その5-03
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『口も聞いてくれなくて、怒らせたままで、辛かったわ……。ムキになっちゃったけれど、食事くらい――そんな大袈裟なことじゃないじゃない……。――それで、誤った方がいいかもしれないって思い始めた時、源二が私の前にやってきて、そこで私を食事に誘ってくれたの。
『私と食事をしてください』って。礼儀正しくて、真面目で、源二らしく堅苦しく誘ってくれたの。『食事に行こう』とかカジュアルじゃなくて、きちんと、『食事をしてください』って誘ってくれて、嬉しかったわ……。それで、大慌てでブラウスを新着して――』
『どうして、私はそんなことを知らないのかな?』
『あら、女心を話すわけがないでしょう?女性が着飾っていく過程は、内緒なのよ』
『ああ、そうか』
いくつになっても、どこでも、女性と言うものはその態度が変わらないようで、なんだか、アイラの祖父が少しだけ笑いをこらえたような顔をして笑っていた。
『源二が誘ってくれた場所が、ホテルのレストランで、そんな高価なレストランで食事をするのは、私も初めてだったの。ワイングラスが揃っていて、銀色のフォークとナイフが輝いていてね。
チェルシーからやってきた町娘が、イギリスから遥か彼方のシンガポールで、そして、高級なホテルのレストランで食事をするなんて、一体、誰が想像できたかしらね。
源二はそこでも礼儀正しくて、とても紳士で、夢のようだったわ。それからも食事に誘ってくれて、源二のことをもっとたくさん知っていくようになって、恋に落ちたの。シンガポールにやってきて、今まで会ったこともなかった日本人に、恋したのよ。すごいでしょう?
それで、源二に、『結婚してくれって言ってくれないの?』て尋ねたの。いつも私が最初に聞いてるのよ』
それで、アイラの祖母がちょっとだけ拗ねたように、アイラの祖父を見返す。
それには言い訳もなく、アイラの祖父は困ったような顔をしているだけだ。
『源二はとても真面目な顔して、『君は若くて、とても美しい女性です。食事を共にすることができて、私もとても嬉しく思っています。ですが――君はまだ若い。私は26歳で、君はこれからもっと色々なものを見て、色々なことを経験していくのに、結婚――など早まった決断をすべきではないでしょう』って私に言うの。
六つの年の差なんか大したことはないって言ったけれど、源二は、私はアイリッシュの混血だけれどイギリス人で、日本人と結婚したら苦労するからやめた方がいい――って。それで、その週末には、源二と結婚したのよ』
アイラの祖母の話を聞きながら、その決断はやはり驚くものらしく、へえ、と多少の人間がその驚きをみせていた。
『家族を呼ぶ時間もなかったから、会社の友人とか上司だけを呼んで、シンガポールにあった協会で結婚式を挙げたの。それから源二と私の生活が始まって、今ではもう60年も一緒に過ごしてきたわ。イギリスに戻ったら、くだらない差別を受けて……。
今まで廻った場所では、多種多様な人種が集まって、仕事をしていて、皆が仲良くて。それなのに、故郷に帰ったらくだらない差別意識があって――私は若いあまりに飛び出したけれど、でも、源二はそういうこと全て知っていたのね。だから結婚できない、って忠告してくれたんだわ……。
――でも、私は源二と一緒になって後悔したことはなかったのよ。いつも二人で色々なことを乗り越えてきたわ。くだらない差別に辟易して、子供達が小さな時は、私の方からアジアに戻りましょうって、ほとんどアジア圏内の移動にしてもらったの』
その話を聞きながら、龍之介は一人でかなり納得してたのだった。
龍之介の概念から言って、大抵、混血と聞けば、母親が日本人を想像してしまう。
それで、父親が外国人だ、と。
だから、アイラの祖父が日本人でそれで混血だ、と聞いた時はかなりの驚きだったのだ。
日本人男性が外国に行って、外国の女性と結婚する――のはかなり稀ではないのだろうか。
龍之介の祖父の年代だったら、男性本意、男社会がまさに王道を行っているような時代ではないだろうか。
そんな時代に育った男性が、日本人以外の女性と結婚するというのは、とても信じられないことだった。
『源二の生まれた日本にも行ったわ。源二の両親や親戚は、私を見て驚いていたけれど、文句を言う暇もなかったから仕方がないわね。先に結婚してしまったから』
なんだか随分、楽観的なものの見方は、アイラの一族の特有のものなのだろうか。
そんなことが、ふと、頭によぎっていた龍之介の隣で、その龍之介をちらっと見やった廉が、なにか半分笑っているような顔をしていた。
龍之介の考えを読んで、きっと、簡単に納得していたのだろう。
『仕事の移動が多かったせいか、健也が生まれてからも、源二は、『移動するから、たくさんの子供は無理だろう』ってあまり賛成ではなかったわ。でも、見て? ちゃんと5人の子供達ができて、たくさん移動もしたけれど、何とかやってこれたじゃない。今では孫もひ孫もできて、源二なんか、孫が遠くにい過ぎるから会える機会がない、って文句を言ってるくらいなのよ」
あはは、と会場からおかしそうな笑いが上がる。
『君がね、私が反対してもいつもやり通して、強くて、明るくて、私を引っ張ってくれた。だから、たくさんの子供達ができて、孫ができて、ひ孫もできて。私はとても感謝しているよ』
アイラの祖母が隣の夫を見返しながら、とても嬉しそうな微笑みを浮かべていく。
『源二は私に世界を見せてくれたわ。色々な所を回って、私の知らなかった場所をたくさん見せてくれた。私は源二に家族をあげることができて、源二がくれた幸せの分と同じ分だけ、私も源二に幸せを返すことができたのかしら? この60年間一緒に過ごした時間は長かったようで、アッと言う間だったわ。私は一度も後悔したことはなかったの。源二に会えたから』
『ありがとう』
アイラの祖父がまだ手を握り締めながら、アイラの祖母の頬にゆっくりとキスをした。
会場から拍手が上がって、龍之介の前のアイラの伯母はハンカチを取り出して、目頭に当てていた。その横で、その伯母の夫が妻の手を取って、そっとその甲にキスを落とす。
その光景に圧倒されたのか――感動していたのか、ここのテーブルだけじゃなく、向こうでも同じような光景が龍之介の目に入っていた。
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