その15-03
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『暇そうだね』
『暇よ。日曜だし。これから、すること探してるの』
『そうなんだ。じゃあ、観光は?』
『もうしたわよ。今は違うこと』
『そうかあ』
それで、口元が大きく弧を描き、ニコニコ顔から、ニヤニヤ顔に変わる。
『面白いことしたい?』
『したいわ』
『ふうん。でも、ちょっと高いよ』
『別に、いいわよ。その程度』
『そうかあ。ボクねえ、面白いこと知ってるよ。案内してあげようか?』
『知らない人間についていくなんて、バカがすることじゃない』
『そうだねえ』
それで、なぜかは知らないが、突然、若い男が近寄ってきて、アイラの隣に、ストン、と腰を下ろした。
廉がアイラの肩に手を乗せる。
『ああ、そんなに警戒しなくて、ダイジョウブ。ボクね、彼氏持ちに、手出す趣味じゃないから』
廉は何も言わず、帽子のツバ越しに、若い男を黙って見返している。
この口調から言って、まだ20代前半と言ったところだろうか。
『二人だけで、楽しいことしたい?』
『そんな話じゃなかったわ』
『どんな話?』
それで、わざと、アイラがギロリと若い男を睨め付けた。
『用がないんなら、あっち行ってよ。忙しいんだから』
『あれえ、でも、さっき、暇だって言ったじゃないか』
『あんたには忙しいの。人を待ってるんだから、あっち行ってよ』
それで、益々、若い男の口音が上がり、にやーっと顔も、目元も崩れていく。
『ボクもさあ、人を待ってるんだけどなあ? カップルを』
アイラと廉が顔を見合わせた。
『その証拠は?』
『君たちこそ、証拠は?』
『ニックが――簡単にできるって』
その名前が出て来て、若い男が、また、口元を大きく上げる。
『じゃあ、ボクだ』
『胡散臭いわね。本当に、そうなの?』
『そうだよ。ひどいな』
『全然、そんな風になんて見えないじゃない』
『じゃあ、どんな風に見えたらいいわけ?』
『知らないわよ。でも、ニックは、普通にしてたらバレないって言ってたわ』
『そう。だから、ボクだよ』
『本当なの?』
あまりに疑わしそうに、あからさまにアイラが猜疑の視線を向けるので、ほんの少しだけ、若い男がムッとする。
ポケットに手を突っ込んで、手の平をアイラに見せるようにした。
その手の平の中に、指で挟まれたビニール袋が。
『ただの大麻? それだけの為に、わざわざ、こんな場所まで来たんじゃないのよ』
緑の草だけが入っていて、大したモノには見えない。
『これはただの挨拶代わり。他のモノは、もっと別』
それで、一応納得したのか、アイラも渋々了解した。
『わかったわよ。でも――本当に、簡単に手に入るの?』
『そうだよ。お金は』
『あるわよ。現金で、言われた通り』
『それなら、ダイジョウブ』
『本当なの?』
それでも、未だに、疑わしい眼差しをやめないアイラだ。
はっきり言って、“ニック”という前回の購入者を通して紹介された形のアイラ達は、この仲介人を信用している気配がない。
もっと――秘密裏の方法でも予想していたのか、期待していたのか、若い男が寄ってきても、随分、拍子抜けで、二人共、その態度を見る限り、騙された、と思いこんでいるようだった。
『じゃあ、これからバスに乗って、移動しようか』
『その前に、聞きたいことがあるわ』
『なに?』
男は警戒した様子もなく、アイラに気軽に話しかけてくる。
『本当に――簡単に手に入るの』
『そうだよ。難しく考えるようなことじゃないよ。こっちじゃ、この程度のショッピングなんて、普通だから』
だから尚更に、アイラ達が信用していない気配がありありだ。
『君達、アメリカ人?』
『それが?』
『だったら、持ち帰る時は、気を付けた方がいいよね』
『ニックは、簡単にできる、って言ってたわ』
『ニックは、メキシコから帰ったからね』
『私達だってそうよ』
『あれ? そうなんだ。それなら、簡単かなあ』
『本当に? ――嘘なんかついてないでしょうね』
『ついてないよ』
ただ、メキシコまでは、若い男の責任でもなんでもない。
マレーシアを発った後は、勝手にしろ、と気にも懸けていない――が、それはお客の前で口にしない。
観光客は、簡単に手に入るとっておきを買って、国に持ち帰る。簡単に売りさばくことができるからだ。
だから、わざわざ国外にまでやってくる渡航費を入れても、自国で稼げる額が倍になるので、ちょっとした小金稼ぎには丁度いいのだ。
そして、ちょっとしたスリルもあり、悪いことをしていると自覚していても、見つからなければいいじゃないか、なんていう背徳感と優越感にはまって、堕ちて行く客ばかりだ。
まあ、若い男にとっては、仲介料をしっかり払ってくれるのなら、別に、観光客が危険を犯そうが、どうなろうが、知ったことじゃない。
『じゃあ、移動しようか』
そのまま、バス発着場からバスを待ち、三人はバスに乗り込んだ。
ほとんど乗客もいなく、バスはガラ空きに近い。
廉とアイラは一緒に座り、その二人堰の前に、若い男が座った。
バスが動き出すと、若い男がアイラ達を振り返る。それで、手を背もたれにかけて、顔を寄せて来た。
『じゃあ、支払い』
『半部だけよ』
『なんで?』
『口約束だけでトンズラかまされたら、元も子もないわ』
『そんなことしないけどね』
『信用なんかするわけないでしょ』
ふうん、とその時ばかりは不満だったのか、それでも、若い男はアイラの指示に従うようだった。
手をブラブラとさせて、支払いを要求する。
アイラは胸の前にあるリュックサックを開け、茶色の紙袋を男に手渡した。
若い男が前を向いて、紙袋を少しだけ開くようにして、それで、指で素早く紙幣を数えて行く。
『本当に半分だ』
『当然じゃない』
ふうん、と満足はしていないようだった。
『まあ、警戒してるし、宿題程度はしてきたんじゃないの?』
今回の客は、簡単に騙されるような観光客ではないようで、一応、そういった(裏)取引には警戒しているらしい。
『どこに行くのよ』
『着けばわかるよ』
まあ、最初から、目的地をベラベラと喋るはずもないだろうが。
市内バスは街中を軽快に通り過ぎて行く。
それでも、繁華街を過ぎようが、ジョージ・タウンは所狭しと民家や建物が並ぶ土地だけに、通りのどこを見ても、壁続きの建物ばかりが目に入って来る。
バスは海岸沿いの方に向かったと思ったが、また、街の方に戻って来る。
バス停で下り、若い男の後ろをついていく二人は、民家が立ち並び、所々にお店があり、屋台や街頭露店を通り過ぎ、ローカルの屋台の一つに近づいていた。
お店はパラソルのようなテントが屋根になっているだけで、店の前には、たくさんのサテイが並べられ、その横にはインドカレーも何種類かならんでいる。
『ここで待っててね』
若い男は慣れた風で、店番をしている老婆に手を振り、店の奥に消えて行った。
『レン、私の後ろで確認して』
『わかってる』
廉はアイラと背中合わせするように立ち位置を変え、ジーンズのポケットから携帯電話を素早く取り出していた。
『マークしたから、今はいいよ』
『そう』
本当に、テクノロジーの進化と進歩で、今の時代、なんでもオンラインでできるものだ。
〇ーグルさんには、通訳もマップもお世話になりっぱなしである。
素早く、廉が現在地をマークしたから、今は時間がなくとも、後で再確認ができる。
読んでいただきありがとうございました。
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