15 末妹の突撃訪問 side エリック
ブラッドリーの従弟で親友のエリック視点です。
長期休暇が明けて、いつもの学園生活がはじまった。
新学期がはじまって、しばらくして、急にマルティナちゃんに会えなくなった。はじめは体調でも崩しているのかと思っていたが、一週間経っても、マルティナちゃんが姿を現さない。昼休みも授業後も、生徒会室に現れることがなくなった。
学年が違うので、さすがに隣国の平民である私達がマルティナちゃんのクラスまで会いに行くわけにはいかないけど、どうやら授業には出ているみたいだ。
「あんた、また、何かやったんじゃないの?」
「やってない……と思いたい。だって、最後に会った時は楽しそうで、笑顔だったのに……」
「学園には来ているけど、会えないってことは、マルティナちゃんが意図的に避けてるとしか思えないけど?」
「そうだけど……そうだけど……。どんな理由でも、会って直接聞きたいよ」
ブラッドリーは昼休みは、食堂や中庭を見てまわり、授業後もいたる所でマルティナちゃんを探していた。でも、どこにも姿が見えない。
生徒会室に顔を出すことはなくなったマルティナちゃんの代わりに、姉の方が時折、顔を出して、指示を出すようになった。その時に、私達に向けられた冷えた目線に、姉がらみであることを察した。
「くっそ。マルティナに事情を聞けなければ、動けないじゃないか……何があったんだ……」
ブラッドリーも日に日に憔悴していって、焦りも募るけど、隣国の平民である私達に打てる手はなかった。
◇◇
全然、解決策のない日々に焦れていた所に、突破口が意外なところからやってきた。
「大変ですぅ。おねーさまが大変なんですぅ」
ブラッドリーと商会の支店で打ち合わせをしていると、マルティナちゃんの妹が飛び込んできたのだ。一回しか会った事はないけど、美しいものや可愛いものに関する記憶力はいいのよ。
「え、子猫ちゃん、どうやって来たの? なんでここに?」
「そんなことより、おねーさまを助けてください!」
「マルティナがどうしたんだ?」
「マルティナ姉さまのくまちゃんの腕が取れちゃった日からマルティナ姉さまがおかしくなっちゃって……学園には行ってるけど、お家に帰ってきても部屋から出てこないし……ごはんもあんまり食べてないし……」
「マルティナは今、どこにいるんだ?」
「お家にいます! 今ならお母さまもアイリーン姉さまもいないから、とにかく会いにきてください!!」
意外と行動力のあるスコールズ伯爵家の末妹のリリアンちゃんは、マルティナちゃんを心配して、以前、会いにきたことのある私達を友達だと思って、頼って来たらしい。
以前マルティナちゃんのドレスを修理した商会へ連れて行ってほしいとスコールズ家の家令にお願いして、突撃したみたい。お店の打ち合わせスペースにたまたまアタシ達が居たからよかったわ。
しかし、十歳の子どもの言いなりの、家令や従者達って……ほんとスコールズ伯爵家ってどうなってるのかしらね?
今回は、それに助けられたけど。
伯爵家に着くと、リリアンちゃんは、私達に突撃してきた勢いのまま、マルティナちゃんのお部屋へと突き進んでいく。ブラッドリーの袖をつかんで。
「ねーさま、黒いくまのおにーさん連れてきました! 元気出してください!!」
そこには、ブラッドリーより酷い顔をしたマルティナちゃんが机に向かっていた。私達を見たマルティナちゃんの顔に喜びはなくて、ひどく驚いた後、くしゃりと顔をゆがめた。
「……ブラッドリー、エリックも……ここに来てはいけません。すぐに帰って下さい。もう、会えないんです。すみません。なにも知らないリリアンが強引に連れてきたんですよね…」
俯いてそれだけ言うと、そっと、扉を開き、退出を示す。
「帰らない。マルティナの口から事情を聞くまで俺は帰らない」
ブラッドリーの目は追い詰められた獣みたいにギラギラしていた。だから、必死なのはわかるけど、弱ってるマルティナちゃんにその目線は酷だから。
「お願い。ブラッドリー、お姉様に殺されちゃう……」
マルティナちゃんは崩れるように床にうずくまった。やっぱり元凶はあの姉なのね……
「大方、アタシ達にかまうと、実家の商会つぶすぞとか、命がないぞ、とか脅された系かしら?」
ブラッドリーの両手が一瞬マルティナちゃんを抱きしめようとして宙をさ迷ったあげく、拳を握りしめた後、マルティナちゃんの両手を取って、そっと立たせた。マルティナちゃんは、なんでわかったの?って顔してるけど、あなたの姉もあなたもわかりやすいのよ。
「ほら、今日は厄介な母親も姉も不在なんでしょ。ブラッドリーは言い出したら聞かないんだから、一応事情を話したらどう? アタシは隅っこで妹ちゃんとお茶でもしてるからおかまいなくー」
「うん、おねーさん? じゃなくて、おにーさん? リリアンとお茶しましょ!」
窓際の小さなティーテーブルで、リリアンちゃんはにこにこしながら、お茶を飲んで、少し離れたソファで話し合ってる二人を見ている。
「しっかし、けっこう過激派よねぇ、あなたの上のおねーさん」
「うん……アイリーン姉さまもお母さまもマルティナ姉さまをすぐいじめるの。嫌な事いっぱいするの。でも、リリアン何もできなくて…」
「そんなことないじゃない! 今日、勇気を出して私達の所に来てくれたおかげで、マルティナちゃんは大好きなブラッドリーに会うことができたんだから」
「そっかぁ……えへへ」
ブラッドリーがマルティナちゃんの誕生日にあげたクマのぬいぐるみは腕がむしり取られていた。引きちぎるなんて、淑女のすることと思えないわね……
いつも持ち歩いている針と糸で、クマのぬいぐるみの取れた腕を丁寧に直していく。ちくちく縫いながら、三人掛けのソファーで隣り合っている二人の会話に耳を澄ます。
「クマのぬいぐるみみたいに、ブラッドリーに何かあったらと思うとたまらないの……だから、もう私にかまわないで。お姉様は止められないわ。婚約者の家が本気になったら、どうなるかわからないし」
「ねぇ、マルティナ。エリックも俺も大丈夫だから。いくら隣国の平民だからって、この国の貴族が好き勝手にはできないから。だから、もう二度と一人に戻ろうとしないで……」
ブラッドリーからもらったクマのぬいぐるみをブラッドリーに見立てて、引きちぎるなんて、マルティナちゃんが一番ダメージを受けそうな方法を考えるなんて本当に性悪よね。きっとマルティナちゃん、自分が暴力を受けるよりつらかったんじゃないかしら?
マルティナちゃん、長期休暇明けにはあんなにキラキラつやつやだったのに、ずいぶんやつれちゃったわねぇ。唇もお肌もカサカサじゃなーい。せっかく最近、ブラッドリーがせっせとおいしいものを食べさせてるから肉付きよくなってきたのに、見る影もなく痩せている。
あの姉は、マルティナちゃんを無意識に下に見ていて、美しさを花開かせようとしていたことにも嫉妬したのね、きっと。ほんと、心根が腐ってるわぁ。綺麗なものは大好きだけど、あれだけ、内面が醜悪だとダメねー。
「でも、ブラッドリーにもしも、なにかあったら……」
「今まで俺が言う事聞いたことある? いつでも、俺はやりたいようにやるよ。約束しただろ? 卒業するまで、マルティナの傍にいるって。足場になるって。だから、今までみたいに、どうしたらいいか一緒に考えよう…」
あの姉が手強いことはわかってる。警戒されてしまった分これまでよりさらにやりにくいかもしれない。それでも、ブラッドリーが諦めないって決めちゃってるから、従弟、兼親友としては、つきあうしかないわねぇ。
「できたっと」
「わーくまちゃん、元通り!! よかったねぇ」
元通り腕が胴体に縫い付けられたクマのぬいぐるみを掲げると、それを見たリリアンちゃんがうれしそうに笑った。
厄介な事には関わらない主義だけど、アタシもけっこうこの姉妹、嫌いじゃないのよね。こうなったら、アタシも腹をくくるしかないわね。