その19-02
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「俺は、空港でチケット買うのでいいぜ。現金使ってないから、どうしようかなって、考えてたんだ」
「そうか」
「それより、今の会話、お母さん?」
「そうだよ」
へえぇぇぇと、アイラも不思議な相槌を返す。
「自分のお母さんに、あんな丁寧な会話で話すわけ?」
「うちは、いつも、あんな感じなんだ」
へえぇぇぇぇと、更に、アイラが不思議そうな相槌を出す。
アイラにとって、家族や身内の会話で、わざわざ敬語を使ったりするような会話は初めてなのである。
もしかして、廉の家は、結構、堅苦しい家なのでは、なんて考えがアイラの頭にも浮かんでくる。
急遽、予定変更になって、デザートが運ばれてくると、その間も、アイラと龍之介は、シンガポールで簡単にできる観光の計画で忙しい。
少々、お行儀悪くなってしまうが、デザートを食べながら、携帯電話で、シンガポールの観光スポットを検索してしまう。
「俺、マー・ライオンって見てみたいな」
「それは、有名だもんね」
「そうそう」
わいわいと、賑やかな会話が続きながら、その夜は過ぎて行った。
* * *
「ああ、廉。久しぶりですね」
コロコロと、手荷物用の小さなスーツケースを押して、上品そうな女性が廉の姿を見つけていた。
「ああ、廉。久しぶりだな」
そして、その隣を歩いて来る年配の男性も、廉の姿を見つけていた。
「お久しぶりです」
そして、廉と言えば、普段と全く変わらない淡々とした態度である。
実は――廉に付き添って一緒に空港にやって来ていたアイラは、顔には出さないようにしていたが、家族や身内内で、あまりにも――淡々とした挨拶を交わす簾の一家に、ものすごい驚いていたのだ。
――えっ……、なに?! もしかして、これが、日本式の挨拶なの?!
なにしろ、アイラと言えば、生まれた時から、家族や身内、親しい人との挨拶と言えば、全員でハグをするのが習慣だ。
それがあまりに当たり前の環境として育って来たアイラにとって、今、見ている廉の家族の挨拶は――さすがに、驚きだったのだ。
それも、ただ、距離を置いて立ったまま、「久しぶりですね」なんて、ハグもしなければ、握手もしない。
あまりにあっさりし過ぎているような、淡々とした挨拶など、生まれてこの方、お目にかかったことがなかったアイラだ。
廉の両親の視線が、後ろにいる龍之介とアイラに向けられた。
「こちらは、俺の友人です。菊川龍之介さんと、柴岬藍羅さんです」
“さん”付で紹介されたのも、アイラには初めての経験だ。
「ああ、それは、初めまして。今日は、わざわざ来ていただいて、申し訳ありません」
廉の父親が(あまりに)礼儀正しい挨拶をする。
「あっ、いえ……。お初にお目にかかります……」
ペコっと、龍之介がその場で頭を下げていた。
「初めまして。お会いできて、光栄です」
ペコっとなど、頭を下げたお辞儀などしたことはないが、この場は――仕方がない……。
それで、アイラも(仕方なく)頭だけを少し下げたような挨拶をしてみせた。
「そうですか。いつも、廉がお世話になっています」
「いえ……」
廉の父親は、その年代では、きっと背の高い方なのだろう。
ポロシャツに、紺色のブレザーを着て、カジュアルっぽく見えるが、それでも、真っ直ぐに伸びた姿勢や、その雰囲気が、裕福なお金持ちである様相を醸し出していた。
廉って、もしかして、お金持ちのお坊ちゃんだったんじゃ……。
これは、アイラだけではなく、龍之介の頭にも、ふと、浮かんだことだった。
高校最後の一年。同じクラスになって友達になった廉だ。
アイラも、廉と龍之介が高校生の時に知り合いになって、それから、友達になって、付き合いが続いている。
それでも、この廉は、いつも淡々としていて、何にも動じたことがなく(動じたことだってあるの?)、自分からうるさく話しかけてくるタイプでもなくて、大抵、龍之介とアイラの二人に挟まれて、ただ、二人のはしゃぐ様子を眺めているタイプだ。
だからと言って、無口な男でもない。
アイラとは気が合うのか、大抵、毎回、言い合いをしている(龍之介には、面白い光景だった)。
高校生の時は、一人暮らしをしていて、マンションで、一人で自活していた。
その時だって、あまり、生活感を感じさせない男だな、とアイラだって思っていたほどだ。
それからも、あまり、生活感がにじみ出て来なくて、普段の生活が想像できないような、本人だったのだ。
今日、シンガポールに朝早くやって来て、三人は、市内観光をちょっとだけ済ませている。
その時に、「お友達もいらしているのなら、もし迷惑でなければ、ご一緒にどうかしら?」などと、母親からのメールの知らせが入っていたらしい。
久しぶりに会う息子の友人もやって来ているので、是非、会えたら――なんていう、会話だったらしい。
邪魔をするつもりはなかった龍之介とアイラだったのに、廉の両親に会える興味心も拭えず、誘われたので、結局は、龍之介とアイラも、廉に付き添って、空港までやって来た、というのが話の次第だったのだ。
廉の母親の方も、上品そうなワンピースを着ていて、長旅のフライトをしてきた影響など全く見られない。
お化粧も落ちていなくて、ワンピースだって、皺だらけにもなっていない。
廉の両親って、こういう人達だったんだなぁ(だったのねぇ)と、龍之介とアイラの二人も、感心してしまっていた。
なんだか、アイラの一族に迫られて、ものすごい勢いで歓迎されてしまった挨拶を思い出すと――天と地ほどの差があるような気がする……。
でも、龍之介は日本人で、そういった挨拶が普通だったのだが、ここしばらく、アイラの一族の習慣に感化されてしまって、それを、一瞬、忘れてしまっていた竜之介だった。
「二人共、あまり、変わりはないようですね」
「ええ、そうですね。廉も、変わりありませんか?」
「ありません」
そして、端的で、淡々とした、廉の態度だ。
廉の両親もその簾に慣れているのか、それが普通なのか、特に気にした様子はない。
「修一にも、今回、一緒に誘ってみたのですが、仕事で忙しいようでしてね」
「そうですか」
そして、全く廉からは想像できない、噂の“お兄ちゃん”の話題が出てきているようだが、それ以上の情報は出てきそうにもなかった。
「ここで、立話もなんだから、カフェにでも入ろうか」
廉の父親から提案されて、空港についてきたアイラと龍之介も、特別、反対はない。
空港内にある、お洒落なカフォを見つけ、テーブルについていた。
「皆さんは、どのようにして知り合ったのかしら?」
無害な質問で、廉の母親がテーブル越しから聞いて来た。
「高校の関係で」
「そうでしたか。日本には、どのくらい滞在するんですか?」
廉の母親が隣に座っている夫に顔を向ける。
「一週間程。仕事でね」
「そうですか」
「皆さんは、マレーシア旅行、どうでしたか?」
そして、また、当たり障りのない質問が投げられた。
アイラは龍之介の隣に座り、大人しくジュースをすすっている。
これは――龍之介が返答をすれば? の態度であるのは、間違いなし。
「あっ、とても楽しかったです。クリスマスとお正月を兼ねて、でしたから」
「そうですか。それは、良かったですね。簾も楽しめたようで、安心しました」
「ええ、良い休暇でしたから」
「廉に、こうして会うのも、随分、久しぶりですね」
「そうですね」
「もう、三年ほどになるのかしら……?」
「いえ、たぶん、四年半くらいになると思います」
「ああ、そうでしたね……。最後は、まだ高校生の時でしたから――」
そして、どこの高校に行っていたのかは知らないが、高校最後の年は日本にやって来て、日本の生活をした簾だ。
その後は、日本の大学にも行っていたが、すぐにアメリカの大学に編入し直し、今に至っている。
この話の内容からすると、すでに、日本にやってくる前から、両親とは別々に暮らしてたような話しぶりだ。
そんな若い時から、ずっと、一人で生活してきたのか? と、龍之介とアイラも、新たな謎を発見し、口には出さずに不思議がっている。
「大学の方はどうですか?」
「順調です。日本にいた分、半年分の教科が、少し、ずれてしまいましたが」
「ああ、そう言っていましたね。それは、どうするんですか?」
「半年遅れですから、卒業の方も、半年遅れになるでしょう」
「そうですか」
そして、家庭内の会話をしているはずなのに、なにか……こう、ものすごい他人行儀な会話に聞こえてしまうのは、アイラの気のせいなのか。
こんな、淡々として、あっさりと、質問と答えだけの会話など、アイラも初めてである。
もっと、こう、打ち解けて、楽しくお喋りなんて、この家族ならしなさそうな雰囲気で、なんとも奇妙な家族の再会の場に居合わせたものである。
それから、廉の両親は五時間ほどシンガポールにいる予定だったのだが、飛行機の乗り換えなので、二時間前にはまた空港ゲートに戻って行かなければならない。
それで、廉を含めたこぶ付き二人と、会話は弾んだような(弾んだのか……)?
二時間ほど、カフェで過ごし、廉の両親とお別れを言っていた。
「では、体に気を付けて、勉強に頑張ってくださいね」
最後まで、丁寧で、そんな挨拶だった。
今日は、廉の両親に会えて、少しは廉のことも解ったのかな?
読んでいただきありがとうございました。
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