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32 誕生日パーティー

 「マルティナ、誕生日おめでとう。絶対に誰よりも早く言いたかったんだ」

 今日は仕事が休みの日だったが、朝早くに目覚めて、台所でのんびりと温かいお茶を飲んでいると、ブラッドリーから散歩に誘われた。マーカス家からほど近いマルティナお気に入りの花が咲き乱れる散歩道でブラッドリーにお祝いを言われて、今日が自分の誕生日だとはじめて気づいた。


 「えーと、これプレゼント」

 ブラッドリーから細長い包みを渡される。ブラッドリーのはにかんだような笑顔に胸がきゅんとする。


 「ありがとう。開けていい?」

 「うん、気に入ってもらえるとうれしいんだけど……」

 散歩道で立ったままだったけど、気がはやって、包みを開くと、黒色のベルベット生地の長方形のアクセサリーケースが出てくる。パカッと開くと、鮮やかな赤色が美しいルビーを配置した花を象ったネックレスが鎮座している。


 感極まって言葉も出ないマルティナにブラッドリーが言葉を続ける。

 「シンプルなものより、モチーフがいいかなって。ハートとか蝶々とか鳥とか迷ったけど……マルティナが笑うと花が咲いたみたいだから……花にしてみたんだけど……つけていい?」

 ブラッドリーの耳は真っ赤に染まっている。マルティナは何も言えずにただ頷く。マルティナにネックレスを付けながら、ブラッドリーはさらに言葉を重ねる。


 「本当は二年前、クマのぬいぐるみじゃなくて、このルビーで作ったアクセサリーを贈りたかったんだ」

 「えっ、でも、あの頃ってまだ会ってそんなに時間が経ってなかったよね?」

 「うん。あの頃からマルティナがずっと好きなんだ」

 首でネックレスの留め金を止めるブラッドリーの手の体温が高い気がする。

 マルティナの顔も真っ赤に染まる。

 「えーと、私も長期休暇の頃には、ブラッドリーが好きだったわ。うん、それからずっと好きで忘れられなかったの。今でも好き」

 そのまま後ろから抱きしめられる。

 ブラッドリーの大きな体に包まれて、マルティナは幸せを感じた。

 ずっと、ずっとこの大きな胸板に身を預けたかった。


 「あー今日はこのまま、ずっと二人でいたい……マルティナを一人占めしたい……でも、そんなわけにもいかないな。マルティナの誕生日をお祝いしたい人が列をなしてるから」

 そっと抱擁がとかれて、手をつないで歩きだす。横で並んで歩くブラッドリーの照れたような横顔を眺めて、マルティナは幸せな気持ちに包まれた。


 毎年、毎年、ブラッドリーは私の欲しいものをくれる。いつもこれ以上ないってほど、満たされた気持ちにしてくれるのに、また更にそれを上回るものをくれる。胸に弾む赤い花のネックレスを眺めて、自分の幸せをかみしめた。


 「マルティナは今日は台所立ち入り禁止な。あ、他の家事も禁止だから。ブラッドリーと街でもぶらぶらしてきなよ」

 長男家族がせわしなく台所仕事をする横で、一番上の息子のイーサンが言い放つ。朝食後に、いつものように家事を手伝おうとして、拒否された。

 「だって。行こう。マルティナ」


 仕事のある日は、ブラッドリーの母が中心となって、通いのお手伝いさんが洗濯や掃除、食事の準備をしてくれている。仕事が休みの日は男女問わず、家族のうちの手の空いている人が家事をするシステムだ。どうやら、誕生日は免除らしい。


 その言葉に甘えて、ブラッドリーと街をぶらぶらする。午前中しか開いていないという市場を見て回る。この国に来てだいぶ経ったが、まだまだ知らない食べ物がある。生で食べられる果物は試食もあって、色々な果物を食べてみた。


 果物のジュースを飲んで、一休みして、串に刺さったかわいく細工された飴をブラッドリーに買ってもらって、飴をかじりながら、のんびり歩く。その間、ずっとブラッドリーと手をつないだままだ。


 「あのね、ブラッドリーこのネックレスもすごくうれしい。二年前はクマのぬいぐるみで、一年前はメッセージカードだったよね。クマのぬいぐるみはリリアンにあげてしまったけど……」

 「うん、そうだね」


 「クマのぬいぐるみもメッセージカードも、ブラッドリーが隣にいないときに、私の心を守って、奮い立たせてくれたの。ありがとう。ブラッドリーはいつも私がその時、一番欲しい言葉や物をくれるね」

 「そうかな……その時、その時に、自分なりに精一杯のものを贈ったつもりではあるけど。それが、マルティナを支えてくれてたなら、うれしいな」

 隣を歩くブラッドリーの顔が泣きそうにくしゃっと崩れる。


 「うん、クマのぬいぐるみは手元にないけど、今年の誕生日は実物がいるから、満足!」

 マルティナが茶化すように言うと、なぜかブラッドリーの頬には涙が伝っていた。びっくりして、マルティナは立ち止まる。


 「うん。このルビーを贈れる日がくるなんて思ってもいなかった。マルティナが産まれてきてくれて、こうして一緒に隣を歩けることに感謝してるよ」

 ぐいっと拳で自分の涙をぬぐうと、マルティナの手をひいて、ブラッドリーは歩きだした。今日は何回、胸がいっぱいになるんだろう? ブラッドリーの精悍な顔を見ながら、マルティナも涙ぐんだ。

 

 マーカス家に帰ると、昼過ぎからマルティナの誕生日パーティーが始まった。

 今日は一か所にさまざまな料理が置かれて、家の中はもちろん、庭にもテーブルや椅子が配置されていて、好きな時に好きな分だけ、料理を食べる方式だった。


 ブラッドリーの両親はもちろん、長男一家やレジナルドとエミリー、リリアン、エリックをはじめとしたプレスコット家の家族まで、一族が勢ぞろいしていた。


 みんなからお祝いのことばをもらって、ハグされる。

 プレゼントは、マーカス家やエリックの実家であるプレスコット家のみんなの個性の豊かさが溢れたものだった。


 ブラッドリーの母からは、マルティナの好きな花をあしらった花束。ブラッドリーの父からは、最近買い付けに行った国で買ってきたフルーツのお酒。エミリーからは花の香りのするハンドクリーム。ブラッドリーの下の兄のレジナルドからは、マルティナの祖国のシンプルな紅茶の葉。


 どれも、ささやかで高価ではないけれど、マルティナの好きなものばかりで、マルティナを思う気持ちが現れたプレゼントばかりだ。


 そして、ブラッドリーの上の兄であるフレドリック一家はなんと、家族全員でダンスを披露してくれた。曲自体は、この国のお祝いによく歌われる曲だが、衣装や振り付けはイーサンをはじめとした子ども達が考えてくれたものだという。


 紙や包装紙で作られたコミカルな衣装に身につつみ、厳ついフレドリックが真剣な表情で踊る様は、そのギャップもあり、みんなの笑いを誘う。みんなの手拍子や笑い声をものともせず、フレドリックの普段もの静かな妻も情熱的なダンスを披露する。子ども達も時折、振りを忘れたり、テンポがズレたりするけど、その様も可愛らしい。


 「はーいいもの見た。フレドリック兄さんにこんな特技があったなんて。ぜひ、俺の誕生日にもやってくれよ!」

 「やだよ。なんで、お前のためにやんなくちゃいけないんだよ」

 どこかツボにはまったのか、大爆笑していたレジナルドが盛大な拍手をしながら茶々を入れる。マルティナも笑ったり、涙ぐんだり、感情が忙しい。


 エリックの家族であるプレスコット家の面々もプレゼントを用意してくれていた。エリックの両親からは、動物をモチーフにしたお菓子の詰め合わせをもらった。


 エリックの二人の姉は、髪や服に飾れるようにいつかのエリックのように生花を加工して、マルティナを飾りたててくれた。

 「俺のあげたネックレスが霞んでる……」

 「もーブラッドリーがマルティナちゃんに服とかアクセサリーをプレゼントしようとすると阻止してくるから、生花にしたのにぃ」

 「ブラッドリーってほんとケチよね。心せまーい」

 「うぅ……」

 「お花もネックレスもどっちもうれしいよ。ありがとう」

 「「やだー、らぶらぶー」」

 二人の従姉に、からかわれて萎れるブラッドリーがどこか可愛くて、マルティナは背伸びしてブラッドリーの頭をなでてお礼を言った。さらにからかわれることになって、ブラッドリーの耳が赤くなる。その様を見て、くすぐったい気持ちになった。


 「アタシからはケーキよ。といっても、作ったのはケーキ屋さんなんだけど、アイディアというかデザインは私がしたのよ!」

 エリックが用意してくれたケーキはシンプルなスポンジとクリームのケーキで、大きな長方形をしていた。そのケーキの至る所に花と瑞々しい果物が飾ってあって、カラフルだ。

 「この飾りのお花、砂糖漬けで、全部食べられるのよ! 食べられるお花があるって聞いて、ケーキ屋さんと相談して作ってもらったの」

 「わーすごい!! すてき! エリック、ありがとう」

 マルティナは自分の誕生日に料理やケーキを用意してもらうのははじめてで、胸が熱くなる。エリックの用意してくれたケーキだけではなくて、家族総出で作ったマルティナの好きな料理ばかりがテーブルいっぱいに並んでいる。


 「じゃじゃーん、私からはこれです!! ちゃんと、ブラッドリー様から許可をもらいました!」

 誇らしげにリリアンは手のひら大の二匹のクマのぬいぐるみをかかげる。


 「ブラッドリーの許可?」

 「エリック様から、この国では誕生日プレゼントは食べ物とかお花とか、形に残らないものを贈る習慣があるって聞いたの。形に残る物をプレゼントをするのは両親や恋人や夫だけなんだって。リリアンは妹だけど、マルティナ姉さまの特別だからいいかなって思って」と教えてくれた。その風習を知って、今までブラッドリーから贈られたプレゼントに込められた思いの深さを知る。


 リリアンのプレゼントは、手のひら大の黒いクマのぬいぐるみで、片方のクマの耳に花の飾りがついていて、もう片方のクマの首に赤いリボンが結んである。

 「わーかわいい。リリアン、ありがとう」

 「うふふふ、なんとリリアンの手作りでーす。マルティナ姉さまのクマちゃんはリリアンがもらっちゃったので、これからはこのクマちゃんを可愛がってください。この二匹、お手てを縫い合わせてあるので、ずっとくっついてるんです!」

 「ま、ブラッドリーとマルティナちゃんみたいな?」

 今度はエリックからマルティナがからかわれて、顔を赤くする。以前なら、エリックの言葉を否定していたけど、気持ちが通じ合った今は、恥ずかしいけど、どこかうれしい気持ちがある。


 「リリアン、すごいわね。かわいい、大事にするね。ありがとう」

 リリアンも伯爵家を出る時にクマのぬいぐるみを押し付けられて、複雑な気持ちになっただろう。それをこんなすてきなプレゼントで返してくれた、その気持ちがなによりうれしかった。二人で笑顔でマルティナの誕生日を迎えられることも。


 それからは、みんな好きなように談笑し、料理を食べて、お酒を飲んで、時に騒いで、マルティナの誕生日祝いのパーティーは賑やかに日が暮れても続いた。


 それはスコールズ家で行われていたアイリーンやリリアンの誕生日会ほど盛大でも豪華でもないけど、家族の笑顔と温かさに溢れている。


 マルティナは今まで生きてきた中で言われた分よりたくさんのおめでとうとプレゼントをこの一日でもらった。


 人生ではじめて生まれてきてよかったと思える誕生日だ。

 あの国にいた時の私にはきっと信じられないだろうな。

 今、傍にいる血のつながった家族はリリアンだけだ。

 ブラッドリーをはじめとしたここにいる人たちは一かけらも血が繋がっていない。でも、この人たちが私の家族ですって胸をはって言える。


 まだ、会って日も浅いけど。まだ、完全に心を開けているわけでもないけど。でも、信頼できる温かい人達。


 胸がいっぱいになったマルティナは、高揚する自分を落ち着かせようとバルコニーで一人、夜空を眺める。

 「主役がどうしたの?」

 「なんだか胸がいっぱいで。誕生日を祝ってもらうってはじめてだから」

 三人掛けのベンチに寄り添うようにしてブラッドリーが座る。二人の間に隙間はない。二人で無言でしばし夜空に瞬く星を眺める。


 「ブラッドリーの卒業パーティーの時の星空も綺麗だったね」

 祖国にいた時のことが遠い昔のことのように思える。あの時は、こうしてブラッドリーと気持ちを通い合わせて、また星空を見れるなんて思ってもいなかった。


 「マルティナ、愛してる」

 ふいに抱きしめられて、ブラッドリーの大きな体に包まれて、マルティナは幸せを感じた。

 「ブラッドリー、私も愛してる」

 ずっと言いたかった言葉がするっと出てくる。ブラッドリーからやさしい口づけが降ってくる。


 「マルティナ、結婚しよう」

 「えっ」

 ブラッドリーとお互い、気持ちがあることは、態度やその目線でなんとなく感じてはいたし、今朝、言葉で気持ちが通じていることを知った。それでも、いきなりの提案に、マルティナは言葉に詰まる。マルティナが難しい顔をしていると、ブラッドリーに額の皺をのばされる。


 「ははっ。マルティナは考えていることが筒抜けだな。マルティナのことだから、恋人同士になって関係性を育んで、自立してからって思ってるんだろ? でも、俺は我慢できない。マルティナ、家を出てエミリーと一緒に暮らすつもりなんだよね? 一緒に暮らすの、俺じゃダメかな? 毎日、マルティナの顔が見たいし、一緒に暮らしたい。ダメかな?」


 「ふふふ、私がブラッドリーのお願いを断れたことがある?」


 「これから一緒にご飯を食べて、一緒に眠って、仕事をして、いろいろな場所に行こう。たくさんの景色を見て、経験して、一緒に楽しんで笑って暮らそう。


 もちろんそれだけじゃなくって、マルティナが困った時も、寂しい時も辛い時も、ずっと隣にいたいんだ」


 「ありがとう、ブラッドリー」


 ブラッドリーと家族になる。

 楽しさも悲しさもいいことも悪い事も一緒に味わって生きていく。


 マルティナの中にあたたかい気持ちが広がる。

 ああ、家族って色々な形があって、正解はないけど、きっとブラッドリーと一緒なら楽しい。

 それだけは断言できる。


◇◇


 「あーやっとくっついた。あの二人まだつきあってなかったのよ、信じられる?」

 「まぁ、マルティナちゃんは家族のことで色々あったから、恋愛どころじゃなかったのよ。あと、ブラッドリーがマルティナちゃんが大事すぎて、慎重になりすぎちゃったんでしょ」

 窓からバルコニーにいる二人を眺めながら、エミリーがつぶやく。隣でワインを味わいながら、エリックがしたり顔で補足する。


 「くっついたら、結婚まで早そうねー」

 「そうだな、俺らの結婚と被らないように調整しないとだな……いっそのこと合同でするか?」

 エミリーとエリックが話している所に、レジナルドが割り込む。


 「は? 私達って結婚するの?」

 「ああ。枷つけておかないと、すぐにどっか行っちゃうからな。事実婚でいいなんて言わせないから」

 「えー聞いてないーーー!!!」

 「ああ。プロポーズはこれからするから。ということで、エリック、俺らもちょっとはずすわ」

 「ハイハーイ、ごゆっくり。はー結婚式が二組か……忙しくなるわねー」

 「エリック、マルティナねーさま見なかった?」

 エリックがウェディングドレスの算段をしていると、リリアンが飛び込んでくる。


 「あーちょっとお取込み中だから、あっちでケーキでも食べながら、ウェディングドレスのデザインでも考えましょ」

 「えー誰のドレスですか? 楽しみだなぁ」

 バルコニーが見える窓からリリアンの視線を離すようにエリックは誘導した。

あと、別視点の閑話を二話はさんで、最終話になります。

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