その5-02
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『さっ、みんな、グラスを取ってね。――今年は、みんなが揃って、盛大なクリスマスをお祝いできるわね。思いっきりエンジョイしましょう。――メリークリスマスっ!』
『『メリークリスマス!』』
「ほらっ、龍ちゃん、メリークリスマスよっ」
乗り気なアイラに押されて、龍之介も、チンっ、とアイラとグラスを合わせていた。
「ほらっ、廉も」
そして、廉にまで腕を伸ばすアイラだ。
『次は、今回のパーティーの主役、Nana の80歳の誕生日をお祝いするわね』
乾杯を終えたばかりだが、美花が隣りで椅子に座っている祖母に向かって、ゆっくりとグラスを上げた。
『Nana、おくらばせながら、Nana の80歳の誕生日おめでとうっ! 今までの一年も、これからの一年も、Nana にとって素晴らしい年でありますように。――ハッピーバースデー、Nana!』
そして、全員からも、一斉に掛け声があがる。
『まあま。ありがとう、みんな。こんな素敵なプレゼントをもらって、とても嬉しいわ。そして、こんな風に、みんなでお祝いをできるなんて、本当に、なんて素晴らしいのかしらね? なんだか、アッという間に、80の年月が過ぎて行ってしまったけれど、今年は――私達にとっても、とても特別な年なのよ』
そう話しながら、アイラの祖母が隣りに座っている祖父に、その瞳を向ける。
アイラの祖父もアイラの祖母を見返し、その優しい瞳が緩められていく。
アイラの祖父の手が、そっと、アイラの祖母の手を握っていた。
『今年は、私達の結婚60年の記念の年でもあるのよ。もう――そんな月日が経ってしまったんだから……。――本当に、長い月日だったのか、アッという間だったわね。私は――60年前に源二に出会って、そして、その時から、私達の歴史が始まったのよ』
その話を聞いて、龍之介も驚いていたのだろうか。
80歳の誕生日を祝うので、親族揃って、マレーシア旅行をプレゼントしたアイラ達もすごいなぁ――程度の感心と、驚きしかなかったが、今年のプレゼントは、二人の60周年記念も含まれていたのだろう。
だから、これだけの親族が揃っているのだ。
『私はね、普通の家に生まれた、普通の娘だったわ。でも、町で働いていても、どこか違う国に行きたいわっ! ――って、そんな夢があって。それで、世界を見たくて、有り金かき集めて飛び立った時は、本当に胸がドキドキしていたわ。若さからできる無謀ね。でも、期待を膨らませて世界を見たい――って、何でもいいから外国の仕事よ、って本当に仕事が見つかった時は夢のようだったのよ』
アイラの祖母が思い出を話しながら、横にいるアイラの祖父を見返し、微笑んで行く。そして、アイラの祖父も微笑みを返し、妻の手をゆっくりと握り締めていた。
『シンガポール――なんて、もちろん行ったこともないし、アジアなんて、西欧系の人間以外見たことがない私が、初めての外国の行き先がシンガポールで、言葉もわからないし、文化も知らないし、無謀ではあったけれど、なんとかシンガポールにやって来たの。最初はバックパッカーズに泊まったけれど、それでも言葉が判らなくて、初出勤の日まで泣きそうだったのよ。もうやめれば良かった――ってね。だから、初出勤の日が天の思し召しだったわ』
自分でもその時を思い出しておかしそうに笑っているアイラの祖母に、会場でも笑いが漏れていた。
『そこで、源二に会ったのよ。源二は私のボスではなかったけれど、同じ階にいて、そこの階の上司は私も源二も一緒だったの。初めて日本人にも会って、周囲はイギリス人も多かったけれど、シンガポール人がいて、皆がそれぞれに仕事をしていて、その光景を見て、本当に感動してしまったわ。
階のみんなも親切で、そこで新しい友人もできて、アパートも決まって、お給料ももらって、本当に毎日がバラ色だったのね。階のみんなとも仲良くなって、一緒にご飯を食べに出かけたりしたわ。そこで、たまに源二も来ていて。源二はね、出会った時から、本当に礼儀正しい人だったわ。日本人はそうなんだ、って同じ階の女の子が教えてくれたけれど、いつも礼儀正しくて、階の女の子にも親切で、とても真面目な人だったの』
アイラの祖父がとても優しい微笑みを浮かべながら、アイラの祖母の話を聞いて、そして、また握り締めている手をしっかりと握っている。
龍之介はアイラの祖母の話もとても興味があったのだが、その二人の光景を見やりながら、随分、胸が温かくなる、それでいて、とても自然な仕種に、知らず感動していた。
日本人育ちの龍之介であるから、そういった触れ合った愛情というのはあまり公の場で目にした事がない。
龍之介の両親だって、そんな愛情表現を見せたことがないし、龍之介の知らないところでそんな素振りがあったとしても、やはり知らないものだった。
「……アイラのおばさんと、おじいさんって、いいな……」
「そうね」
龍之介が突然口にしたことだったが、アイラはその訳も問わず、ただ簡単に同意した。
向こうで、アイラの祖母の話が続いている。
『――それで、半年もした頃だったかしらね。シンガポールに住むことにも大分慣れて、仕事も慣れて、落ち着いてきた頃だっと思うわ。昔は私もね、自慢するわけじゃないけど、かなりいい女だったと思うのよ』
そこで、会場のアイラの従兄弟達から、
『今もいい女だぜ』
と声をかけられて、アイラの祖母が、うふふ、とおかしそうに笑っていた。
『まあ、身内の偏見があるでしょうけれど――それでも、私の若い頃は、私もそれなり、だったと思うのよね。階にいる同僚も、冗談でも食事に誘ってくれたりしたのよ。でも――ここにいる源二は、一度だって私を誘ってはくれないし、全員が揃う食事会とか以外は、いつも礼儀正しく挨拶するだけで、全然、私のことなんか眼中になかったみたいなの。
なんだかそれも悔しいし、礼儀正しいだけだから――今だから告白するけれど、実は、どんな人なのかしら――なんてちょっと考えていたのに、全くその気がなかったから、私だって女としてちょっと落ち込んでしまったくらいだったのよ。それで、源二に、『どうして私を食事に誘ってくれないんだ』って、文句を言ってしまったのよ』
『そうじゃなくて――私を食事に誘えない理由があるなら言ってみろ――だったと思うのだが』
アイラの祖父が、こそっと、そこで付け足している。それで、会場にまた笑いがこぼれていた。
『それも、本人の観点の問題でしょうけれど、そうやって文句を言ったら、源二はとても驚いてね。それで私を凝視したまま、『――君は若過ぎる』って言ったのよ。まさかそんな返事が返ってくるなんて思いもしなかったもので、私は20歳でお酒も飲める年で、仕事もしているし、食事に行くくらいで若すぎることはない――って言い返しちゃったのよ。
それで、日本男児は潔いって聞くけど、私をデートにも誘えないの――って言い返してね。源二は、むぅって、その場で黙り込んでしまって、その後は何も言わずに去っていってしまったわ。怒らせたのは判っていたけれど……――それでもね、女心にデートにも誘ってくれなくて、悲しかったわ』
なんだか、会場の女性陣全員から全く異議なしの同意が出ていた。男性陣はそれを見いないように、ちょっと横を向いて顔をしかめている。
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