12 変わらないようで、少し変化した日常
ブラッドリーに相談して、状況は整理されたし、やる事は明確になった。それでも、マルティナの日常は変わらない。
母は、相変わらず気まぐれに呼びつけて、愚痴を垂れ流すし、姉の勉強や生徒会のフォローはしなければならない。
そんな時は、昼食時や授業後にブラッドリーとした会話を思い出す。
『マルティナが今の状況が嫌なら、思いつくことを片っぱしから試してみるしかない。何個でも試してみて、上手くいくかもしれないし、失敗するかもしれない。それでも試行錯誤するしかない』
とにかく自分の置かれた状況を諦めずに、ちゃんと自分で考えよう。何が嫌で、どうしたいんだろう? マルティナは、今まで流されていた状況を一つずつ観察するようになった。そして、どうしたらいいか考える。一つずつ、ちょっとずつ自分の行動を変えてみた。
授業後は、毎日生徒会室へ行き、夕食前に帰るようにした。これまでは、仕事が終わるとすぐに帰っていたが、生徒会の仕事が終わっても、図書館に場所を移し、自分や姉の範囲の勉強をするようにした。そうすると、母の愚痴聞きのお茶につきあわなくてすむようになった。
「お姉様のお役に少しでも立ちたいので、生徒会のお仕事を手伝っているのです」と本当のことだが、姉を理由にすれば、うるさく言われることもなかった。
ただ、母の愚痴聞きの時間がなくなるわけではなくて、週に一回は学園が休みの日に母が管を巻くのにつきあわなければならなかった。いきなりなくしてしまって、爆発されてもたまらないので、それは断らずに付き合うようにしている。同じように愚痴を聞かされるのでも、時間の使い方にメリハリができたので、ストレスが減ったように思う。
姉は結婚式の準備が本格化してきて、マルティナが従順に生徒会の仕事や勉強のフォローをしているのもあって、文句を言ってくることはなくなった。
勉強はブラッドリーが見てくれるようになってから、格段に負担が減った。なるべくマルティナが姉につきっきりで見るのではなく、姉の苦手分野や暗記すべき範囲をあらかじめまとめておいたり、課題を補足を加えた書面で渡すようにして、一緒にいる時間を減らしていった。
生徒会でも、他の生徒会役員がやはり通常業務や自分の仕事をマルティナに押し付けようとしてきたが、上手くブラッドリーが間に入ってくれたので、押し付けられることはなかった。
妹のリリアンとは、クマのぬいぐるみほしい事件以来、心が少し通じ合った気がしている。もともとリリアンの心はオープンでマルティナの心が頑なに閉じていただけかもしれない。
最低限の勉強やマナーなどは相変わらずマルティナが見ているけど、それ以外の髪型や他のお世話は、自分のことに手一杯で、できないことを説明すると、素直に甘えていたことを反省してくれて、呼びつけられることは減った。
その代わり、時折、母の目を盗んで二人でお茶をして、とりとめもない話をする時間を持つようにした。
姉の言い出した、長期休暇前のガーデンパーティーは慣例になく、予想していた通り問題が山積みだった。
期日が近いので、日程と会場となる庭園を学園側と話し合って押さえると、すぐに学園の生徒に告知した。開催日が近いことと、日中のパーティー用のデイドレスを用意しなければならないこともあり、早めに告知しないと生徒達も困るからだ。
恒例となっている卒業パーティーなどは、事前にわかっているのでドレスの準備も心づもりしているが、急な話で、デイドレスを用意できない生徒の事を考慮して制服でも可とした。
また、野外で行うことで暑さ対策や、警備の問題などもあり、問題が尽きることはなかった。
姉は一度も会議に参加しなかったあげく、みな正装にしないと見栄えが悪いとか、姉の希望する茶器が使えない、お菓子を出せないなど、いちいち文句を言ってきたが、それもブラッドリーが数字を出したり、時には感情に訴えて、うまいこと姉や姉の言いなりになっている他の生徒会役員を言いくるめていた。
マルティナは、その様を見て、正面から文句を言うだけが戦いじゃないのだなと変なところで感心した。
ガーデンパーティー当日も細々とした問題はあったものの、天候にも恵まれ、盛況のうちに幕を閉じた。マルティナは裏で走り回ってくたくただったので、誰もマルティナが裏で働いていたなんて知らないけど、充実感に包まれた。
「なんとか無事、終わったな……マルティナも本当によくがんばったな」
「本当にブラッドリーのおかげだよ。ありがとう。きっと私一人だったら、どうにもならなかったと思うわ。それに何かを一生懸命やるっていいね」
「そうだな。マルティナは商会で働くのとかも向いてるかもな。こうやって企画して、準備に走り回って、開催する。似てるところあるよ。やりがいもある。マルティナと一緒なら楽しいだろうな……」
マルティナがふにゃりと笑うとブラッドリーははじけるような笑顔を見せた。ブラッドリーの笑顔を見るだけで、それまでの苦労が吹き飛ぶ気がした。
ブラッドリーはマルティナの話を聞いてくれるだけでなく、姉や他の生徒会役員との折衷もしてくれて、ドレスを着たいけど用意が間に合わない生徒向けにドレスの貸し出しを斡旋したり、当日の暑さ対策と予算削減のために自分の商会のもつ野外用の日除けや平民向けの氷菓子を作る装置を貸し出してくれたり、色々な面で力を貸してくれた。
姉や他の生徒会役員は、自分の商会の宣伝だろうとか、自分の商会の利益のためだろうと陰で言っていたが、今回のガーデンパーティー分はブラッドリーの商会にとって、利益が出るどころか赤字であったことをマルティナは知っている。
口先ばかりで、文句ばかり言ってなにもしない、なにもできない貴族なんかより、商人のブラッドリーの方がよっぽどかっこいいとマルティナは思った。
はじめは無神経で、強引で、なんて人だろうと思っていたのに、だんだんとブラッドリーに対する印象は変わっていって、それどころか、どんどん惹かれていく自分の気持ちを止められなかった。
ブラッドリーは卒業したら、隣国に帰ってしまうから……
マルティナは貴族令嬢で、父の命じられるままに結婚しないといけないから…
頭の奥ではわかっているのに。毎日隣に、凛々しいブラッドリーがいると胸が騒ぐ。優しい瞳でマルティナを見守ってくれるから。いつでもどんな話でも聞いてくれるから。困った時に、驚くような解決策を思いついて助けてくれるから。仕方ない。
今だけなら、この淡い思いを口に、態度に出さなければいいじゃない。
そう自分に言い聞かせて、自分の思いがどんどん膨らんでいくのを許していた。
ガーデンパーティーの後の試験の結果も上々だった。姉も無事、学年十位以内をキープしたし、マルティナもはじめて学年で十位以内に入った。それに関しても、母も姉も特に、関心を持つことはなかった。マルティナが喜びを分かち合えるのはブラッドリーだけだった。でも、それで十分だった。
いつもは、気持ちが陰る家庭内でのリリアンの誕生日のお祝いの日も心からおめでとうを言うことができた。




