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18 彼からの提案

 ほろ苦い思いの残るデビュタントが終わった後、最終試験も無事終わり、卒業の日が迫ってきて、学園も浮足立った雰囲気に包まれていた。


 今日の昼食は、ブラッドリーと二人きりだった。


 「マルティナ、俺が卒業した後、一緒に隣国に行かない?」

 まるで天気の話でもするように、ブラッドリーが話すので、一瞬マルティナは話の内容を理解できなかった。


 「学園は卒業できないで、中途退学になっちゃうけど、平民になってさ。家族と縁を切って、隣国に行こう。ほら、マルティナの優秀さは俺がよく知ってるし、一緒に働いたらきっと楽しいよ。エリックもいるし。風習はだいぶ違うけど、言葉は一緒だし」


 何気ない口調で話しているけど、その目は真剣で、表情も強張っている。まるでマルティナの返事を恐れるかのように。


 それに素直にうなずけたらどんなにいいだろう。

 家も家族も学園も全て捨て去って、ブラッドリーとともに隣国に行って、働いて、ずっと一緒にいられたらどんなに幸せだろう。


 マルティナは顔を横に振る。そうしたい。

 

 本当に家族を捨てられる?

 リリアン以外の家族のことなんてとっくに見切っている。未練はない。

 ただ、未成年で色々と手はかかるけど可愛いリリアンをあの家に置いていくことはできない。


 本当に貴族としての自分を捨てられる?

 貴族令嬢のように育てられはしなかったけど、デビュタントも済ませている。嫌だから辞めますと言っていいのか?

 貴族令嬢として生まれたのだから義務は果たさないといけないだろうか?

 伯爵家のため? 領民のため?

 貴族令嬢としての自分に責任は少し感じる。


 なにより、ブラッドリーが一番大切なの。家族よりも。自分よりも。

 今まで姉や色々なことからブラッドリーは言葉通りに守ってくれた。

 でも、マルティナを、他国の貴族令嬢を連れ出して、ブラッドリーが罰せられない保証はない。


 それが一番怖い。


 それに、まだ、マルティナはなんの実績もあげていない。

 せめて学園を自分の力でいい成績で卒業したい。

 できることなら自分の力で仕事を探して、家族と縁を切って生きていきたい。


 そんな自分になってから、この人の隣に立ちたい。


 「行けないな。でも、いつか旅行でいくかもしれないし。そうしたらブラッドリーの働く商会で買い物するよ」


 なるべく声が震えないように、何気ない風になるように、マルティナも答える。


 「そーだよなー……」

 きっと、ブラッドリーはマルティナの複雑な心の内側も全て見通しているんだと思う。


 豊かな黒髪と澄んだ黒い瞳、掘りが深くて凛々しい容貌。大柄で獅子みたいな人。

 いつも、マルティナの話を真剣に聞いてくれて、商人ならではの発想でアドバイスをくれる人。

 有言実行で、マルティナを一年間支えて足場になってくれた人。

 そんな素敵な人に、気持ちを傾けてもらえたんだって自分を誇って生きていこう。


 そして、いつかまた会えたら。

 そんな淡い希望を持って行こう。

 だって、状況を変えたかったら、行動するしかないんでしょう?

 上手くいくこともあるし、いかないこともあるけど、やってみるしかないんでしょう?


 「マルティナ、最後のお願いしていい?」

 「うん」

 「俺以外のヤツのお願いの内容を聞く前に返事したらだめだぞ? 卒業パーティーのエスコートしていい?」

 「うん。でも、私でいいの? だって、隣国行くの断ったし…」

 「さっきの話はもう忘れて。友人として。最後に楽しい時間を過ごしたいんだ。ダメかな?」

 「……ダメじゃない」

 

 エリックからもらった美容液を引っ張り出して、手入れをしよう。マルティナは心に誓った。

 せめて、ブラッドリーの記憶には少しでも可愛い自分で残りたい。


 それから、ブラッドリーの卒業までは、残りの日々を惜しむように二人の時間を過ごした。


 生徒会の仕事納めも早々に終わったので、昼休みはいつものマルティナの指定席の中庭のベンチで食べたし、授業後は図書館でマルティナの勉強をみてもらったり、時折、街のカフェでお茶をしたりした。


 ブラッドリーが何か言ったのか昼休みや授業後にエリックが顔を出すことはほとんどなくなった。それに対して、申し訳ない気持ちを抱きつつも、マルティナは少しでもブラッドリーとの二人の時間が増えるのがうれしかった。


◇◇


 「うーん、やっぱり赤かなぁ……こっちの青とか緑も似合ってるんだけど」

 ブラッドリーの商会のレンタルドレスのお店で、ブラッドリーがドレスをマルティナに合わせて真剣な顔をして、唸っている。


 マルティナが自分が主役ではない卒業パーティーのドレスについて、どうしようか悩んでいたら、ブラッドリーが用意すると言ってくれた。婚約者でもないのにドレスを贈るのは問題があるかもしれないと、レンタルドレスを用意すると言ってくれたので、マルティナはその言葉に甘えることにした。


 「私は赤が好きだから、この赤いドレスがいいな」

 赤が好きになったのは、ブラッドリーの贈ってくれたクマのぬいぐるみのリボンが赤だったからなんだけど。それに、凛々しいブラッドリーの黒には鮮やかな赤がよく似合う。


 「マルティナ、ちゃんと好きな色とか主張できるようになったな」

 ブラッドリーが子どもを褒めるような口調で言う。

 「おかげさまでね」

 ブラッドリーが見立ててくれた深い赤色のドレスを撫でながら、マルティナも軽く返す。


 気を抜くと本音が漏れてしまいそうで怖い。今が幸せで楽しくて、そんな日々の終わりが近づいてることを思うと辛い。


 はじめは告げなければいいと密かに胸にしまっておいたブラッドリーへの思いはいつの間にこんなに溢れそうなくらい大きくなってしまったんだろう。その思いに自分で見て見ぬふりをしている間に。


 「卒業パーティーでマルティナがこのドレス着てるの見るの楽しみだな」

 感慨深く言うブラッドリーに、マルティナは素直に喜べない。


 ブラッドリーの隣に着飾って立てるのはうれしいけど、その日が来なければいいのにとも思う。


 ブラッドリーと一緒にいて、自分の気持ちが上がったり下がったりする。そんな自分に振り回されながらもブラッドリーの卒業の日は着々と近づいていた。

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