その5-03
ブックマーク・評価★・感想・レビューなどなど応援いただければ励みになります! どうぞよろしくお願いいたします。
* * *
「今夜は、その格好なんだ」
バスルームドアの横に立って、廉がちょっとそこに姿を出した。
「ちょっと、勝手に入ってこないでよ。失礼ね」
「でも、ドアが半開きだったから、入ってきても構わない、ってことかと思ってね」
「トイレに行きたいならって、開けておいてあげただけじゃない。でも、着替えを覗かないでよ」
「もう、終わってるじゃないか」
アイラは鏡に向かって、マスカラをつけているのか――付け直しているのか――パチパチと瞬きながら、その長いまつげのマスカラを整えているようだった。
今夜も、カジノに出向く3人は、それぞれにその身支度を済ませていた。
アイラは着替えと同様に、化粧を済ませるのに、一人、バスルームを占領していたのだ。
「用意できたの?」
「俺達は、ただ着替えるだけだから」
ふうんと、鏡の端で廉の姿を、サッと、確認したアイラは、今度は口紅をつけ始めていた。
「今夜は、その格好なんだ」
「そうよ。いいでしょう」
「そのドレスもそうだけど、いつ、そんなもの買う暇があったんだ?」
「ここに来てすぐよ。ホテルに、ブティックが揃ってるじゃない。何でもあるのよ、ベガスは」
「まあ、そうだけどね。どうせ、靖樹さんが払うから――って、高いのを買ったんだろう?」
「当たり前じゃない。私にこんな格好させて、オヤジに迫らせるんだから、それ相応のものは貰わないと、私の気が済まないわ」
アイラは唇を少し開け、両方の唇に口紅を塗り終わり、そこにあったティッシュを取り上げ、余った残りを唇から落とすようにした。
その様子を、ドアから廉は黙って眺めていて、
「アイラのその格好なら、大抵の男は落ちるだろうけど、危ないだろう? オヤジでも」
アイラは鏡越しに、口元を上げた薄い笑みを廉に向け、
「ボディーガードがいるじゃない。しっかり、見張ってなさいよ」
「その分は、しっかり払ってもらわないと」
「まあ、仕事次第よね」
「さあできたっ」と、アイラが化粧品を簡単にしまい直し、くるっと、廉の方に向き直った。
そして、気取ってポーズを取りながら、長い金髪のカツラの髪の毛を振り上げてみせる。
「どう? いいでしょう」
「すごいね」
「その、すごいって、どういう意味なのよ。表情一つ変えずに、貶してるんじゃないでしょうね。全く、どうして、「あまりにセクシーで、目が眩みそうだ」――くらい言えないのよ」
「あまりにセクシーで、目が眩みそうだ」
アイラの言いつけたままを、ただ淡々と繰り返す廉に、アイラの冷たい眼差しが返された。
「今夜も会わなかったら、どうするんだい? 見つかるまで、ずっとベガスにいる?」
「そんな無駄はしないわよ。この週末で見つからないなら、ステイするだけ無駄だから、さっさと帰るわよ。何の為に、アメリカくんだり、旅行に来たと思ってるのよ。レンはいいけど、龍ちゃんだって、たくさん廻りたい所があるんだから。こんなカジノに篭りっきりなんて、退屈過ぎるじゃない」
「アイラ、支度できたのか?」
廉の隣で龍之介が、ひょこと、顔を出した。
それで、そこに立っているアイラの姿を見やって、一瞬、その顎が大きく開かれてしまった。
「――また――今夜も――すごい……格好、なんだ、な……」
「二人揃って、褒め言葉の一つも言えないわけ? 全く、どうして、こんなスムーズさも欠ける男ばっかり、私の周りにいるのかしらね」
廉も龍之介も役に立たないものだから、アイラは、一人、プンプンと、文句を言いっ放しである。
アイラはその二人を放っておくことにして、口紅と香水を手持ちの小さなバッグの中にしまい込み、カツカツと、ゆっくり二人の方に歩いてきた。
それで廉と龍之介がバスルームのドアから動くように、部屋の方に足を戻す。
バスルームから出てきたアイラは、絨毯の上をゆっくりと歩いてくる。
ピンヒールを履いたその背がかなり高く、腰まであるカツラの髪の毛が、かなり本物らしくゆらゆらと揺れていた、
体にピッタリとくっついた真っ赤なドレスが燃えるように赤く、太ももの上を行きそうな、その短いドレスの下から出ている足が――もう長い足で、龍之介も、なんだか、溜め息がこぼれそうだった。
自分の背と比較するのではないが、なぜ、アイラの足の付け根が、自分の腰辺りまで来ていそうな感じに受けるのは、龍之介の気のせいのなのだろうか。
「龍ちゃんも、こんなくだらないことばっかりやらせて、つまらないわよね。この週末が終わったら、さっさと旅行に戻るわよ」
「俺は、大した気にしてないけどな。ラスベガスに来るのだって、旅行の一つだぜ。俺なんか、テレビでしか、ラスベガスのカジノとか、見たことないんだから」
「カジノなんて、どこも同じじゃない」
「そうかもしれないけどさ、でも、すごいライトが一杯で、あっちこっちで鐘が鳴ってて、俺はいいと思うぜぃ」
ラスベガスのカジノ回りをさせられているのに、どうやら、龍之介はかなりご満悦の様子なので、アイラも、それ以上は、心配する必要もないようだった。
「龍ちゃん、賭けてもいいけど、あんまり負け過ぎないようにね」
「俺は40ドルくらいでやめるから、いいんだ。でも、昨日は、20ドル戻ってきたし」
毎回、毎回、負けばっかりではないカジノの魅力に、龍之介も、結構、ホクホクである。
「あれ? ――今、気付いたけど、その瞳、コンタクトなのか?」
「そうよ。いいでしょう」
金髪のカツラだけではなく、アイラの瞳も見たことがないブルーの瞳だったので、龍之介も珍しそうに、繁々と、その瞳を眺めてしまっていた。
「それ――カラーコンタクトって、度が入ってなくても、売ってるんだな」
「売ってるわよ。なんでもね。模様の入ったのもあるし」
「へえ。俺も、お土産に買って帰ろうかな」
「だったら、ドクロとかのにすれば? ああいうのは、面白半分で買って帰るのが多いから」
「いいかもな」
お土産の一つが決まって、龍之介は更にホクホク顔だった。
「レンとはぐれたら、ちゃんと電話するのよ。はぐれた場所か、ら動かないでね。判った?」
「判ってるよ。大丈夫だって。迷子になっても、あんまり動き回らないからさ。このホテルの名前は判ってるから、いざとなったら、ホテルに戻ってきてもいいし」
「変な奴には、ついて行かないのよ」
「判ってるって」
「呼び止められても、無視するのよ」
「判ってるって」
一人息子をたった一人で外に行かせる母親のように、アイラは執拗に、さっき言いつけたことを、繰り返し、念を押す。
それで、龍之介もつい笑いながら、
「大丈夫だって。英語はあんまり喋れないけど、変な奴にはついていかないし、迷子になったら、廉に連絡するか、ホテルに戻ってくるし、英語で話しかけられても、お金は出さないし――大丈夫だって」
「そうかも知れないけどねぇ――」
まだ、アイラは龍之介を見やりながら、次のお小言を言いそうである。
「大丈夫だって」
「そうなんだけどねぇ――龍ちゃんは、いかにも日本人、って見えるから、ベガスの治安は、それほど悪くないとは言っても、カジノにやって来るような人間の中には、マシなのばかりとは限らないしねぇ。日本人は、いまだに金持ちだと思われてる傾向もあるから、簡単にカモにされそうだし」
じぃっと、アイラが少し瞳を細めて、まだ龍之介を見やっている。
「俺は――カモに、されそうかなぁ……」
つい、隣の廉にそれを聞いてしまう龍之介であった。
廉も、ちらっと、龍之介の全体を見下ろして、
「まあ、本人次第だろうけど。気をつけていれば、大丈夫だろうとは思うけどね」
「そうか……。じゃあ、たくさん気をつけるから、まあ、大丈夫だと思うぜ」
「仕方ないわね。ヤスキのバカのせいで、こんなことさせられてるんだし」
諦めたようにそれを締めくくり、アイラは腕時計に目を落とすようにした。
「大体の時間ね」
「そっか。じゃあ、行こうぜ。今夜は、次にでっかいホテルに行くんだろ?」
「そうよ。どデカイわよ」
「写真取ったら、ダメなのかな?」
「外ならいいんじゃないの。結構、他の観光客も、やってるみたいだし」
「そっか。スーツの内ポケットに、カメラ入れてるんだ」
「中は、たぶんダメだろうけどね」
「外だけでもいいんだ。派手だから」
それで、3人は、いざ、今夜のカジノに目指して、レッツゴー、だった。
読んでいただきありがとうございました。
一番下に、『小説家になろう勝手にランキング』のランキングタグをいれてみました。クリックしていただけたら、嬉しいです。
Twitter: @pratvurst (aka Anastasia)