その1-03
* * *
「あら、どうしたの?」
もう、そろそろ朝礼が終わる頃だろうと時間を見計らっていた男子生徒の前に保健医が戻って来た。
全校生徒が集合する朝礼で、全教員も参加しているであろう事実から、女生徒を運んできた男子生徒は勝手に保健室に入っていた。
やはり、誰もいなくて、それで、衝立の後ろのベッドに勝手に女生徒を寝かせて行った。
運んでいる間も、寝かせている間も、全く起きる様子がなくて、つん、と確かめるように男子生徒が顔に触れても、そこに寝かせた女生徒は気を失ったままだった。
どうやら、気を失ってから、そのまま眠りに入ったようでもある。
「ええ、まあ――貧血の女生徒を運んできまして」
「貧血? ――どこ?」
きょろっと、保健医がその場を見渡すが、話題の相手は見当たらない。
「ベッドに寝かせてあります」
「あら、そうなの?」
それで、保健医が白い布が掛かっている敷居を抜けて、スタスタと向こうに歩いて行った。
一応、男子生徒もその保健医の後をついて行く。
「この生徒?」
「ええ、そうです」
「寝てるんじゃない?」
「そう見えますね」
そうね、と言いながら、一応、保健医もシーツの下の腕を取り上げて脈を計ってみるようだった。
「いつから、ここにいるの?」
「朝礼が終わる少し前です」
「そう。――なんだか、起きそうにもないから、もう帰っていいわよ。次の授業が始まるでしょう?」
「そうですね」
「後は、わたしが見てるしね。もう、帰っていいわよ。ご苦労さん」
年のいった保健医に促されて、役目終了となった男子生徒は、失礼します、と言い残して、その保健室を後にした。
ゆっくりと教室に戻りだす男子生徒の周囲にも、朝礼を終えて戻って来た生徒達が忙しく前後を歩いていた。
それに混じって長い廊下を抜けて行き、自分の教室に戻り出す。3学年の教室は全て一階に設けられているので、移動もさほど面倒なものではない。
同じ流れの一同が教室の前でクラスに戻って行ったり、前の列が次のクラスに戻って行ったりと、男子生徒が自分のクラスに戻ってきた時には、ほぼ全員が戻って来ていたようで、すでに机に座り次の授業の用意をしたり、10分休憩の間にトイレに行ったりと、まだざわついているままだった。
「廉、どこに行ってたんだ?」
自分の席に戻りかけて、すぐ二席前の一人が廉と呼ばれる男子生徒の前にやってきた。
くりくりとした瞳が印象的で、小柄ではあるが活発そうな面立ちが明るくて、いつも表情がころころと変わる少年である。
その名を、菊川龍之介、と言う。
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