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やっぱりやらねば  作者: Anastasia
Part3-アメリカ編
179/215

その5-04

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* * *



『こちらをどうぞ』


 高級そうな黒い背広を着た男の隣に、ウェイターがグラスのお酒を持って来た。


 ブラックジャックのテーブルで、適当な時間つぶしの為に、さっきテーブルについて、カードゲームを始めたばかりである。


『あちらの女性が、こちらをオーダーなさいました』


 ウェイターが指した方に、チラッと視線を向けて見ると、バーのカウンターに座っている一人の女が、こちらの方を見ていた。


 そして、男が自分の方を見たので、薄っすらと口元に誘うような微笑を浮かべながら、自分の持っているシャンペンのグラスを少し持ち上げてみせた。


 男は気にした風もなく、テーブルの端に置かれたグラスを取り上げ、その席を立っていた。


 バーに近付いていくと、カウンターの席に座っている女の視線が、男を値踏みするように、それでいて、獲物を狙うように、しっとりと絡みついて来る。


 赤毛の髪の毛が長く、緩くウェーブされながら、腰に流れ落ちていた。

 その髪の毛の間から垣間見れる黒のドレスは、散りばめられたスパンコールがキラキラとライトに反射している。


 そして、ドレスは、ピッタリと、その躰を強調するかのようで、もんのすごい短いドレスのスカートの下からは、随分、魅力的な長い足が伸びていた。


『ドリンクは君が?』

『そう。せっかくのカジノなのに、一人切りでゲームなんて、寂しいかと思ってね』


 猫が喉を鳴らすような、甘い囁き声だ。


『そう。じゃあ、寂しかったら、慰めてくれるのかな?』

『さあ、どうかしら? それは、場合にもよるんじゃないの?』


『例えば、どんな場合?』

『例えば――見知らぬ男性が危険じゃない、なんて、どうやったら分かるかしら?』


『じゃあ、ゲームでも、どうかな? 世間話くらいはできるだろうし』

『それだけなの?』

『さあ、どうだろう』


 そして、楽しそうに、男の返事も女と似たようなものだった。


 女の口元が、ふふと、蠱惑的な弧を描いて、微かにだけ上がって行く。


『場合、次第?』

『そうだね』


『じゃあ、張り切った方がいいかしら?』

『さあ』


 それで、男がグラスをカウンターのテーブルに置き、手を差し出した。


 女も、すんなりと男の手を取って、椅子から降りてくる。


『ハンサムさん、名前は?』

『ケード』


『へえ。わたしは、ヴィヴィ』

『ヴィヴィ? ヴィヴィアンナ?』

『さあ、どうかしら』


 お互いに、謎めいた部分は秘密でも、その秘密は問題にするようなものでもない。

 たった一夜の火遊びなら、特に。


 どうやら、時間潰しでうろうろするよりは、今夜の“美女”のお相手もでもしていた方が、遥かに、楽しい時間が過ごせそうだ。


『ブラックジャック? ポーカー?』

『ブラックジャック』

『そう』


 女の腕を取り、自分の腕に乗せながら、ケードは動き出した。


 女の躰からも、髪の毛の下からも、男に合わせた香水の香りが漂ってくる。


 男に慣れているような女は、嫌いじゃない。


 自分の魅力を最大限に生かし、それを武器にして、男を誘い込む。だから、その目線も、言葉遣いも、声音も、男に甘える仕草も、その全部が全部作り物だとしても、その使い道を知っている女は、大抵、賢いものだ。


 互いに楽しい時間を過ごせて、後腐れなく、大人の関係で終わらせることができる。


 ケードは、この手の誘いにも慣れている。


 ケードは、父親似で、黒髪に琥珀の瞳を持っている。

 ダークな容姿で、それでいて、危険な香りをチラホラと見せるような男の色気が漂い、そして、その隙の無い瞳は、いつも、危険を探しているような、そんな妖しい輝きを見せている。


 それで、昔から、ケードは女性に困ったことはない。


 少年時代だって、その大人びた容姿に、年にそぐわない色気が漂って、大抵、年上の女性がケードを誘い込んで来た。


 ケードも、簡単に、誘いに乗っていた。


『――へえ。じゃあ、勝ってるの――』


 通りすがりで、本当に、ただ耳に入って来たその声音だった。


 だが、一瞬、ケードは顔をしかめ、少しだけ後ろを振り返っていた。


 振り返った――瞬間、ケードの瞳が微かに上がっていた。


『――失礼。少しだけ待っててもらえるかな』


 ケードは女性の手を自分の腕から外し、その返答を待たず、スタスタと、後ろに戻って行った。


 ルーレット台では、テーブルを囲うように、かなりの人数の客で賑わっていた。


 その内の一人の腕を、グイッと、掴み上げ、ゲードは無言で(ほぼ無理矢理)、その女をルーレット台から引き離していた。


 パっと、振り返った女がケードを睨め付けて来て――女の方の瞳も、微かに上がっていた。


『――ケード!』





 高いハイヒールでカーペットの上を歩きながら、また、今夜も、アイラは(無駄な)時間を過ごしていた。


 スロットマシーンの方には、目的人物がいなかった。

 アイラも適当な一台では遊んでいる振りをしたが、すぐにその場を離れ、それから、ぶらぶらと、カードゲームのテーブルでも、一応はゲームをした。


 それでなくても、背が高いアイラは、客の間でも頭一つ分は高くなる場合が多く、それで目立っているのに、金髪に燃え盛るような真っ赤なドレス。


 あからさまに誘っているような煽情的(せんじょうてき)なドレスが短く、そのドレスの下から伸びる長い足が魅力的だ。


 それだけでも男達を欲情させるには十分なほどなのに、ドレスに似た燃え盛るような紅い口紅を乗せた口に、そして、あまりに整い過ぎた美貌が引き立って、通り様の男達は、必ず、アイラを目で追っていた。


 何度も、アイラを誘いにやって来る男達を無視し、アイラはホールを動いてみる。


 あの靖樹のやつ、全く、余計な仕事を押し付けて来て、くだらない時間を費やさせてくれる男だ。


『あれ、じゃないの?』


 向こう側の賑わいを見せているルーレット台で、小柄な男が、少し背の高い他の客に交じって、ルーレットに熱中している。


 ああ、見間違いないようだ。


 やっと見つけた目的人物に、アイラもゲンナリ……である。


 アジア系の小太りの中年男だ。中肉中背とは聞いていたが、周りから見ても、その頭が低い分、中背までの背があるようには見えない。


 あんな――中年男を誘い込まなければならないなんて、ゲロゲロ……である。


 靖樹には、絶対に、倍額を支払わせてやらなければ、アイラの気が済まないではないか。


 アイラは自分の肩にかかっていた髪の毛を払うように、ふぁさっと、その髪を手で払っていた。


 携帯電話を持ち歩いていないアイラが廉に連絡する方法は、最初から、打ち合わせ済みである。


 アイラの視界の前で、廉の姿は見かけない。

 昔から、アイラに付き添ってくる男だったが、それでも、隠れている時は、その姿を完全に消しているのか、アイラにはその姿を見させない男でもある。


 どうやら、今夜も、上手くその身を隠しているようである。


 アイラは、ゆっくりと、ルーレット台に近寄って行った。


『――さあ、賭けてください。皆さん、どうですか? ――さあ、さあ。あと、残り数秒――』


 賑やかなルーレット台で、ルーレットを回す従業員の明るい声が響いて来る。


 行列ができるほどの混雑ではない。



読んでいただきありがとうございました。

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