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30 従妹の帰国 

 マルティナがこの国に来て半年が経った。真っ白だったマルティナの肌は少し焼けて、手に傷も増えたし、手の皮も厚くなった。よく食べるおかげで少し肉もついたように思う。なにより自分でできることが増えた。そのことが少し誇らしかった。


 その日は朝から、マーカス家のみんながそわそわしていた。

 どうやら、ブラッドリーが請け負ったあげく、マルティナを連れ帰るため、中途半端になってしまったマルティナの祖国からの支店の引き上げ作業に行っていたマーカス家の次男が帰国するらしい。


 「元々兄さんの案件だし、俺がしたくてしたことだから、マルティナは気にしないで」

 何かを察したブラッドリーからも気遣われるけど、マルティナのためにブラッドリーやブラッドリーの兄に迷惑をかけたことに変わりはなくて、居たたまれなくなる。

 会ったらなんと言われるか、何といって謝罪すればよいか、そんなことが頭の中をぐるぐるして、浮かれるマーカス家の家族の中でマルティナは一人物思いに沈んでいた。


 何もしていないと手持ち無沙汰で、かといってワイワイと歓迎の御馳走を準備する中にも入りづらくて、玄関をぼんやりとしながら掃き掃除する。


 ガラガラと何かを引く音がして、コツコツとヒールの足音が近づいてくる。下に向けていた目線を上げると、滑車のついたトランクを引いた黒髪を靡かせた長身の美女がこちらへ凄い勢いで向かって来る。


 「あなたがマルティナね?」

 呆然と箒を手に佇むマルティナの正面に立つと、話しかけられた。

 「はい……」


 「こっちはねーあなたのせいで、大変な目にあったのよ! 私もレジナルドも! もー私のお店を立ち上げるっていう大切な時だったのに! もうちょっと根回しとか、なんかできなかったわけ? せめてブラッドリーにちゃんと連絡取りなさいよ!」

 「ごめんなさい……」

 この国に来て、ブラッドリーの両親をはじめ、長男家族も商会の人達もマルティナを気遣い、慮るばかりで、誰も文句など言わなかった。でも、マルティナの中ではずっと皆に迷惑をかけている罪悪感がチクチクと自分を刺していた。


 だから、見知らぬ迫力のある美女に誹られて、ほっとしている自分がいた。いつか誰かに責められる日が来ると思っていたし、なにより、自分を大切に扱われることに慣れていないので、人から責められる方が気が楽だ。


 「エミリー、文句なら俺に言ってくれ」

 どこからか現れたのか、ブラッドリーがマルティナと美女の間に割りいる。


 「なによ! こんなにたくさんの人に迷惑かけておいて! 文句の一つも言うことも許されないの?」

 エミリーは、ブラッドリーを押しのけると、またマルティナの正面に立ち、強い目線で睨んでくる。


 「エミリー!!」

 「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 マルティナは、謝罪して頭を下げることしかできなかった。


 「もーなんなのよ。まるで私が虐めているみたいじゃない! 聞いてるわよ、ここでも、いつまでもウジウジしてるって。はっきりしなさいよ! ブラッドリーも中途半端で生殺しじゃない!」

 「………」

 「エミリー、俺とマルティナのことに口出ししないでくれ」

 マルティナが一番気にしていることを直球で責められてなんと答えたらいいのか言葉に詰まる。やっぱり、ブラッドリーに甘えすぎて彼の負担になっているの? 早くマーカス家を出ていくべき? この人はブラッドリーの恋人なの? 


 目の前に怒りを露わにして立つエミリーは、腰まであるストレートの黒髪をなびかせた長身の美女で、褐色の肌と彫の深い顔立ちは、どことなくブラッドリーに似通っていて、二人が並んで立つとさぞかし似合いの二人だろうと思われた。


 「ねぇ、あんたはブラッドリーが惚れ込んで、隣国から連れてきた人なんでしょう? ウジウジしてないでその価値を自分で証明しなさいよ! 明日からウチの店で働いてもらうから! 服も化粧も今の自分史上最高にしてくること。いいわね!! あ、私はブラッドリーの従妹のエミリーよ」


 「……あはははは」

 一瞬の沈黙の後、マルティナは声を上げて笑い出した。

 すごい剣幕でまくし立てていたエミリーも、間に入ろうとおろおろしていたブラッドリーも、大声で騒ぐエミリーの声に集まって来たマーカス家の皆もそんなマルティナに驚いている。


 「さすがブラッドリーの従妹ね。直球で無遠慮に切り込んで来るところがそっくりだわ。そう、そうよね。いつまでもウジウジしてたって仕方ないわよね。わかったわ。やってみるわ」

 皆に腫れ物に触れるように気遣われる日々はありがたかったが、マルティナ自身もどこかで自分の殻を破りたいと思っていた。もう、ぼんやりと過ごす時間は終わりにしよう。せっかくブラッドリーがくれたチャンスなんだ。いつかブラッドリーの隣に自信を持って立てるように、自分を誇れるように、動きだそう、自然とそんな気持ちになれた。


 よし、自分のことは自分で満たそう。

 自分の居場所は自分で作ろう。

 恵まれた環境にいることを卑下するのをやめよう。全てをありがたく受け取ろう、感謝して。


 「わーいい笑顔。ブラッドリーが必死こいて連れてきて、連れて来た後もべったりなわけだ……どうも。ごめんね、僕の婚約者が、突然。


 悪い子じゃないけど、ちょっとじゃじゃ馬なんだよね。僕はレジナルド・マーカス。ブラッドリーの兄だよ。マルティナちゃん、エミリーはこんなこと言ってるけど、君に会えるのすっごく楽しみにしてたんだ。本当にエミリーの店の立ち上げを手伝ってくれると助かる。それで今回の件はチャラね。マーカス家へようこそ。歓迎するよ」

 エミリーの後ろから現れて、エミリーの肩を抱いた青年がぺこりと頭を下げる。どことなく顔立ちはブラッドリーに似ているが、長男とブラッドリーと比べるとタイプが違う。長身だけど、すらっとしていて茶髪、茶目で色彩も顔立ちも母親似で、全体的に柔らかい印象がある。

 

 「もー俺の半年の苦悩はなんだったの?」

 意気投合するマルティナとエミリーの横で、ブラッドリーのぼやきが零れる。

 「女同士でしかわかんないこともあるだろ。ま、マルティナちゃんも一皮むけたみたいでよかったじゃないか」

 レジナルドがブラッドリーの肩を叩いた。


 さすがに翌日からエミリーの店で働くのは急すぎるということで、マルティナの初出勤は一週間後になった。


 マルティナは意を決して、ブラッドリーに付き添われて、リリアンとエリックに会いにプレスコット家に向かった。リリアンのことが気にならなかったわけではない。新しい家族に馴染めるように、元姉である自分はしばらく顔を出さない方がいいなんて、言い訳をしていた。


 でも、本当の所は、デザインの才能があって、プレスコット家に迎えられたリリアンとなにもない自分を比べて、勝手に卑下して会えなかっただけだ。


 エリックにも、リリアンを引き取ってくれたことへの礼状は出したが、直接お礼も言えていない。


 久々に会ったリリアンはマルティナがこの国に来たことも知らされていなかったようで大泣きされた。エリックと話そうとすると、プレスコット家のエリックの姉二人や両親も揃っていて、マルティナもなぜか歓迎を受けて、もみくちゃにされた。


 それでも、なんとか目的であったエリックにお礼を言うことと、髪を切ってもらうことも、服を見繕ってもらうこともできたし、化粧の仕方や使用する化粧品のアドバイスももらえた。


 「わーお。見違えた。美人だとは思ってたけど。マルティナはウジウジ禁止ね。人生がもったいないわ」

 マルティナの変貌は、エミリーから合格をもらえた。


 それからエミリーがレジナルドの援助で立ち上げた化粧品や美容品を扱う店で、切磋琢磨する日々を送った。大ざっぱで思いつきで動くエミリーと実直に地道に事にあたり、雑務もこなすマルティナはいいコンビだった。お店はこじんまりしていたが、立地がいいこともあり、すぐに軌道に乗っていった。


 ブラッドリーやエリックと生徒会をしていた時や、商会の事務や雑務を手伝っている時も楽しくて充実感があったけど、エミリーとお互い意見を出し合って、協力して働くのはそれを越える楽しさがあった。

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