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29 南国での生活

 ブラッドリーとの思わぬ再会から、隣国への移動に関して、マルティナの記憶は曖昧だ。短期間に色々な事が起こりすぎて、マルティナの脳の処理能力を超えてしまったのかもしれない。まわりの景色や建物も目に入らない。ただ、ブラッドリーに言われるがままに馬車に乗り、宿で休みということを繰り返し、ぼんやりとしている間に夢にまでみた隣国へ着いた。


 ブラッドリーの実家に着いた時はちょうど昼ごはんが終わった時間帯で、家族は皆、仕事や学校などで出払っているようで、ブラッドリーの母だけが迎えてくれた。


 「こんにちは。はじめまして。ブラッドリーの母です。マルティナちゃんよね? ブラッドリーから全て聞いているわ」

 ぼんやりしていたマルティナもさすがにお世話になるブラッドリーの母に会うとなると緊張したが、南国に似合うカラッとした笑顔を見て気が抜ける。


 「これまでよくがんばったわね。これからは、この家でのんびり暮らせばいいわ。私達になんでも言ってちょうだい」

 ブラッドリーの母から優しく抱擁されて、一瞬体を固くしたが、その柔らかい感触にほっとして身を委ねる。

 「あら、やだ、マルティナちゃん、すごく熱いけど……、えっ熱あるの? マルティナちゃん?」

 「マルティナっ」

 ほっとしたと同時に体に力が入らなくなる。

 なんかこんな事が以前にもあったな……なんてことを思いながら、意識を手放していった。


 頭がガンガンするし、体の節々が痛い。熱くてだるくて、しんどい。浅い眠りの夢には母や姉が出てくる。うなされて起きると、いつでもブラッドリーがベッドサイドにいた。


 「今は余分なことは考えなくていいから。もう大丈夫。全部終わったから」

 ブラッドリーがマルティナの額に固くしぼった布巾を乗せる。


 「ありがとう、ブラッドリー……」

 体調の悪いときに看病されたことのないマルティナはブラッドリーがつきっきりでいてくれることが、うれしいような申し訳ないような気持ちでいた。


 「傍にいるから。今は何も考えずに眠って……」

 マルティナの手をやさしく握ってくれるブラッドリーの声を聞いて、安心して、また眠りに落ちていった。


 疲れのせいか精神的なものかマルティナは高熱を出して、どうやら三日間寝込んでいたらしい。四日目には熱も下がってすっきりしたものの、それから三日間はベッドから出ることは禁止され、その間も甲斐甲斐しくブラッドリーが世話をしてくれた。


 ベッドから出られるようになると、まずブラッドリーの両親に会いに行った。ブラッドリーの母親とは既に対面しているはずだが、熱があったせいか記憶がおぼろげだ。ブラッドリーの両親は二人とも南国の陽気さと、大らかさを感じさせる人だった。


 「マルティナちゃん、大変だったんだろう? 体調はもう大丈夫かい? 個人的な話かなとは思ったんだけど、後見人を務めることもあって、祖国であったことは全てブラッドリーから聞いているよ。よろしくね」

ブラッドリーの父親は大柄で日に焼けていて商人というより海の男といった風貌だ。白い歯を見せて、満面の笑顔を見せる。 


 「ご挨拶もできずに倒れてしまい、申し訳ありません。マルティナと申します。これからお世話になります。祖国でのことや家族のことは済んだことですので、お気遣いは不要です」


 「マルティナちゃん、そんなに肩に力を入れなくてもいいのよ。体は治っても、心がそれについていっているとは限らないのよ。自分の家だと思って、ゆったりと過ごしてちょうだいね」

 ふっくらとしているブラッドリーの母親は、ブラッドリーと顔立ちや体形は似ていないものの、その優しさや懐の広さや笑顔はどこか似ていた。 


 「あの、はじめに聞いておきたいんですが、私はマーカス家においてどんな扱いなんでしょうか?」


 「家族っていうのが一番近いかしら。養子にしてもよかったけど、成人しているし、将来、自由に動ける方がいいと思って、籍は入れないことにしたのよ。でも、後見人として申請しているから、なにかあったときは安心して頼ってちょうだい。もちろん、一緒に暮らすし、しばらくはのんびりして、ゆっくりやりたいことを探していけばいいわ」


 にこにことほほ笑むブラッドリーの母に全て寄りかかって甘えたくなる。そんな気持ちをぐっと押し込める。


 「ありがたいお言葉ありがとうございます。私が、独り立ちできるまで置いてください。家事や仕事を教えてください。今まで家のことも仕事もしたことがないので、きっと初めはお手を煩わせると思うんですけど……」


 「ふふふ……そんなに肩肘はらなくてもいいのに。家はけっこう人を預かることも多いし、人の出入りも多いし、マルティナちゃん一人増えたところでなんともないんだから。マルティナちゃんの思うようにしなさい。


 今、学校が長期休暇に入ったところで長男のところの一番上の子のイーサンが昼間も家のことを手伝いに来るから、まずはあの子に色々教えてもらうといいわ。でも、病み上がりだから水仕事は禁止よ」


 「今まで、一人でがんばってきたから、いきなり家族に甘えろとか頼れとか言われても難しいかもしれないな。でも、マーカス家一同、マルティナちゃんを歓迎しているし、誰にでも気軽に声をかけてくれ、な」


 マルティナの頑なな心をブラッドリーの両親の言葉は温めてくれた。それを素直に受け取れるかは別として。

 

 その日の夕食の時に、同じ敷地内にある別宅に住むという長男家族を紹介された。長男夫婦とその子ども達からもマルティナは温かく迎え入れられた。


 長男のフレドリックは、父親より商人らしい雰囲気で鋭い眼光をしていた。ブラッドリーと容姿は似ているが、厳つい雰囲気を醸し出している。フレドリックは父が成長させた商会の業務のほとんどを担っていて、今は比較的自由に動ける父親が国内外の出張を引き受けているらしい。


 長男の妻は、マルティナとは違う国から来た異国人で、赤茶色の髪色と同じ色のそばかすが色白の肌に散っていた。物静かな長男の妻は、この国には珍しい本屋や古本屋を展開するやり手らしい。


 子どもは三人いて、普段は読み書きを教える学校に通っているらしい。


 一番上の子であるイーサンは、十歳でブラッドリーの幼い頃はこうだったんだろうなと思わせる風貌をしていた。身長はマルティナと変わらないし、家のことや商会の仕事を手伝っているのかほどよく筋肉もついている。

 「ふーん。お前、貴族のお嬢様だったんだろ? なんかワケありか? 家の手伝いしたいって殊勝な心掛けだけど、足引っ張るなよ」

 言葉は乱暴だし、口は悪いけど、親切に家事に関することを教えてくれて、なにくれとなくマルティナの世話をやいてくれた。


 「もーどんくさいな、マルティナは! それはいいから、こっち持てよ。なー無理するなよ。人にはできることとできないことあるんだから。無理ならちゃんと無理って言えよ。言わなきゃわかんないだろ」


 「そうね。ありがとう、イーサン。これからはよく考えてからやるようにするわ」

 なんとなく大人に言われたら、咎められた気になるような内容でも、年下のイーサンに言われると素直に聞き入れることができた。


 「まぁ、素直な所はマルティナのいいところかもな」

 照れたときに、顔色は変わらないけど、耳のあたりが赤く染まるのもブラッドリーと同じだ。


 マルティナはブラッドリーの母やイーサン、家事を手伝いに来てくれるお手伝いさん達と一緒に作業していて、自分が自分のできる範囲を越えて仕事を抱えてしまう癖があることを知った。そして、できない事はできないと言っていいということを、人を頼っていいことを知った。


 「マルティナ、大丈夫? きりがよかったら休憩しない?」

 マルティナが倒れてベッドにいる間はつきっきりだったブラッドリーも、マルティナが普通の生活を送るようになると、フレドリックに耳を引っ張られて引きずられるように仕事に連れて行かれていた。あの国にいる時は大人っぽくて、余裕があって、自信に溢れているように見えたブラッドリーの色々な面が垣間見えるようになった。


 仕事で忙しそうにしているけど、その合間合間にまめにマルティナの様子を見に来てくれる。


 「ブラッドリー、仕事はいいのかよ? また、父さんに怒られるぞ。マルティナは自分で頑張るって決めてやってるんだから、いちいち邪魔するなよ。甘やかしてばっかじゃよくないって父さんも言ってたぞ」


 「いいんだよ。マルティナはまだ体調も完全じゃないし、目を離すとすぐ無理するから。ほら、イーサンに任せて行こう」

 苦言を呈す甥っ子と説教をされるブラッドリーは完全に立場が逆転している。マルティナからくすくすと笑いが零れる。マーカス家の家族はブラッドリーの母を筆頭にみんなマルティナに優しい。それでも、変わらずにブラッドリーが気にかけてくれることが嬉しかった。


 マーカス家に来て、一番驚いたのは、食事かもしれない。朝食と昼食は各々のタイミングで摂るが、夕食はよほどの用事がない限り、全員揃って食べる。


 一番大きな部屋に丸くて低いテーブルが置かれている。床には大きなラグが敷かれていて、椅子はなく、履物を脱いでラグにあがり、ラグに座って食べる。大人数で、日によって人の数が変動するので、椅子がないほうが効率的なのかもしれない。


 スープ以外のものは、基本的に大皿に盛られていて、各自食べたいものを自分の皿に取って食べている。今日のメニューはスパイシーなトマトのスープと魚のフライ、サラダとパンだ。伯爵家の時と違って品数は少ないが、一つ一つのメニューについて、皿に盛られている量が多いので、食卓は賑やかだ。


 いつも広い部屋の四角いテーブルで、ひりつくような空気の中でコース料理を食べていたマルティナにはすべてが反対で作法がわからなくて戸惑ったけど、慣れると気楽で楽しい時間となった。


 「ほら、マルティナぼーっとしてると食いそこねるぞ。魚のフライは絶品だからな。争奪戦だ。ほら、ちゃんと取っとかないと」

 右からイーサンがマルティナの取り皿に魚のフライを二つ乗せてくれる。

 「マルティナ、香辛料苦手だろ。今日のスープ食べられそう?」

 左からブラッドリーが尋ねる。


 「イーサン、ありがとう。ありがたくいただくね。ブラッドリーこのスープ前にも食べたし、食べられるよ。香辛料苦手なんだけど、この国の料理はけっこう大丈夫なの」

 左右から世話を焼かれて、まるでブラッドリーが二人いるみたいだ。みんながわいわいと雑談をする中で食べる。厳格なマナーもルールもない。そんな食卓だけど、食事がおいしいと思う。


 食べなれない異国の料理だけど、この雰囲気のおかげなのか、この国の料理がマルティナの舌にあうのか、食が進むようになった。

 

 家のことを切り盛りするブラッドリーの母をイーサンやお手伝いさん達と共にしばらく手伝っていたけど、不器用なりに料理や掃除、洗濯などを一通りこなせるようになると、仕事をしたいとブラッドリーに頼んだ。


 渋い顔をするブラッドリーを説得して、ブラッドリーが居る時だけという条件つきで、商会で事務や雑事を手伝うようになった。そちらの仕事は、家事よりは比較的すぐに馴染んで、スムーズにできるようになった。


 家事にしろ、仕事にしろ、ある程度の時間が来ると休憩をしたり切り上げるようにブラッドリーの母やブラッドリーから声がかかる。


 ただ、マルティナは今まで休憩をとる習慣がなかったので何をしたらいいのかわからない。

 好きなことをするといいと言われたので、開放的な造りの家や商会の建物の至るところに置いてあるベンチに座って、ぼーっと窓の外の景色を見て過ごした。

 

 この国は南国らしくいつも太陽が照り付けているけど、建物の中にいるとカラッとしていて、海風が通り意外と涼しい。大きく開いた窓から見える空の青も濃く、植物の緑も瑞々しい。場所にもよるけど、南国ならではの鮮やかな花が見えたり、マーカス家からは海が見えたりと、まるで絵画のような風景はいつまで見ていても見飽きることがない。


 「お疲れさま。マルティナ、体調は大丈夫? 気分転換にどこか出掛けたい時は言ってね」


 「うん、大丈夫。今は出かける気力がなくて。それにこうして見ているだけでも十分楽しいの」


 ブラッドリーが持ってきてくれた冷えた果物のジュースで喉を潤す。

 ブラッドリーは少し距離を置いて、座って、マルティナが話したいときは、マルティナがぽつぽつ話すのを聞いてくれて、黙っている時は、何も言わず、隣にいてくれた。


 マルティナは、静かにブラッドリーとこの国の景色を見る時間に自分が癒されていくのを感じていた。

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