その12-04
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『だったら、あなたがするしかないわね』
アイラが何を企んでいるのっかは分からなかったが、その場の雰囲気で、ヴィクター・スボルスキーだって、何か良からぬ方向に話が進みそうな気配を悟っていた。
『いや、私は遠慮するよ』
『でも、護送役はあなたじゃない』
あまりに胡散臭いアイラの微笑が止まず、アイラは廉が持っていたリュックサックの中から――なにか、空になったプラスチックのボトルを取り出したのだ。
2L用の大きなジュースのプラスチックのボトルで、それを目で追っていたヴィクター・スボルスキーも、最初は、アイラの示唆する意味を理解していなかった。
すぐに、その瞳が跳ね上がり、何とも言えないような、そんな表情が顔に浮かぶ。
『――さすがに、それは遠慮しておくよ』
『いちいち、車から出さなくて済むじゃない』
『そんなものをぶら下げて、どうやって、車まで歩かせるんだい?』
うふと、アイラの妖しげな微笑がさらに深まっていく。
『もちろん、お姫様抱っこでしょう? こんなものぶら下げて、歩けるわけないものねえ』
その提案は、さすがにヴィクター・スボルスキーも予想していなかったらしく、信じられないことを提案されて、その手をきつく額に押し当てている。
うふふと、アイラの冷たいほどの微笑が深まって行く。
『出頭するのだって、素っ裸よ。武器を所有していない、って証明できて、一番、楽な方法じゃない』
『まあ、確かに、そうだがね……』
なんだか、諦めたように、ヴィクター・スボルスキーが長い溜息を吐き出していた。
『その提案は――まあ、車の中ででもさせることにしよう。外までは歩かせないとね。こんな汚いモノなど、運びたくもないよ』
そして、アイラもヴィクター・スボルスキーも、揃って、にこやかなまま容赦ない冷たい言葉が飛ぶ。
『君のような美人なら、いつでも大歓迎なんだが』
『あら? 私は高くつくわよ』
『そうだろうね。では、この女はどうする?』
『ここに残していくわよ、もちろん。動けなくて、喚き散らす客がうるさいって苦情が上がって来て、モーテルの管理人が確かめに来るでしょ』
と言うことは、動けなくする為に、この気絶している女を、たぶん、ベッドに縛り付けて行く気なのだろう。
見知りもしない女であろうと、この中年男に関わりがあるので、アイラだってそこら辺は絶対に容赦しない。
許してやる気だってない。
ヴィクター・スボルスキーは、シーツを頭から被せた男を半ば引きずり出すように部屋から連れ出している間、気絶させた女は――ものすごい嫌々に、廉がベッドに乗せていた。
それで、ご機嫌なアイラと言えば、買ってきたハサミでシーツをジョキジョキと切り刻み、それで新たな縄を作って行く。
しっかりと女の両手両足を縛り付け、ベッドの下の足に括り付け、これで、逃げ出すことなど不可能だ。
『アイラ……、そこまでする気なのか……?』
すでに、ゲッソリとしている簾は――薄汚い女の裸など見たくはない。
『当然じゃない』
乗り気のアイラに口を挟むべきではないなと、あまりに理解し過ぎている廉は、もう、口を挟む気力もなし。
たかが、1億程度のお金で、一生、贅沢な暮らしを続けられるはずもない。
ベッドの近くに散らばっている女の洋服やバッグを見ても、どれも高級ブランド品ばかりである。
年齢はアイラと同年代ほどの、まだ、20代前半の若い女だ。
あんな腹の出た中年男に愛想を振りまいて、可愛くしているのは、男にお金があるからと知っているだけの行為。
お金が切れれば、この女だってさっさと男を見限って、見捨てていたことだろう。
だが、盗んだお金で贅沢を満喫したであろう女だって、無実ではない。
目を覚まして、自分がベッドに括り付けられている現状を知ったら、驚いて、大声で喚き散らすことだろう。
その騒ぎを聞きつけて、確認にやって来るモーテルの管理者だって、素っ裸の女がベッドに括り付けられている状況を見て、度肝を抜かすかもしれない。
ドアのチェーンが壊されていることから、強盗か、それとも、怨恨の犯罪か?
それで、すぐさま警察を呼ぶか、それとも、女を救出してから警察を呼ぶのか。
どちらにしても、女の所持品も、着ていた洋服も、アイラによって、バスルームでべったりと濡れたまま放ったらかしになっている。
洋服もなく、素っ裸で逃亡を図ることなどできないだろう。
裸で冬空を歩いても、凍死してしまう可能性だってある。
運よく、通りすがりのトラックの運転手にでも拾ってもらえればラッキーだろうが、警察だって、そこまで甘くはない。
事情聴取程度には、女の痕跡くらいは追うだろう。
なにしろ、家屋破損罪、宿泊料を踏み倒した罪が出て来るだろうから。
女の方はギャングの存在に気付いているようだったから、下手に逃げ出しても、自身から進んで助けを呼ぶことだってできない。
自分の居場所を宣伝してしまう自殺行為だから。
結局は、行き詰まりで、行き止まりだ。
チェックメイト。
『長居は無用だろう。君達も、この場を去った方がいい』
『そうね』
『支払いは、どうしたい?』
『現金で』
『そうか』
かなりの金額のはずなのに、現金を要求するアイラに驚いた様子もなく、ヴィクター・スボルスキーはあっさりとしたものだ。
『寛大ねえ』
『楽しい余興も見せてもらったからね』
それで、モーテルを後にし、ヴィクター・スボルスキーの車の横で、今回の支払いを現金でもらったアイラは、廉と共に、颯爽とその場をバイクで走り去っていたのだった。
『面白いね、アイラ・シバザキ。ヤスキには、一応、お礼を言っておこうかな』
少しだけご機嫌なヴィクター・スボルスキーの独り言は、誰の耳にも留まらず、その場で消えていた。
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