナは歓迎の晩餐会に参加した。
マーカス家に客人が来た時には、敷地内に住む長男のフレドリック一家と、近所に住む次男のレジナルド、エミリー一家と三男のブラッドリー、マルティナ夫婦のみんなが集まり晩餐会をする習慣があった。仕事や用事などで来られない場合を除いて、子ども達も含めて全員参加が基本だ。
「今日からしばらく家で預かることになったエイダ・ベインズ男爵令嬢だ。マーカスの血縁……俺の従妹の娘だ。まぁ、従妹は流行り病でだいぶ前に亡くなっているけど。普段は貴族が通う学園に通っている。今回は学園の長期休暇に社会勉強と親族としての交流を深めたいと、父親である男爵とエイダ本人から希望があって、マーカス家にしばらく滞在してもらうことになった。基本的には、モニークが面倒を見るけど、みんなも親族として可愛がってあげてほしい」
マーカス家の当主である義父から紹介されたマーカス家の縁戚の少女の印象は、エミリーに似ているな、だった。思わずエミリーの方を見てしまったくらい、容姿や雰囲気が似ている。次に年齢が十五歳と聞いて驚いた。ハッキリした顔立ちを引き立てるように化粧をきっちりしていて、身長も高く、胸元も豊かでスタイルも良い。メリハリのあるスタイルを強調するように、胸元の開いたワンピースを着ていて、スラッとした足を強調するようにスカート丈も短い。強く香る香水に、頭がくらりとした。リリアンと同じ年とは思えない。六歳上のマルティナより色気を感じさせるかもしれない。
「はじめましてー。エイダ・ベインズです。十五歳です。仲良くしてもらえるとうれしいです。よろしくお願いしますぅ」
エイダがお辞儀をすると、白い胸元が少しはだけて見えて、女であるマルティナでも赤面してしまう。ちらりとブラッドリーを見ると、顔をしかめて何か考え込んでいる。フレドリックやレジナルドも動揺することなく、笑顔を保っている。二歳になる娘をあやすエミリーはその光景が目に入っていないようだ。マルティナは心の奥を撫でられたかのように、ぞわっとした感覚がした。
「エイダちゃん、のんびり過ごしてちょうだいね。家は商家で貴族ではないから、男爵家とは勝手が違うと思うけど、社会勉強だと思ってなじんでいってほしいわ。家の子達も、奥さんもみんな気さくだから、困ったら誰にでも、なんでも聞いてちょうだい。えーと、そこの無駄にガタイがいいのが長男のフレドリックで……」
にこにこしながら義母のモニークがエイダに家族を順番に紹介していく。エイダはフレドリックやレジナルドを上から下までじっくりと検分しているように見えた。ぼんやりしている内に、マルティナの名が呼ばれたので、ペコリとお辞儀をするとエイダと目が合うと、きつく睨みつけられた。喉になにか詰まったような苦しさを感じて、隣に座るブラッドリーの手をぎゅっと握ると、優しく握り返された。
「マーカス家ってご飯を食べる時、自由席なんですよね? じゃ、好きな場所に座っていいですか?」
食事をはじめようとしたところで、義父と義母の隣に座っていたエイダが訊ねる。
「ええ、今日はわかりやすいように家族ごとに座っているけど、いつもはもっとバラバラに座っているわよ」
「交流を深めたいんで、ここいいですか?」
フレドリックとレジナルドの間を指指す。
「かまわないわよ」
モニークの返答に、エイダはそそくさと二人の間に割り込むように座る。
「あー食事の前にごめん。俺からも一個だけお願いがあって。少しだけ血液採ってもいいかな? 最近、血液検査で簡単に健康状態をチェックできる方法が開発されたんだ。ナディーンさんの伝手で、今なら格安で検査してもらえるっていうから、ちび達以外、採血していいかな?」
「えーあたしもですかぁ? 血を採るなんてこわーい」
「うん。本当に少しでいいし、痛みもほとんどないから。ほら、ブラッドリーで見本を見せるから」
「もー優しくしてくださいよ?」
フレドリックを上目遣いに見る、エイダにマルティナはなんだか胸がむかむかした。フレドリックの妻のジョアンナを見ると、お腹がすいて待ちきれなくなった子ども達のご飯の世話をしている。
「歓迎の晩餐に水差してごめん。じゃ、エイダちゃんとの交流とみんなの健康を祈って」
いつもよりは内容は豪華だが、大皿から各自の皿に料理やパンなどを取り分ける形式は変わらない。フレドリックの言葉を合図に、各々、好きな料理を皿に取り食事をはじめる。
「え、自分で取るんですか? 取り分けてくれる侍女とかもいないんですか?」
おそらく、風習は違うが、男爵家でもマルティナがかつていた伯爵家のようにコース料理をサーブされて食べているのだろうエイダは困惑していた。隣に座るレジナルドに問いかけている。
「そうだよ。見ればわかるだろう。君は社会勉強に来たんだろう? 平民で商家であるマーカス家は大皿から料理を個々に取って、食べるスタイルだ。君の一つ下のイーサンでもそうして食べられるんだ。できるだろう」
レジナルドは娘のルースを膝にのせて、ご飯を食べさせていて、エイダに背を向けて冷たく言い放つ。
「そうですけどぉ……」
「レジナルド! 相手は十五歳の女の子だぞ。もう少し優しくしろよ。今日は俺が取り分けてあげるから、徐々に慣れていってほしい。ごめんね、エイダちゃん」
すかさずフレドリックがフォローに入る。
「やだーフレドリックさん、優しい! じゃぁ、そこのサラダを取ってください。ちょっと、今ダイエットしてて、パンとか揚げ物は控えてるんですぅ」
エイダは、フレドリックの方に体を寄せて、甘えるように言った。いつもはわいわいと賑やかな食卓が今日はやけに静かだ。時折、子ども達がはしゃぐ声が響くだけだ。マルティナはブラッドリーが絡まれていないことにほっとするような、申し訳ないような気持ちでもそもそと食事を食べる。エイダは、不服そうにフレドリックに取り分けてもらったサラダをつついている。
歓迎の晩餐会だというのに、始まりからマルティナは憂鬱で仕方がなかった。




