表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/65

<番外編>三姉妹の中で唯一光り輝くはずだった私【姉編 その1】

マルティナの姉アイリーン視点。全三話。

姉の回想と末路。

 これからますますわたくしは、光り輝くはずだったのに、どこで道を間違ったというの?


 幼少の頃から、自分が選ばれた存在だと、人に囲まれ、もてはやされる存在だと気づいていたの。


 だって、可愛くて、美しくて、そして賢い。こんなわたくしが特別な存在ではないはずがないでしょう?


 自分が求めなくても、ドレスや装飾品は買ってもらえたし、髪や肌のお手入れもしてもらえたし、茶会ではちやほやされて褒められた。


 唯一、苦手な時間は家庭教師から何かを教わる時間だった。マナーやダンスなどは、センスがあるのか、すぐに身についたし、さらに自分が優雅に見えるのがうれしくて、苦ではなかった。苦手なのは机に向かう時間だ。はじめのうちは、努力しなくても、理解できたし、課題などもすぐにできた。


 しかし、年齢を重ねると、一回授業を聞いただけでは理解できない分野がでてきた。しかも論文など自分で調べて考えて、文章にまとめる課題などは苦痛で仕方なかった。本を探して、頭の中で理論を組み立てることになんの楽しみも見いだせない。さらには、自分の言葉で表現し、文章にして、まとめなければいけない。


 机の前で唸って悩む、その時間が無駄ではないかしら? そんな時間があったら、髪や肌の手入れでもしていたほうがましだし、読むなら学術書よりも、ドレスのカタログの方が楽しいじゃない?


 そんな時に、一緒に家庭教師の授業を受けているマルティナの姿が目に入った。この子は容姿が冴えないせいで、母や侍女達にないがしろにされている。

 まぁ、この上なく美しいアイリーンの妹に生まれてしまったのが、運の尽きよね。それなのに、真面目しか取柄のないマルティナは一生懸命、家庭教師の話を聞いて、ノートに熱心に書き込みをしている。


 馬鹿みたい……そんなにがんばって、勉強したところでアイリーンには勝てないし、母に認められることも褒められることもないだろう。


 ……そう、そんなにがんばって勉強したいのなら、アイリーンの役に立ってもらおうか。


 ふふふ、自分の素晴らしい思い付きに笑みが漏れる。家庭教師も勉強に関してはアイリーンよりマルティナを褒める回数が多い。今まではそれも気にくわなかったが、マルティナを利用することで、上手くマルティナの足も引っ張れるだろう。


 それからは、家庭教師が帰った後に、マルティナに自分の苦手な分野の応用問題の解説を求めたり、暗記すべき分野をわかりやすくまとめさせた。論文をまとめる課題が出たときは、マルティナにまずアイリーンの分を作成させて、それから自身のものをまとめさせるようにした。


 もちろん、マルティナの書いたものをそのまま提出するなんて馬鹿なことはしない。それはどれだけ手間でも、必ず自分で書き写した。疑問に思った部分はマルティナに質問して、きちんと内容も理解したので、提出物への質疑応答もお手の物だった。


 もともと馬鹿正直なマルティナは、一番よい案をアイリーンのものに使用したけど、たまに、アイリーンのものを作成した後に、なにかひらめきがあり、マルティナの方が出来が良い時があったが、その度に、叱責するとわざと手を抜いたりして、全ての科目においてアイリーンの成績を上回ることはなくなった。


 そんな生活が学園に入るまで、また、学園に入った後も延々と続いたが、マルティナは家庭教師や母に告げ口することもなく、アイリーンに不満を漏らすこともなく従順にアイリーンの勉強のサポートをつづけた。


 マルティナが入学した後は自分の勉強もあるので、さすがに負担が重くなったようだ。伯爵家の侍女はマルティナについていないので、マルティナはほとんど髪や肌の手入れがされていない。それでも、食事は伯爵家の皆と同じものを食べているからか、もともと髪や肌が強いのか、そこまでひどい状態ではなかった。


 ……誰も気づいていないけど、実はマルティナは美しいと言われる母に顔立ちがそっくりだった。母が金髪青瞳で、マルティナが黒髪黒瞳で、色味がまるで違うので、気づかれにくいけど。母は、切れ長の二重で、知的で凛とした美しさがある。だから、マルティナもそれなりに手入れをして、着飾れば、アイリーンとは違った美しさを発揮するだろう。そんなの許せない。地味で醜い出来の悪い妹。私の引き立て役。輝くことなんて許さないんだから。


 だから、マルティナが隈をつくって、やつれていても、その美貌が陰ってアイリーンにはちょうどよかった。


 『お姉さんはあんなに美しいのに、妹は……なんか思ってたのと違ったわ』

 『お姉さんは美しくて、所作も優雅で、成績優秀なのに、妹は残念なかんじだな』

 『あんな、地味で出来の悪い妹でも、かいがいしく面倒みていて、心根まで美しいんだな…』


 ああ、聞こえてくる声、聞こえてくる声、全部心地いい。

 もっと褒めてほしい。もっと称えてほしい。


 さすがに生徒会長の仕事を押し付けた時は、やりすぎかとひやっとした。案の定、はじめてアイリーンに反抗してきた。有無を言わさず抑え込むと、生徒会役員の隣国の平民達に取り入って、なんとか勉強のサポートも生徒会長のサポートもこなした。隣国の平民達とつるんでいることには目を瞑ることにした。


 ただ、諦めの色を瞳に浮かべ、従順で人形のようだったマルティナはそれから少しずつ変化していった。なんとなく母やわたくしから距離を取っていっているのは気づいていたが、わたくしのサポートはしているので放置しておいた。どの道、マルティナは卒業したら使い捨てる駒なので、わたくしの恙無い卒業をサポートしてくれれば問題ないのだ。


 はっきり変わったのは長期休暇が明けた後だった。髪を肩までの長さに切っていて、貴族令嬢としてははしたないはずなのに、その髪型はマルティナによく似合っていて、彼女の髪質を生かしていてとても似合っていた。なにより、その表情が生き生きとしていた。じりじりと胃の奥が焼かれるような感覚があった。


 その予感は当たって、もうわたくしのサポートをしないと宣言してきた。瞬間的に、頭が真っ白になり、手が出そうになるのを、淑女教育のたまもので微笑みに押し込める。腹の中は煮えたぎっていた。


 やはり、あの平民達とのつきあいで、感化されたのね……しかも、その平民達はどちらも見目麗しい少年で、きっとちやほやされて女として自信をつけたに違いないわ。これは早めに徹底的に心を折らなければ……


 マルティナの部屋にそっと入ると、まるで幽霊でも見たかのように驚いていた。マルティナの質素な部屋を見渡すと、ベッドに見慣れない黒いクマのぬいぐるみが置いてある。


 ……なるほど、本命はあの大柄な黒髪のほうね……


 さきほど抑え込んだ怒りをぬいぐるみにぶつける。ぶつりっと腕を千切ると、マルティナの瞳から涙がこぼれた。その顔には怒りがあった。まだ、怒る元気があるのね?


 仲良しの黒髪の平民をどうとでもできる力が婚約者にはあると告げると、ぬいぐるみの処遇に思い人を重ねたのか、マルティナの顔が絶望に染まる。


 こういう時には徹底的に、粉々になるまで、心を折らないといけないのよ。


 ざまあみろだわ。わたくしに逆らうからこうなるのよ。マルティナは一生、底辺をはいつくばっていればいいの。その暗い底から輝くわたくしを眺めていればいいのよ。


 それからは、愉快だった。マルティナは以前よりひどいくらいに、生気が抜けて、辛うじて学園には通ったけど、徹底的にあの平民達を避けているようだった。授業後も、すぐに帰宅し、部屋に閉じこもっているようだった。


 ただ、このまま憔悴していって、倒れられてしまっても困る。なんとか生かさず殺さずくらいの状態に戻らないかしら、と思っていたら、ある日を境に、マルティナは立ち直った。


 また、あの平民達とも連れだっているようだ。マルティナが柄にもなく殊勝に謝ってきたので、貴族令嬢である自覚を持てと釘をさすにとどめた。どうせ、わたくしと同じ時期に卒業したら、あの平民達は隣国に帰るし、マルティナのなにがいいのかはわからないけど、一時的な友情なのだろうと目をつぶることにした。なによりも、わたくしが傷一つなく華々しく卒業することが大事なのよ。


 なにかマルティナから反撃の一つもあるのかしら?と多少の警戒はしていたものの、何事もなく、何一つ傷つくことなく、卒業の日を迎えられた。


 卒業式の日は、人生のピークだったのかもしれない。華麗に着飾ったわたくし、同じく凛々しく美しいわたくしを溺愛してくれる婚約者、わたくしの学業成績、生徒会会長としての実績を褒めたたえる教師や友達や後輩達、幾重の人に囲まれて、もてはやされて、ここにはわたくしの求めるもの全てがあった。


 そして、これからも華々しい道を婚約者と進んでいくことを疑っていなかった。


 ただ、遠目で見たマルティナが隣国の黒髪の平民にエスコートされていて、マルティナは生地のグレードは低いものの色やデザインが今までのわたくしのお下がりのドレスと違って似合っていた。装飾品は生花だけなのに、マルティナは生き生きとしていて、瑞々しく輝いていた。はじめて見る幸せそうな満面の笑みに胃のなかがざらりとする。それだけが、輝かしい卒業の日の唯一の汚点だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ