第2話.距離感の問題
「すごい! また会えるなんて……ディール!」
頬を紅潮させながら体当たりでもするように抱きつくジェレミア。開いたドアを押さえていた不自然な体勢だったディールは、なすすべもなくハグされた。
「おうおう、久しぶりだなぁ! 私にもハグさせろーー!」
「うるせえ」
「なんだよ、相変わらずつれねぇな」
ジェレミアに続くようにして寄ってきたグリセルダを、ディールはすげなく追い払う。186㎝あるディールと同じくらい身長があり、同じくらい筋肉がついているのだ。こんなところでプロレスなんざするつもりはない。
ディールにとって約半年ちょっと前、忘れようにも忘れられない異世界トリップで出会い、戦い、助けられた二人であった。相変わらずの美少女っぷりを発揮するジェレミアと、こちらは少し雰囲気が変わって男前な色気を放つグリセルダと。似ていない姉弟だが、二人並べればその髪の色や雰囲気に共通点があるように思えた。
そんな和やかな再会ムードに水を差すように、かん高い金属音が耳朶を叩く。
「ジェレミアから離れろ!」
そこにはディールが初めて見る顔があった。ヘルムをむしり取り、ガレージの片隅に投げつけたのは長身の男だった。艷やかな黒髪を撫でつけた優男である。女好きのする端正な顔は少し浅黒く、涼やかな水色の目を今は怒りに染めている。ジェレミアと揃いの鎧姿であることから見て彼の連れだろう。腰から小剣を引き抜いて、ディールに向けていた。
「そんな物騒なもん向けるな。お前も離れろ、うっとおしい」
「すまない、ディール。もう二度と会えないと思っていたから、つい……フレデリックも落ち着いてくれ」
「彼はいったい誰なんだ、ジェレミア。そしてここはいったい?」
「それは……」
「待って! 長くなるなら、こんな狭いところじゃなくてどこか別のところに移ろうよ! あと……ここ、すごく寒い!」
そのやり取りを遮ったのは、今まで無言だったサイネールだった。確かにガレージ内部は冷え切っていた。鎧姿の二人はともかく、サイネールは厚手とはいえ袖口の大きくザックリした生地のローブ姿、グリセルダはシャツにズボンだった。しかし、最も薄着なはずのグリセルダは首を鳴らしつつ不思議そうな顔だった。
「私はあんまり寒さは感じないなぁ」
「僕もだ」
「私も、白術で温かさを保てるから……すまないな」
「くそ、これだから魔術の使える連中は……!」
両手で自分自身を抱きかかえ、恨めしい表情になるサイネール。
「おうおう、そんなら私が抱きしめててやろうか?」
「……さすがに遠慮するよ。今は二人きりじゃないしね」
前のトリップのときとは変化している二人の距離感。だが、そういうことに関心のないディールは特につっこんで聞いたりはしない。今、彼が考えなければならないのは、この四人をどうするかだった。
「……お前ら、観光にでも来たのか?」
「いや、事故だ。どうしてこんなことになったのか、どうやったら帰れるのか、さっぱりわからないんだ」
ディールの問いにジェレミアは笑って答えた。湿っぽくなられても困るが、まったくもって危機感のないヤツだ、とディールは思った。
こういう不測の事態に弱そうなサイネール、警戒心剥き出しの黒髪はだんまり、解決手段が筋肉しかないゴリラ女はのんびりと構えている。
「まぁ、とにかく車を出すから乗れ。あ、その剣とか鎧は置いていけよ?」
「わかった!」
「……鎧を脱げ、だと。そんなことをしたら下着姿になってしまうだろうが!」
「落ち着いてくれ、フレデリック。きっとディールには考えがあるんだ」
「しかしジェレミア……」
渋るイケメンを宥めるジェレミア。しかし、ディールには特に代案なんかなかった。そもそも、いきなり目の前に現れておいて「着替えから何から面倒見ろ」というのか無茶な話なのだ。とはいえ、まったく同じことをジェレミアやグリセルダはディールに対してしてくれたわけであり、そこは彼らに感謝しているのだ。
考えている間にもジェレミアは脱ぎ始めていた。金属鎧の下にはふっくらした綿入れのようなものを着ており、それも脱いでしまうと確かに薄いランニングウェアのような長袖シャツとズボンだけになってしまう。これではあまりにも寒そうだ。
「……仕方ない、これでも着てろ」
「わっぷ! ありがとう、ディール」
「フン」
頭の上に投げて寄越されたダウンジャケットを羽織りながら微笑むジェレミア。ディールはそれに背を向けてスマートフォンを取り出した。どうにも幼い印象のせいで世話を焼いてしまっていけない。
グレイルの番号を呼び出していると、殺気を感じてディールは振り返った。するとそこには血の涙を流しそうなくらい悔しげにディールを睨みつけてくる黒髪の男の姿が。
(なんだコイツ……)
とりあえず、その男から目を背けてグレイルを巻き込む算段をつけるディールだった。