その10-05
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それからその口が少し歪んで、アイラの肩に置いている腕に力が入り、アイラを更に強く、自分の横にひっつけていった。
『気安く触らないでよ』
さっきから、アイラを完全に無視している男は、その太い腕で、アイラの肩を撫でまくる。
スッ――と、セスがビリヤード台を避けて、アイラの元に戻りかけた時、パチン――と、男の手が払いのけられた。
男はあからさまに、ムッとした顔をして、アイラの横の廉を睨み付けた。
だが、廉は払いのけた腕で、そのままアイラの肩を囲って椅子から下ろし、自分の背中の後ろに、アイラをかばうようにした。
『お前、なんだよ。生意気なガキだな――おいっ』
男がビールを持った腕をどつくように、廉に突き出してきた。
ビシャ――と、溢れ出たビールの中身が、廉の着ているシャツを濡らす。
廉は淡々とその濡れた場所を見下ろして、それから、またその視線を男に戻していった。
『リック、飲み過ぎのようだな。今日は、もう帰れよ』
『なんだ、セス? 俺に命令するんじゃねーよ。女を連れ込んで、偉そうに。――お前も、どけよ、おらっ!』
ドンっ――と、更に強く廉をど突いた男に、廉は静かにその男の腕を払いのける。
『お前っ――』
『リック、やめろっ』
セスの鋭い声が飛んで、シーンと、静まり返ったその場で、他の客が、慎重に、この光景を見守り始めていた。
『リック、飲み過ぎだな。今日は帰れよ』
カウンターからこっちに戻ってきたジョーダンが、後ろでそれを言った。
リックと呼ばれた男は、そのジョーダンを振り返り、そして、ビリヤード側にいるセスにも振り返った。
二人とも、特別、気負ってはいなかったが、その立ち姿が、いつでも飛び出せる――殴りにいける――状態を物語っているのは言うまでもなかった。
男の口が皮肉げに歪んでいき、ビールのビンをわざとらしく掲げあげるようにした。
『町の色男揃って、お助けマンか? こいつはいい。二人揃わないと、男一人も相手にできないんだからな。ああ、色男は辛いねぇ。どうせ、女の尻しか追いかけたことがねーんだろうよ。本当の拳――っていうのがどういうものか、見せてやろうか。ええ、弱虫どもよ?』
「アイラ……何だよ、こいつ」
龍之介は、まだビリヤードのキューを握っていたが、この切羽詰った展開に、アイラとアイラの横の男を慎重に見ている。
「龍ちゃん、この男、投げ飛ばしてよ」
「え? ――それは……」
「セックス強要してくる、クソよ。それとも、私にそういうことすれって、言ってるわけ?」
「え? そんなこと言ってないよ……。――そんな、くだらないこと言ったのか?」
「そうよ。この男、投げ飛ばして」
「でも……」
「責任は私が取るわよ。この男、ふざけ過ぎてるのよ。それに、レンをド突いたじゃない」
それを言われて、龍之介は、廉の濡れているシャツに目をやった。
まだ躊躇しているようだったが、アイラの冷たい眼差しを受けて、ふう……と、諦めたように、そこでちょっと溜め息をついていた。
それで、ビリヤードのキューを台にそっと置き直し、龍之介はその男の前に、つかつかと、歩いていった。
「あの、ちょっと――」
『なんだよ。ボーイはどいてろよ。ガキのくせに、うろちょろするんじゃねー。チビが、ふざけんなよっ』
ドンッ――と、無造作に男に押し返されて、龍之介はまた溜め息をついていた。
「今、何て言ったか判らないけど、俺のことチビだ、どうだって、言ったのは間違いないよな。――俺がチビだからって、威張るなよな」
「You、dickless jerk」
アイラに貶されて、男が、キッと、アイラを振り返る。
『いい気になるんじゃないわよ。今から投げ飛ばすから、覚悟するのね』
『なにを――!』
――シュッ――と、龍之介が素早く動いて、一瞬のうちに、男の前身ごろを掴んだ龍之介が、そのまま一気に男を投げ飛ばした。
ドシンッ―――と、勢いのまま投げ飛ばされた男は、目をまん丸に開けたまま、今の状況も判らず、床にへばりついていた。
だが、その場の全員も、全く予想していない龍之介の行動に、全員が揃って、唖然としたように動きが止まっていた。
「アイラ、どうするんだ?」
「ノシちゃいなさいよ」
「でも……」
「ここまでやったんだから、最後まで、しっかりカタつけるのよ」
なんだか、諦めたような溜め息をついた龍之介は、まだ床に転がっている男を、ちろっと、見やり、仕方なく、スーッと、深呼吸していた。
「せいっ!」
その掛け声と一緒に、龍之介が素早く男の首根を蹴り上げた。
それで、白目を向いて、男はその場で失神してしまった。
「ご苦労さん、龍ちゃん」
「でも――問題……じゃ、ないかな……」
「大丈夫よ。さすが、龍ちゃん。一発よねぇ」
「大丈夫だよ、龍ちゃん。それに、見事な背負い投げだ」
アイラと、おまけに、廉の二人から揃って持ち上げられるので、龍之介はちょっと照れたように頬を染めて、うつむいていた。
『セス、このアホを連れ出してよ』
アイラに端的に言いつけられて、ハッと、我に返ったセスは、もう一度、その床にへばっている男を見下ろし、そして、顔を上げて龍之介も見返した。
『――やるなぁ……』
『そうよん。龍ちゃんは、私の騎士なのよ。でも、日本男児だから、サムライ、だけどね』
『やるじゃん、君』
ビリヤードのテーブル側に、足早に回ってきたジョーダンが、グイッと、龍之介を引いて、グリグリと、その頭を撫で回す。
『サムライボーイなのか? それは、すごい。やるなぁ、君』
うわぁ――と、沈黙していたその場から一気に歓声が上がり出し、やんや、やんやと、龍之介に声援が投げられていく。
『セス、そのロクデナシ、外に連れ出してよ。ついでだから、留置所に放り込んでおけばいいのよ』
『ああ、そうだな。悪かったな、アイラ』
『別に。ムカつく男だけど、龍ちゃんが投げ飛ばしてくれたから、まあ、スッキリね』
『――あの僕……、見かけに寄らず、やるなぁ』
『そうよ』
セスはそこで転がっている男の前で少し屈んで、グイッと、首根っこを引っ張り上げるようにして、その男を起き上がらせた。
それから、肩に担ぐようにして、その男を運び出して行く。
その間に、龍之介はジョーダンに引っ張られて、カウンターのまん前に連れて行かれていた。
『サムライボーイに会うのは初めてだな。さあ、飲めよ。今日は、俺のおごりだぞ』
さっきのウェートレスにビールの追加を頼んで、丁寧に断っている龍之介を無視して、ジョーダンの周りには、そこらの客も集まり出していた。
やんや、やんやと、龍之介は日本からやってきた“リトルサムライボーイ”ともてはやされて、次から次へとビールが運ばれてきて、勧められるままに、それを飲み干していく龍之介を囲んで、その夜はかなりの大騒ぎだったのだ。
『ちょっと、あんなに飲んで大丈夫なの? 絶対、明日は、二日酔いじゃないの?』
『それは有り得るな。でも、日本の強い胃腸薬を持ってきているらしいから、それを飲ませるしかないかも』
すでに、龍之介は足元がふらついて、ヘベロケであった。
そして、夜も過ぎて行って、廉に半分抱えられる感じで支えられている龍之介は、ベッド飛び込むや否や、顔を枕に埋めて、一気に熟睡していたのだった。
もちろん、翌朝、目を覚ました龍之介の顔色が青ざめて、トイレでゲーゲーと閉じこもったまま、しばらく顔を出せなかった龍之介は、アイラの容赦ない呼びかけに、トイレでうーんと唸っていたのだった。
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