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31 海辺での散歩 

 足をさらう波が心地いい。


 鮮やかな青空がどこまでも広がり、もくもくとした白い雲が浮かんでいる。背の高い木が海からの風に揺れている。照り付ける太陽だって、気持ちいい。


 自分がこんなに自由や心地よさを感じる日が来るなんて思ってもいなかった。今まで、あまりにも自分の世界が狭かったと、視野も狭かったと改めて思う。


 こんなに色々な人がいて、色々な世界があるなんて。あの国であの家であの家族の中にいる時には想像もできなかった。国が変わるとこんなに変わるのかと思う。人々は陽気で開放的で。時間もゆったりと流れている気がする。


 浜辺に立って、引いては寄せてくる波が足を洗う感覚が心地いい。

 寄せては返す波の音を聞きながら、マルティナは満足感に包まれていた。


 私は空っぽだった。でも、自由になった。

 そして、この国に来て半年以上経った。空っぽだった自分が少しずつ埋まってきた。楽しい物や好きな物で。


 はじめは、自分が何を好きなのかすらよく分からなかったのに。

 

 海をぼんやり眺めるのも好きだし、こうして足だけ海に浸して、波の感覚を味わうのも好き。


 好きな色は、昔と変わらず黒。空や海の青色も好き。この国でよく見かける花の鮮やかな赤も好き。服なら柔らかい可愛い色よりも暗めの原色が好き。


 食べ物の好みは相変わらずシンプルで素材を生かした物が好き。でも、スパイスが大嫌いだったのに、この国に来て南国ならではの香辛料が効いた料理や飲み物が少し好きになった。あと、果物が好きになった。この国の果物はカラフルでジューシーで甘かったり酸っぱかったりする。


 花は薔薇や百合などの香りや存在感が強い物は相変わらず苦手で、かわいいものが好き。この国に咲いている花はどれも好き。


 好きな男の人のタイプは獅子みたいに大きくて存在感があって、自分に自信があって、時に押しが強くて、すごく優しく寄り添ってくれる人。できれば黒髪で黒目で褐色の肌をしていて彫りが深くて凛々しくて……


 視線に気づいてブラッドリーがマルティナに身を寄せる。

 「ん?」

 「なんかもったいない事してたなぁって……」

 「なにが?」

 「だって、この国に来て、海がこんなに近くにあるのに、最近まで遠くから眺めているだけで、浜辺まで来ることも、海に入ることもしなかったなんて勿体ないじゃない?」

 「んーーでも、必要な時間だったんじゃないかな? マルティナにとって」

 「そうかな?」

 「うん。なんでも、タイミングってあるんだよ、きっと。それにこれからいつでも来れるから、いいんじゃない?」

 「そっかぁ……」

 「いつでもお供するよ」

 

 あまりクヨクヨと過去の事を考える事はなくなったが、最近、後悔していることがある。

 半年前、せっかくブラッドリーが迎えに来てくれたのに、喜ぶでもなくぼんやりとして連れられてきてしまって、その後も自分の事に必死で、碌にブラッドリーにお礼も言えていない。


 今日だって、浜辺を歩きたいなとつぶやいたマルティナの言を覚えていたブラッドリーが、休日にマルティナを海に連れ出してくれた。


 「ブラッドリー、いつもありがとう」

 マルティナを満たす気持ちがそのまま溢れるように、自然と感謝の言葉が零れた。

 「この国に連れてきてくれて、いつも隣にいてくれて、私に新しい居場所をくれてありがとう」

 「うん。ふふ、うん」

 「どうしたの?」

 「マルティナが元気になって笑ってくれるようになってよかったなって思って」

 ブラッドリーの柔らかい笑みを見て、マルティナの胸が跳ねる。

 マルティナの中で、早くブラッドリーに釣り合う自分になって、ブラッドリーに気持ちを告げたいと焦る気持ちと、このままぬるま湯のように温かい関係でいたいとのんびりする気持ちと両方が共存していた。


◇◇

 

 「ねーエミリーは、今はレジナルドさんと婚約してるけど、ずっと好きだったの? ブラッドリーとかお兄さんのフレドリックさんとか気になったりしたことはないの?」

 マルティナは仕事の休憩中に、エミリーに気になっていたことを聞いてみた。


 「えーフレドリック兄さんは、兄さんて感じだし、ブラッドリーなんて、全然タイプじゃないわ。粘着で強引で自信過剰で。自分と似てて同族嫌悪っていうの? 異性として見られないわ。その点、レジナルドは最高の恋人なのよ。もう幼い頃からずっと好きなの。


 マルティナは自己評価低いし、奥ゆかしいから、ブラッドリーがちょうどいいのかもね。でも、今のマルティナなら選び放題じゃない。この国ならモテるわよー、マルティナ。ゆっくり選べばいいのよ。ブラッドリーだけが男じゃないわよ」


 「えっ、あんなに格好いいのに?」


 「えーなんかゴツくない? 野生動物みが強すぎて、私は苦手かなー。そっかーマルティナはブラッドリーの外見も好きなのね……。まー昔からそこそこモテてはいたけど……」


 「……だよね。もてるよね」


 「……マルティナ、確認がてら聞くけど、二人つきあってるのよね?」


 「えっ?」


 「えぇーーーっ!! もしかして、まだ、つきあってないの?」


 「うん。この国に来る前は、身分差があったし、この国に連れてきてもらう時も、私なんか抜け殻みたいになっていて、そのまま。


 ねーエミリー、どうなったら自立してるって言えるのかな? この国に連れてきてもらった時の私があまりに情けなさすぎて。ちゃんとブラッドリーに釣り合えるようになったら、告白しようと思ってたんだけど……仕事は軌道に乗ったから、そろそろマーカス家を出て、一人で暮らすべきかな?」


 「わー真面目。そして、ブラッドリーは慎重になりすぎて、様子見しすぎて、機会を逃しちゃってるのね……うーん、ならさーマルティナ、私と一緒に部屋を借りて暮らそうよ!」


 「えっ、いいの? それはすごく心強いんだけど、レジナルドさんとそろそろ結婚するんじゃないの?」


 「んーレジナルドのことは大好きなんだけど、今、仕事も面白いし、このまま事実婚状態でもいっかな?って思ったりもするんだよねー」


 「お母さんに時期とか場所とか、まずは相談してみるね。エミリーに相談してよかった。ありがとう」

 なんとなくブラッドリーに告白するための道筋が見えてきて、マルティナの表情も明るくなる。


 仕事が終わった後に、過保護に店舗まで迎えに来たブラッドリーに付き添われてマルティナが帰った店内でエミリーのつぶやきがこぼれた。


 「ふふふ、きっと実現しないでしょうねー。アイツがマルティナが家を出ていくのを許可するわけないじゃーん。背中押したんだから、がんばりなさいよ、ブラッドリー」 

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