その5-06
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「やっぱり。口数が少ないけど、それだけに、余計にあっちの方はDeadly だ。それこそ暗闇だな」
「さあねぇ」
「君には被害がないよな。俺だけ、どうして、いつも君のとばっちりを受けるのかな」
「いいじゃないの。クリスマスイブなんだから、ウジウジしないでよ。辛気臭くなるわ。次は、ラテンよね。デザートの前に体を動かさないと」
「ああ、そうですか」
完全に諦めたように、廉はアイラに構うことなし。
踊っていた一曲が終わって、アイラは気取って廉にお辞儀をしてみせた。
『Mum、次はラテンよ。Dad に相手してもらえば?』
『あら、そうなの? どうしようかしらね』
アイラは廉の手から離れて、次の曲を弾き始めたバンドの方に、軽やかに駆けていった。
ピアノの一人に話をつけているようで、その話を終えて、またアイラが廉の下に駆け寄ってきた。
「ラテンはできないけど、クイックステップならいけるって。クイックステップは?」
「はいはい、もう何でも好きなのを踊りなさい」
にこっと、アイラが笑って、後ろのバンドに軽く手を振っていく。
廉は仕方なさそうに自分のスーツの上着を手早く脱いで、それを半分に折って、ちょっと向こう側に放り投げるようにした。
「脱がなくてもいいじゃない」
「こんな暑いのを着ながらクイックステップは踊れないな」
「まあ、私はどっちでもいいけどね」
ジャン、ジャン――軽快な音楽が鳴り始め、アイラがスッと姿勢を正して廉に向き直った。
それで、廉がまたアイラの手を取っていく。
「派手に踊るの? それとも、ただステップするだけ?」
「なに、派手にしてくれるわけ? 死ぬ気ねぇ」
「それは、後で支払わせるからいいんだ」
「私は払わないわよ」
「俺はタダではやらないから」
バチバチと互いに一歩も引かず、譲歩という言葉が本当にかけ離れている二人である。
「暑いから、このままやめてもいいけど。そこまで命を捨てたいわけじゃないし」
「たかがダンスくらい、何だって言うのよ。シャキっとしなさいよ。いいじゃない」
「きちんと後で払ってもらわないとね」
「一応は、考えておくけど、約束はしないわよ」
「まあ、君のことだから、そう言うだろうとは思っていたけどね」
「だったら、無駄なんだから、取り引きする方が間違ってるわ。いいじゃない。クリスマスのプレゼント代わりよ。派手にやってね。振り回しても、全然、平気だから」
「ああ、そうですか」
淡々とそれだけを言っていた廉は、その口調とは打って変わって、手に取っているアイラを勢いよくスピンさせていた。
向こうの方で、やんや、やんやと、歓声が上がりだしていた。
「俺のプレゼントは?」
「この旅行でしょう? 贅沢ね。格安にしてあげたのに」
「それは、君の従姉がしてくれたことだ。アイラじゃない」
そこまできちんと指摘するので、べっ、とアイラが軽く廉に向かって舌を出していた。
「その態度はよくないな」
「カイリの前で抱きついてあげてもいいのよ」
「それは、遠慮しておく」
「即答じゃない。失礼ね」
「いらないものはいらない、と明確にしておかないと。自分の身は、まだまだ可愛いから」
「だったら、いいじゃない」
「でも、俺はタダでしないから。きちんと覚えておくんだな」
えぇ、とアイラの顔が不満げである。
だが、廉はそのアイラを無視して、くるくると連続で回転を繰り返す。後ろでは、かなりの声援が上がっている。
「うーん、いいかも。ダンスも久しぶり~」
「俺も久しぶりだ。まさか、こんな所にまで来て踊る羽目になるとは」
「いいじゃない。悪くないわよ」
「それは、どうも。褒め言葉として受け取っておくかな」
グッ――と、廉に押されてアイラが後ろに押し倒される。
廉の腕が腰を支えていて、バッと起こされた反動で、アイラの髪の毛が、ファサっと、肩や顔に降りかかってくる。
「ああ、髪の毛が邪魔」
「次で回してあげるから、それで戻るだろう」
「じゃあ、今して」
アイラのリクエスト通り、廉が素早くアイラを回転させていく。そのスピードに沿って、アイラの髪の毛も、ドレスの裾のように軽やかに空を舞っていって、その後に背中を反らされて、サラサラとアイラの髪の毛が肩から背中を落ちていった。
「タイミング上手いじゃない。これは、意外な特技よねぇ」
「それは、どうも。君もかなり踊り慣れてる動きだな」
「久しぶりよん」
「俺も久しぶりだ」
「悪くないわね」
「それは、どうも」
そこで音楽がピタッと止まり、廉に支えられてポーズを決めたアイラ達に、後ろから大きな拍手と歓声がかけられた。
はぁはぁ……と、互いに少し息が上がり始めていて、立ち直したアイラは、それでもかなりご機嫌のようだった。
「う~ん、いいかも。気分いいわぁ」
「それは良かったことで」
ほっ――と、少しネクタイを緩めるようにして、廉も一呼吸をつきなおしていた。
「良かったわよ。だから、仕方ないから、気分もいいし、お礼はしなくちゃね」
それで横を向いた廉の隣で、アイラが気軽に顔を寄せて、ちゅと、廉の頬にキスをした。
「まあ、これは悪くないけど、殺されるだろうな」
「クリスマスイブだから、大丈夫よ。それに、身内もいるから下手なことはできないわ」
「だったら、余計に暗闇だ」
「さあねぇ」
すっかりご機嫌なアイラは、全く後の責任を持たないようで、足並み軽やかにテーブルに戻っていく。
視界の端に見える、どんよりと淀んだ空気の一区間を、殊更、無視して、廉もアイラの後ろで、テーブルに戻っていったのだった。
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