その10-02
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『そうです。学校です』
『日本の学校?』
『そうです。俺は――』
獣医になるんです、と説明したかったのだが、“獣医”という単語を知らず、一瞬、龍之介はその場で真剣に考えてしまった。
セスも龍之介を急かさず、龍之介が喋り出すのを待っている。
『えーっと――俺は、アニマルドクターです』
動物のお医者さんです――と答えるのが、一番、無難だろうと考えた龍之介は、それを言っていた。
『アニマルドクター?』
『はい』
素直に頷く龍之介に、セスの反応が、一瞬、止まっていた。
それで、何かを言いかけて、それを口には出さずに、龍之介を、じぃっと、見やったまま、何かを考えているようなのだ。
その反応を見て、もしかして間違った単語を使ったかなぁ……と、心配になってきた龍之介は、それでも次の言葉が簡単には出てこない。
『――アニマルドクター? 君が?』
『ああ……そうです』
『ドクターなのか?』
『あっ――そうじゃなくて、勉強しています』
『アニマルドクターの勉強?』
『そうです』
『カレッジに行ってるのか?』
「カレッジ?」
龍之介が、また、不思議そうな顔をするので、セスはちょっと指を立ててみて、
『学校だろ? 中学校。それから、高校。そして、高校の後』
『ああ――大学……、ですか?』
『そう。University』
『そうです』
『君が?』
『そうです』
またも素直に頷く龍之介に、セスは、なんだか感心めいた表情を見せて、はあ……と、溜め息をついていた。
その反応の意味が判らず、龍之介は、ポカンと、セスを見やっている。
『アニマルドクターの勉強してるのか……』
『そうです』
『じゃあ、将来は、アニマルドクターになるのか?』
『そうです』
『そうか……。――そいつは、すごい』
またもセスが、ふう……と、そんな意味の判らない息を吐き出していた。
『あの――レンも、アニマルドクターなのか?』
『違います。俺――だけ、です』
『そうか――』
何に納得しているのかは、全く龍之介の理解の域を超えていた。
それで、不思議そうにセスを見返している龍之介の顔を見て、セスがちょっと笑ってみせた。
『じゃあ、未来のアニマルドクターに、手を貸してもらおうかな』
『手を貸す?』
『そう。手伝ってくれるのか?』
パッと、龍之介の顔が輝いて、
『はいっ』
その素直な反応を見て、セスも笑いながら、
『そうか。まだまだ、たくさん馬がいるから』
『馬も――大好きです』
『それはいいことだ』
さあ、とセスに促されて、龍之介は朝食前の軽い運動の場で、夢にも思ってみなかった馬の世話をする機会に恵まれて、朝から大喜びだったのだ。
セスと龍之介が家に戻ってくる頃には、ダイニングテーブルで、ちゃっかり朝ご飯を食べ始めているアイラと廉が、テーブルに揃っていた。
『お前、働きもせずに、ちゃっかり、朝食食べ始めてるなんて、いい度胸だな、アイラ』
『あらぁ、だって、まだ傷が痛むし』
アイラは澄ました顔で、全く悪気がない。
『お前の友人は、朝早くから、手伝いしてるだろ?』
『あら、そうなの? 龍ちゃんは力持ちだから、役に立つでしょう』
『ああ、そうだな。おまけに――そっちの友人も、ちゃっかり座ってるようだし』
セスの視線が廉に向けられて、廉はコーヒーをすすりながら、
『俺は、アイラの世話をしなくてはいけないので』
などと、飄々としてそんなことを抜かす。
それで、セスの口元が皮肉げに上がり、セスは、ドカッと、椅子を引いてそこに腰をおろし出した。
『お早う、キャサリン』
『お早うございます。いつものかしら?』
『ああ、頼むよ。こっちのアイラの友達の分もね』
『わかりましたよ』
「龍ちゃん、ご飯すぐ用意してくれるって」
「そうなのか? そんな急がなくていいのにな」
龍之介も、一応、椅子を引いて、その場に腰を下ろしていく。
「牧場の手伝いしてたの? 朝から、よくやるわねぇ」
「馬の世話をさせてもらったんだ。ブラシとかかけて、ご飯あげたり」
「ああ、そう。よくやることで」
「ええ? でも、俺は感激だぜぃ。あんなたくさんの馬に触ったことなんかないんだから」
『通訳しろよ』
自分のコーヒーをついだセスが、カップを持ちながら、廉にそれを振ってみせた。
それで、廉が、今までの龍之介の会話を通訳する。
それを聞き終えて、セスが龍之介の方を向いた。
『朝食終えたら、牛の世話もあるけど、牛は嫌か?』
「嫌じゃありません」
『でも、重労働だぜ』
「ええ? そんなの関係ありませんよ。全然、問題じゃありません」
『そうか。だったら、俺と一緒にくるか?』
「えっ? ――行ってもいいんですか? 行きますっ。俺も行きます」
龍之介は興奮して、その顔が嬉しさで溶けそうだった。
その様子がおかしくて、セスもコーヒーを飲みながら笑っている。
『アイラの友達は、随分、働き者なんだな。素直だし。――そこの怠け者二人組みは、どうするんだ?』
『ええ? だって、傷が開いちゃうもの』
『俺は、アイラのお目付け役なんで』
さらりと交わして、全く働く様子がない二人をちょっと睨め付けながら、セスは龍之介に向いて、
『この二人は、怠け者だな。あんたも大変だろう?』
「え? ――そんなことは――ないですけど。俺は動物が好きだから。体動かすのも平気だし。アイラは――食中毒だから。それに、廉はアイラの面倒をみてるし」
『アイラの食中毒は、もう、とっくの昔に治ってるようだがな。――こいつが、アイラの面倒みてるのか?』
その最後の部分だけを通訳しない廉に、セスが、もう一回、どつくようにする。
『おい、通訳』
それで、廉がそれを通訳する。
「――そうですけど。廉はアイラと一緒だから」
へえと、セスはそんな相槌をいていた。
「龍ちゃん、朝ご飯よ。しっかり食べて、力つけなさいよ。――牧場の仕事なんて、しなくたっていいのにね」
「なんでだ? こんな機会なんて、滅多にないだろう? アメリカに来て、牧場の世話するんだぜ。なんだか、本場の仕事をする感じじゃないか?」
「アメリカまで来て、牧場の世話する方がおかしいじゃない」
「そんなことないぜ。俺は、アメリカの牧場に来るのは、初めてだから」
龍之介とでは会話にならないので、アイラは、うんざり、といった顔をして、自分の朝食を片付けていた。
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