その8-04
「――表彰並みだ」
「そっちもね。中々、やるじゃない」
「それは、どうも」
無表情に変わったアイラが淡々と口を開き、廉も淡々と少しだけ走り去って行った向こうの方を眺めている。
「虫唾が走るわ、あの男。欲求不満が溜まり過ぎね。ああ、気色悪いったらっ」
忌々しげに手に持っている袋を自分のブレザーの内ポケットに入れるようにして、アイラは行き場のないその鬱憤に、腹立たしげにあっちを睨み返す。
「今日から彼氏だ」
「その方が取り引きしやすいのよ。次の分までまだ時間があるから。――よく判ったのね」
「なんとなく、ね」
「龍ちゃんは?」
「食堂だよ。大曽根と井柳院が席を取ってるはずだから。迎えに来た途中だったんだ。――丁度いい時だったみたいだな」
「そうね」
それで廉がアイラに向き直った。
「それは認めるんだ」
「その為に取り引きを早まらせたのよ」
「じゃあ、迎えに来る途中だった?」
「そうね」
「なるほど。――こんなに頻繁だとは、思いもよらなかったな」
「かなり、使い込んでるのがいるんじゃない? 超進学校で、受験も間近だかもの、ストレスも溜まっているでしょうよ」
「そうかもしれないな」
行こう、と廉が促して、二人は静かに歩き出した。
「それ――どうするの?」
「知り合いに渡すだけよ。そっちが警察と知り合いだから」
「中身の結果はどうするんだ?」
「知りたいなら、そう伝えておくわ」
「たぶん、大曽根が知りたいだろうから」
「取り引き分は後で返すわ」
「返ってくるんだ」
「一応はね。私の仕事に首を突っ込んでくる方が間違ってるけど、取り引き分は別よ。払わせるから、いいのよ」
「あの誘いは乗らない方がいい」
「乗る気もないけど、どうかしらね。状況次第だわ」
「今日から彼氏なのに、彼氏の言うことも聞かないんだ」
「彼氏らしく振る舞うのね」
廉は歩きながら横を向いて、隣で澄ましているアイラを見やる。
「彼女らしく振る舞わないの?」
「私はいいのよ」
「どうして?全然、彼女に見えないだろ」
「十分に見えるじゃない。こんな可愛い彼女をもらえて、幸運に思うべきよね。尻に敷かれるタイプになってるから、それでいいのよ」
廉は無言でまた前を向き直り、
「だったら、デートはないの?」
「ないわよ」
「どうして?」
「デートする気がないから」
「そう簡単にすっぱりと断られたのは初めてだな」
「女には、困ってなさそうな感じよね。遊び慣れしてるわ」
「してないけどね」
「してるわ。だから、そういう男とは付き合わないの。チョロチョロするし」
「君は俺のことを全く知らないのに、随分、俺の性格を決め付けてるんだな」
「そうかしら?」
「そうだよ」
アイラはその瞳をいたずらっぽく輝かせて、スッと廉の腕を組むようにした。
「レンちゃん、お腹空いたぁ。金欠なの、今日ぉ」
これには、さすがの廉も、しらーっとその冷めた目をアイラに向けずにはいられなかった。
「本当に表彰ものだな」
「トロフィーじゃなくて、お昼ご飯ね」
よろしく、と妖しげに微笑えで、アイラは廉の腕にぶらさがったままだった。
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