その5-01
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アイラはホテルのロビーに置かれているソファーの一つに近付いていった。
ホテルの部屋に連絡が来て、アイラに面会したい男性がいる、という話なのだ。
それで、部屋から出て、ロビーに降りて来たアイラは、受付で、「あちらの男性ですよ」と促され、ロビーに置かれているソファに座っている男の元に進んで行く。
相手の方も、ソファーに座りながら、向かってくるアイラを眺めているようだった。
アイラが近づいてくると、スッと、重さも感じさせず立ち上がり、テーブルを回ってアイラの前にやって来る。
『それで? 誰なの?』
社交辞令もなく、挨拶もなく、その質問だけが出された。
でも、その口調は、気軽な挨拶をしているかのような軽く、明るいものだ。
目の前に立っている男は、アイラよりも背が高く、グレーのスーツを着込み、一見したら、裕福なビジネスマン気風に見えなくもない。
薄い金髪に、薄いアイスグレーの瞳を持つ容姿は、東欧的な要素も感じないではない。
働き盛りの壮年と言った感じで、靖樹よりは年上に見えても、だからと言って、年が行っているほどの年齢は感じさせない雰囲気だった。
男の方は、アイラの突然の質問に驚いた様子もなく、薄っすらとだけ、その口端を動かした。まるで、それで、薄っすらとだけ、微笑を浮かべているかのような仕草だ。
『ヴィクター・スボルスキーと言う。初めまして、かな?』
『人違いじゃないの?』
『そうかな? ヤスキから知らされたプロフィールは、当たっているようだけど』
へえと、アイラは全く興味なさそうな、そんな愛想のない返事をする。
『まあ、まずは、どうぞ、座って。立ち話もなんだから』
ソファーを勧められ、アイラは目の前のソファーに腰を下ろしていく。
ヴィクターと名乗った男は、またテーブルを越えて、アイラの向かいのソファーに腰を下ろした。
『それで?』
『今回の件について、少し、きちんと打ち合わせをしておいた方がいいかな、と思ってね』
ふうんと、アイラの返事は素っ気ないものだ。
『さっさと捕まえればいいのに?』
アイラは何一つ説明していないのに、ヴィクターの方はアイラが不思議に思っていた謎を、簡単に口に出してきた。
『そうね』
『こんな風に、公の場所をうろついている割には、警戒心が強くてね。それで、男が近づいていくと、一目散に逃げてしまう』
どうやら、一度は、男の捕縛を試みたようである。
『それに、くだらない邪魔を雇っているようだからね』
『なんの邪魔?』
『追いかけようとする人間の間に入って、時間潰しをする邪魔、だよ。別に、危険人物を雇っているわけじゃない』
へえと、アイラの返事はそれだけだ。
『それで、なぜ、君に白羽の矢が立ったか、と?』
まるで、アイラの考えていたことを先読みしているような、男の態度だ。
『私も、仕事を一緒にするのなら、相手を選ぶ主義でね。ヤスキには、大抵、こういう仕事があるがどうか? 程度で、尋ねるだけなんだが。今回は、それで、君を紹介された、というわけ』
『へえ』
その話の内容からすると、仕事を選ぶヴィクターは、一応、靖樹のことは、仕事上では信用しているらしい。
だから、素性もしれないアイラの名前が紹介されても、靖樹からの紹介だから、一応、ヴィクターも仕事上だけなら、アイラと一緒に仕事をすることを気にしていないのだろう。
『今回の件は、根本的に対象人物が逃走したとしても、追いかける必要はない。ただ、対象人物に接近できて、ある仕掛けを仕込んでくれればいいだけだから』
『その仕掛けは?』
『それは、この会話が終わった時に、君に渡しておくよ。簡単な説明と一緒にね』
『それで、色気落としで迫れ、って?』
ヴィクターが、また、口端だけを動かしたような表情をみせた。
まるで、そのほんの些細な動きで、一応、自分の感情のようなものを見せているかのような、芝居がかった(張り付いた)表情だ。
『こう言っては失礼なのだろうが、男は単純だからね。色気仕掛けで迫られたら、大抵の男は、一瞬でも、気を抜いてしまうものだ。それが、君のようなゴージャスな女性からなら、特にね』
(注:英語でGorgeous は、日本語の豪華・豪勢と言う意味の他に、人の形容で表現された場合は、「とても魅力的な」という意味合いで使用される)
『あら? 誉め言葉として受け取っておくわ』
だが、その態度も口調もあまりに淡々として、全く、誉め言葉としてなど受け取ってはいない様子が明らかだった。
『まあ、お互いに会うのは今日が初めてだから、君が警戒しているのは、理解できる。私も、自分の使い道を知らない人間は、個人的に好きではないから』
『へえ』
『だから、君にはこの名刺を渡しておくよ。身元証明書、とまでは行かなくても、きちんと正規のものだから』
ポケットから財布のような者を取り出したヴィクターが、一枚の名刺をテーブルの上に置き、スッと、指だけでアイラの方に差し出してきた。
少し腕を伸ばし、アイラがその名刺を取り上げる。
『ヴィクター・スボルスキー。セキュリティー・コンサルタント』
『まあ、それはただの概要で、仕事内容じゃない。私立探偵のようなものだと、考えてくれればいい』
ふうんと、名刺を持っているアイラの瞳だけが上がり、ヴィクターを見返す。
『報酬は?』
『無事に仕掛けを仕込むことができれば、その時点で、半分は君に支払われる』
『ただ、仕掛けを仕込むだけで、随分と、気前がいいのねぇ』
『期限が迫っているからね。期限内に仕事を終わらせなければ、私の事務所にも問題が上がって来る』
なるほど、裁判所からの保証金や賞金は、裁判が予定されている期限内に制限されていることが多い。
理由もなく裁判の期限がずれたり、延期されたりすると、訴訟を起こしている側も、また新たな裁判の申請が必要となってくることが多いからだ。
そうなると、Bounty のような仕事を引き受けたヴィクターの事務所でも、信頼問題が上がって来てしまう。
仕事をきちんと完了できなかった、などとレッテルを貼られてしまっては、そう言った業界では、すぐに仕事が来なくなってしまうのが常だ。
裏に通じている者は、その手の噂話にも、すぐに耳にするものなのだ。
読んでいただきありがとうございました。
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