雪だるまの耳
目を開けば、以前よりまた成長した、満面の笑みの男の子がそこにいた。
私に何か話しかけたその子は、背伸びをして私にバケツを被せる。
これは、短い夢だ。
目を開くたび毎回同じ男の子が目の前にいて、私はその子が作る雪だるまを通じてその世界と繋がっている。
その男の子が成長する度私の目線も高くなり、目に使う素材のせいか、視界が広かったり狭くなったり。
話しかけてくれるけれど、耳がないせいか声を聞き取ることはできない。
その男の子の後ろには、雪だるま作りに付き合わされている父親らしき人物。その父親は男の子とは違い、いつもなぜだか少し寂しそうな笑みを浮かべていた。
雪だるまが完成すると、溶けるまでの数日間、移り行く景色を楽しむ。毎日手を振りながら出掛けていく男の子の背中には、真新しいランドセルが光っていた。
ひとつ残念なのは、雪だるまを通じてこの景色を眺める私が何なのか未だわからないことだ。
いずれ男の子が雪だるま作りに飽きてしまうのが先か、それとも彼らが何者か思い出すのが先か。
できれば、次は耳をつけてほしいものだ。彼らの声を聞くことができたら、何か思い出せないだろうか。
明るい日の光に照らされて、頭にのせられたバケツがずるりと傾いた。
「いつも見守ってるよ」
そう言って妻が天国へ旅立ってしまってから、もう10年が経つ。
律儀な妻だから、きっと言葉通りどこからか見てくれていると思いつつ、僕は真っ青な空を仰いだ。
「お父さん、雪かき終わんないよー」
手を止めていた僕に、厳しい息子の突っ込みが入る。そんな息子は、雪だるま制作の真っ最中だ。
毎年玄関の前に作っている雪だるま。息子いわく、ママがいつも帰ってこれるように、といつの頃からか始まった習慣だ。
なぜ雪だるまなのかはよくわからないが、それを止める理由もない。
今年の雪だるまは、いつもと様子が違った。頭の横にふたつ、雪玉がくっついているのだ。
「それ、何?」
「耳つけてあげたんだ!」
雪だるまに耳なんて聞いたことがない。なんだそれと口のなかで呟いて、苦笑が漏れる。
それでも真剣に雪だるまを作る息子を横目に見ながら、雪かきを終わらせる。
「できたー!」
満足げな声に振り向く。
今年はボールを目にしたらしい。やはり雪玉の耳は不格好だな、と思うが、きらきらした息子の表情は晴れやかだ。
「お母さん、お帰り!」
いつものセリフと共に、バケツを被せる。
溶けた水が、雪の肌のふちを滑った気がした。