その5-05
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「男なんだから、一曲くらい行ってきなさいよ。踊れなくても恥じゃないわよ」
「いや、あの――」
アイラとアイラの母親の二人に勝手に話を決められて、龍之介の抵抗空しく、龍之介はアイラの母親に引っ張られ、無理矢理、ダンス場に連れて行かれたのだった。
「あれは――無理じゃないかな」
その様子を見ていた廉が、多少の同情を見せて、そんなことを呟いた。
「たかがダンスの一つや二つ何だって言うのよ」
アイラの性格ならそれは問題もないだろうが、龍之介の性格なら――照れるどころか、緊張しまくりで、ダンスする前に、自分の足に引っ掛けて躓きそうな勢いである。
アイラの母親に指示されながら、龍之介は左右に動かされている――が、カチカチに固まって、とてもではないが、足の一歩とて動かせないようである。
「なんで、緊張してるのよ。だらしないわね」
「それは、初めてだろうし」
「運動神経いいんだから、問題ないのよ」
「まあ、それはそうだけど」
でも、龍之介の性格を考慮したら、かなりの大問題になるのだろう。
はあぁと、うんざりしたようにアイラがそこで溜め息をついていた。
それで、スッと、アイラが自分の左手を廉の顔の前で上げる。
「なに、踊ってくれるの?」
「ダンスは好きだから、いいのよ。それに、龍ちゃん一人だけにしたら、緊張しまくって、Mum の足を踏みつけそうだし」
「それは――」
廉はそこで、一応、否定をしかけたのだが、ほんのしばらく考えて、否定も肯定もしないことにしたようだった。
アイラの口元が微かに曲がり、皮肉げに廉を見返す。
「私の足、踏まないでよ。サンダルなんだから、つっ転んで足なんか引っ掛けないでね」
「はいはい、そうならないよう努力致しますので」
最後まで一言口うるさいアイラの手を取って、廉は椅子から立ち上がるようにした。
アイラも手を引かれながら、また椅子から立ち上がっていく。
「では、お嬢さん。一曲、相手してください」
気取った風に軽くお辞儀した廉は、ゆっくりとアイラの手を取って、ダンス広場にアイラを連れ出していった。
すぐ横で、龍之介が緊張したままかなり難しい顔をして、アイラの母親に手を取られながら足を動かしている。
その強張った形相のまま、地面を睨み付ける勢いで凝視している様子も、なんだか哀れになってくるというもの。
「龍ちゃん、そんなに下向いてちゃ、ダメじゃない。ちゃんと前見なさいよ」
「え?」
突然、声をかけられて顔をあげた龍之介の目の前にアイラと廉が来ていて、アイラの母親に動かされている龍之介は、ポカンと、その二人を見返してしまった。
「あれ? 廉とアイラ? どうしたんだ?」
「ダンスよ、ダンス。決まってるじゃない」
そう言って、軽く龍之介にウィンクしたアイラは、その顔を廉に戻していく。
それが合図のように、廉が持っていたアイラの手を少し上げさせ、そしてアイラの腰にゆっくりと手を回し、その一歩を前に進めていった。
「――うわぁ……すごい、廉……! すごぉ、やるなぁ……――」
アイラの母親に動かされているのか――揺られているのか――という龍之介と違って、廉がスムーズにアイラをリードしていって、そこを動くアイラのドレスの裾がヒラヒラと軽やかに舞っていた。
「あらぁ、ジョウズね。ワカイっていいわぁ」
それを見ていたアイラの母親も嬉しそうである。
「オニアイねぇ。いいわぁ。ワタシのワカイ時を、オモイダシチャウわ」
「ほんと……結構、お似合いだなぁ……。――知らなかった。いつもは、二人であんなにうるさいのにな――」
素直なままにそれをぼやく龍之介の一言を聞いて、アイラの母親が笑いを堪えたような顔をしていた。
「――なんだ、踊れるんじゃない」
「まあ、一応は」
「なんで?」
「一応、教わったから」
ふうん、と相槌を返すアイラは、ふと思いついて、それを口にする。
「もしかして、寮制の学院とかだったわけ?」
「そういう所も、何回かは行ったけど」
「道理でね。お金持ちのお坊ちゃんだったの?知らなかったわ。変な所で教育されてるのね」
「そんなことないよ。うちは普通の家だけど、転勤で動いていることが多いから、学校とかも寮制になることが多かっただけだ」
「そう言えば、レンの両親って何してるの?」
「外交官なんだ。それで、外回りが多くて」
へぇぇ、と珍しく感心しているアイラは、廉にリードされて、クルクルと軽やかに回転する。
それで、ドレスがヒラヒラと花が舞うように舞っていた。
「ねえ、だったら、タンゴとかラテンも踊れるの?」
「トライすればできないことはないだろうけど」
「だったら、次リクエストするのもいいわね」
「今は気分転換? 随分、大人しく俺とダンスするんだな」
「ダンスは好きだから、いいのよ。それに親戚と踊ってたら、早いのなんてリクエストできないじゃない。Pop だって、スローじゃないとダメよ。心臓が飛び出たらどうするのよ」
「確かにそうだけどね」
「そうよ。タンゴとラテン、どっちがいい?」
「踊れるの?」
「もっちろんよ。Mum が教えてくれたから。踊りの一つくらいできなくて、Irish の娘とは言えない、ってね」
「なるほど」
「ねえ、どっちよ」
「どっちでもいいけどね。君は、この危機感を感じていないのか? それとも、わざとにしているのかな」
「なにが?」
「君のお兄さんだよ」
「どっち?」
「カイリ」
「カイリの趣味よ。いいじゃない、ダンスくらい」
「そりゃあ、好きなダンスをできて喜んでいるのは君だけだろうけど、俺は暗闇にでも連れて行かれそうな気分だ」
「カイリはストレートだから、ぶん殴る、の方よね」
「それも否定はしないけど」
「だったら、いいじゃない」
ぶん殴られるのは廉一人だろうから、もちろん、アイラには全くの問題はないだろう。
「本当に怖いのは、そっちじゃないけど」
「どういう意味?」
廉はちょっとアイラを見返して、その視線だけを少し後ろに向けていた。
「なに?」
「本当に怖いのは、次のお兄さんの方だからね」
「まあ、間違ってないわね。以外に洞察が鋭いわね」
簡潔に、否定もなしに同意されて、廉はまたちょっとアイラを見返していく。
そして、諦めたような溜め息を漏らす。
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