10 幼馴染の本気 side エリック
ブラッドリーの従弟で親友のエリック視点です。
アタシ達は商売をする家の息子として、わりと小さい頃から情に流されてはいけない、ということを叩きこまれていた……ハズだったのに。
アタシもブラッドリーも弱い者、可哀そうな人をたくさん見てきて、それに安易に救いの手を差し伸べてはいけないことを知っていた。
可哀そう、そんな思いだけで、責任も持てないのに捨てられた子猫とか子犬を拾ってはいけないのと同じで。
アタシの家もブラッドリーの家も、色々と緩い家だったけど、そこだけは、徹底されていたと思う。それは商売をする上で自分を守るためでもあるし、従業員や関係者を守るためでもある。
それをブラッドリーはよくわかっていたはずでしょ?
はじめは本当に好奇心だったと思うのよ。
ブラッドリーは商人としての性なのか、好奇心は人一倍強いのよね。確かに初めて会ったマルティナちゃんは違和感バリバリだったわ。入学からずっと同じクラスで、生徒会でもかかわっているマルティナちゃんの姉への違和感もあったから、余計かしらね。
マルティナちゃんの姉は、基本的には公爵家嫡男である婚約者の横でにこにこしていて、生徒会では雑務も嫌な顔もせずこなすタイプだったんだけど、ブラッドリーはそこにある違和感を見逃さなかった。
同じクラスだったブラッドリーは、姉が発表した論文に感銘を受けたの。それはとある文学作品に関する論文だったんだけど、その考察にウチの国のけっこうマイナーで全然違う分野の作品と関連づけて書いてあったの。その作品を知っていること自体がいい目の付け所してるってかんじだった。
ブラッドリーがその論文のことで話しかけたら、本人ぽかーんとしてたのよね。
しかも横から姉の婚約者殿が
「隣国の平民が私の婚約者に話しかけるな。学園では建前上、平等を詠っているが、この国の身分制度を理解して尊重してくれ」
なーんて横から出てきて牽制してきて、こちらもぽかーんとするわよ。
それからよくよく姉を観察すると、授業中に教師に当てられると、けっこう口ごもることがある。でも、テストでは常に学年十位以内をキープしているし、提出物も綺麗な本人の筆跡。
まぁ、その謎は後にマルティナちゃんと関わることで解けるんだけどね。
で、マルティナちゃんの登場よね。
姉が連れて来たのが、似ても似つかない妹で、はじめは荷物持ちかと思ったら、ぼそぼそと交わされる会話を聞いていると妹を頼りにしている?
さらにはいきなり現れた姉の婚約者殿が「姉に頼るのも大概にしろ」と叱責して、風のように姉を攫っていくし、開いた口がふさがらなかったわよ。
ブラッドリーはその様を見て、俄然興味を惹かれて、案の定突っ込んでいく。だめだめ、捨てられた子猫が脳裏によぎる。かかわっちゃだめよ!
でも、ブラッドリーは一回拒絶されたくらいじゃ止まらない。
二回目の邂逅で、目の前でマルティナちゃんが倒れた時には血の気が引いたわよ。だって、マルティナちゃんは伯爵家のご令嬢で、アタシ達は隣国の平民よ?
ブラッドリーが救護室に運び込んで、学校医が診察すると、過労と睡眠不足で、深刻な持病があるとかブラッドリーが原因とかではなくて、ほっとする。
でも、学園に通う伯爵家の令嬢が過労と睡眠不足ってどういうこと?
アタシの脳内が疑問で埋めつくされる。そこでのブラッドリーのやりとりも下手くそすぎた。体調の悪い、いかにも問題のありそうな少女へのアプローチとしては全然だめだったわ。
それから、押しに弱いマルティナちゃんにつけこんでいくのは多少強引だったけど、本領発揮してたわね。
ただね、この子にかかわる利はなあに?って何度聞きたかったか。
まーアタシだって、同郷で従弟で親友ってだけで、なんでブラッドリーにつきあってるのかっていうと、おもしろいとか情とか……だから、つまりブラッドリーもマルティナちゃんになんらかの情が湧いちゃったんでしょうね。
マルティナちゃんへロックオンしたのは、あの時。
姉に尋ねた例の論文の件よ。
マルティナちゃんに「うちの国のアビントンの本って知ってる?」
昼休憩の時に何気なく尋ねていた。きっとずっと気になっていたのね。
「ん? 空間と時間の理論の人の? あーたまたま図書室で見つけて、読んだらおもしろくて、けっこう難しかったから全部は理解できてないけどね」
マルティナちゃんはアタシ達に、姉に勉強を教えたり、課題を代わりに作成したりしていることを暴露しているし、特に何も疑うことなく素直に答えた。
「で、あの論文につながった、と。どうりで姉はあの論文を覚えてもいないし、答えられないわけだ……」
ブラッドリーはその時に完全にロックオンしていたわ。
マルティナちゃんの何がブラッドリーの琴線に触れたのかわからない。
わからないけど、獅子が獲物を視界に捉えた、ブラッドリーはそんな目をしていたのよ。
マルティナちゃん、逃げて―、超逃げて―!!!
アタシのそんな心の声なんて聞こえるわけもなく、マルティナちゃんは順調にブラッドリーに餌付けされ、その強引さに振り回されながらも、影響されていったわ。
まぁでも、徐々に徐々にその情の色は変わっちゃったのね。
周りにはわからなかったし、本人に自覚があったかもわからない。
ブラッドリーは、それからありとあらゆる伝手を使って、マルティナちゃんに関することを調べていた。家族構成はもちろん、社交界での噂から、誕生日などの個人情報までね。
マルティナちゃんの誕生日を前に、宝石商がいいルビーが出たよって見せに来たの。その宝石商が用があったのは、アタシだったんだけどね。
たまたま同席していたブラッドリーはそのルビーを即買いした。
確かにね、その深い赤と透明度は見事なものよ。
きっと彼女の凛とした黒に映えるわよ
でも、学生が宝石買ってどうすんの?
恋人でも婚約者でもないのに!
もう、それってかなり本気じゃない?
でも、もちろん婚約者でもない伯爵令嬢にそんなものプレゼントできるわけがない。
代わりに、マルティナちゃんの誕生日にプレゼントしようとしてるそのクマーー
毛並みが黒い。黒いクマって、まぁ珍しくないけど、その店はオーダーメイドもできるのよ。
女の子の好きなピンクとか黄色とか青とか、毛並みと目と首のリボンの色を好きに選べるから、ほら、もっとかわいい色とか選べるでしょ?
それか、さりげなくマルティナちゃんの好きな色を聞きだすなんてお手の物でしょ。
なのに、オーダーしたのは、黒い毛並みに黒い瞳で、おまけにリボンは赤。
黒い髪に黒い瞳って、マルティナちゃんの色よね? 間違っても自分の色をプレゼントするわけじゃないわよね?
その赤ってあげられないルビーの代わり?
もう、その本気度が怖い!
ブラッドリー、あなたは隣の国の大きな商会の息子とはいえ、ただの平民。
実は商会の息子じゃなくて、お忍びできていた王族でした、とかって物語にありそうな身分だったらよかったのにね。
そうしたら、不遇な環境に身をおくマルティナちゃんを自分の国へさらっていけたのにね。
でも、そんなのは恋愛小説の中だけのお話よ。
わかってるわよね、ブラッドリー?
明日の昼食は二人きりにしてくれ、なんて言って、黒いクマが包まれた包み紙を愛おしそうに眺めるブラッドリーに、かける言葉がでてこなかった。




