その11-03
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『まあ、見てろよ。俺のマスターに教わったら、次はお前で相手してやる。――さあ、師匠。俺にその技を教えてください』
何の真似かは知らないが、ジョーダンが両手を合わせて、ペコッと、お辞儀をしてみせるので、龍之介の方もちょっと笑いを堪えたように、その頬が少しだけ盛り上がっていた。
日が暮れても、かなり遅くまで、ジョーダンは龍之介の手習いを受けていて、突然やりすぎは体に悪いからと、龍之介が稽古を締めくくり、その夜の余興は、そこに集まってきていた全員の、かなりのご満悦もので終わったのだった。
『おい』
セスの家に入りかけた廉が呼び止められて、廉は少し後ろを振り返った。
『あんた、去年も、アイラと一緒に遊びに来てたよな』
『そうですね』
セスは廉の前にやってきながら、自分を淡々と見ている廉を眺めていた。
どう見ても、あの龍之介と同い年には見えないその風格――というか態度が、謎の男だった。
『その前も、アイラのトコに遊びに行ってた、って聞いたが?』
『そうですね』
『いっつも、3人で?』
『その時々ですが』
セスはその淡々とした返答に、ちょっと口を曲げていた。
質問されたこと以外の返事はなく、全く自分の情報を明かさない男など――どう見ても、胡散臭く、隙のない男にしか、セスには見えなかった。
ケードとのやり取りを見ても、簡単に丸め込まれるような――タマでもなさそうで、それで、益々、セスは、色々な意味で、廉に興味を持ち出していた。
『アイラは、何をしてる?』
『それは、アイラに聞くべきでしょう』
『でも、アイラが何をしてるか承知して、あんたもアイラにくっついてるみたいじゃないか』
『まあ、知っていますね。一緒に旅行しているので』
『あの僕は?』
『さあ』
『アイラの体重は、今、何キロだ?』
思っても見ない質問をされて、一瞬、廉の眉間が寄せられた。
それで、その質問の返答をしない廉に、セスが同じ質問を繰り返す。
『アイラは、今、何キロだ?』
『――それも、彼女に聞くべきでしょう』
『アイラに聞いたら、俺の方がぶん殴られるだろうが』
『だったら、なぜ、俺に聞くんですか?』
『あんたとアイラは、どうも、な。あのリュウチャンとは違った仲で、それでも友達で。俺の気のせいじゃなくて、どうも、あんたを見てると、隙がない男で、そんな奴だから、余計に、些細なことも見逃しそうでもなくて』
『はあ、それはどうも』
否定するでもなし、肯定するでもなし、ただ、淡々と相槌を返す廉に、セスはちょっと口を歪めてみせて、
『アイラの体重は、今、何キロなんだ』
『知りません』
その答えが明確になっていた。
『あの――痩せ癖は、治ったのか?』
廉はそれには答えなかったが、セスも全く諦める様子がないので、廉はそこで少し溜め息をついていた。
『アイラから、去年の旅行の後に、また、アイラの身内の結婚式の移動だったと聞いています。だから、この旅行に来る為に、アイラは無理をしているでしょうね』
『それで、無理してるって、何だ?』
『だから、その質問をしてきたのでしょう?』
簡単に質問を質問で返されて、セスは顔をしかめながら、仕方なく頷いていた。
『なんで、旅行することにしたんだ?』
『龍ちゃんも来るし、旅行が好きだから』
まあ、それは、簡潔で明快な返答である。
『一つ聞いていいか?』
『何ですか?』
『アイラのトコに遊びに行って、アイラの――生活は、どうなんだ? あいつ、生活に困っているのか?』
『別に、普通の学生の生活に見えましたが。ただ、アイラは――無理をする傾向があって』
ふうんと、今聞いた情報を頭の中に入れていくセスは、廉を通り過ぎて、入り口のドアに手を伸ばした。
『アイラの叔母さんが、イーメール以外、ほとんど連絡は取れない――って、話してたけどな』
『それは、あるかもしれませんね』
『どうやって、アイラに連絡するんだ?』
『今の所、イーメールだけでしょう。アイラは、毎日、チェックしてますけど』
『電話で声が聞こえないと寂しいのは、友人だけじゃないだろうが』
『まあ、そうですね』
『ここから電話しないのは、なんでだ?』
『ここに来るのは、予定外なので。あなたのお兄さんが龍ちゃんを言いくるめて、アイラを強制的に連れて来たことだし』
皮肉を言われて、セスは口を歪めるが、
『ケードは、お前がアイラを気絶させた、って言ってたぜ。反対してるようには、見えないがな』
『俺達が、とてもお世話になっています』
飄々として、そんなことを抜け抜けと言ってセスを交わす廉に、セスは苦笑をみせていた。
『あんた、本当に、あのリュウチャンとは正反対だな』
『そうですね』
全く気にした様子もなく、あっさりとそれを認める廉に、セスもお手上げである。
『キャサリンは、アイラがよく食うんで、作り外があるって、たくさん作ってるが、どうせ、アイラのことだ。俺の目の届かないトコで、何かしでかすんだろ?』
『さあ』
淡々とした廉の返答を無視して、セスは続けていく。
『お前の腕はどうか知らないが、今の所、お前はアイラのお目付け役のようだから、しっかりアイラを見張るんだな』
それを廉に言いつけたセスは、自分のジーンズのポケットから財布を取り出して、いきなり100ドル札を何枚か、廉の胸に押し付けてきた。
『アイラのメシ代だ』
廉は自分の胸に押し付けられているお金に目を落とし、
『それはいりませんが。俺達も、世話になっているので』
『俺が心配してるんだ。しっかり、食べさせろよ』
まだ受け取らない廉に、ほれ、とセスがまた、無理矢理、押し付けるようにするので、廉も仕方なくその札を手に取った。
『アイラをしっかり見張るんだな。傷でも残してみろ。お前も、タダじゃ済まないからな』
これは脅しではなく、本音なのだろう。
それだけを端的に言いつけて、セスは、さっさと家の中に入っていってしまう。
その後ろ姿を見送って、廉は、手にある札にも目を落としていた。
カイリ達のような敵意満々の嫌がらせや皮肉とは違い、セスの言いつけは、ダイレクトで、廉に敵意を出しているようでもなかった。
廉の器量を判断しかねているようだったが、それでも、即座に、この状況を判断して、アイラにとって不利益にならないように、躊躇いもせずに、廉をアイラのお目付け役にしてきたのである。
あの若さで、大牧場を経営・管理しているのだから、その力量だけでなく、機転の早さや、先見の見方とて、必要になってくるのだろう。
それで、事情も判らないのに、何が一番有効的なのか――自分の感情の前に、現実的に、おまけに、客観的に判断を下す能力も、大したものである。
どうも、アイラの身内は、侮れない者ばかりが集まっているのは、廉の気のせいなのだろうか。
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