第1話.ホワイトデーの再会
そのとき、ジェレミア・リスタールとフレデリック・ガルムの二人がガラ遺跡に居合わせたのは、まったくの偶然であった。
街から街へと宿を取りながら大陸中を旅をしていた彼らだったが、当然、野宿しなくてはならない場合もある。地図を眺めていたフレデリックが、「どうせなら屋根と床のあるところで泊まろう」と言いだしたのだ。
「遺跡か。しかし僕らは罠探知とかそういった心得はまったくないのに、大丈夫だろうか」
「安心したまえ、ジェレミア。ガラ遺跡はすでに“枯れた”遺跡で、先人たちによってとうに探索され尽くしている。だから罠などないのさ。近くに水場がないことを除けば、悪いところじゃないそうだよ」
それに、とフレデリックは続ける。
「水なら君が黒術で出してくれるしね、ジェレミア」
「そうだな。じゃあ、その遺跡を目指そう!」
そうしてやってきた二人が野営の準備を終え、ゆっくりしていたときにそれは起こった。
「なんだ、地震か?」
「ヘルムを被れ。ここを出よう、フレデリック」
だが、荷物をまとめる前に、ジェレミアがいた場所の床がいきなり真っ二つに割れた。
「うわぁっ!」
「ジェレミア?」
左手でヘルムのベルトを締めていた最中だったジェレミアは、どうにか落下を回避しようと咄嗟に右手を伸ばした。もはや床として機能しなくなってしまった手近な壁を引っ掻いたが、勢いは止まらない。次いで左手をも伸ばした。
ジェレミアの得意な魔術は左手で用いる黒術である。そして、術は左右によって性質が違う。左手による黒術は、物体の動きを止める、固定する、引き寄せることを主とし、また精神に作用する。
ジェレミアはその左手でどうにか掴まろうとしたが……
(届か……ない……!)
いつも楽天的で前向きなジェレミアだが、さすがにこの状況では笑えなかった。
その左手を、フレデリックの左手が掴む。
「フレデリック!?」
「くっ……! しっかり掴まっていてくれ……すぐ、引き上げる……」
「無茶はよせ!」
ジェレミアは思わず叫んでいた。
フレデリックもジェレミアも鍛え抜かれた聖堂騎士ではあるが、人間を腕一本で支えることは難しい。いかにジェレミアが少女じみた外見をしていようが成人した男性なのである。しかも今は中装とは言え鎧一式を着込んだ状態だ。それを魔術の助けなしに引き上げるなんて不可能だ。
そう、フレデリックが伸ばした手は左だった。もしも逆であったなら、左の黒術で自分の体を【固定】した後、右の白術で筋力をパワーアップさせてジェレミアを引き上げることができただろうに。
(このままでは、僕だけでなくフレデリックも落ちてしまう……)
ジェレミアは瞬時にそう判断し、フレデリックに微笑みかけた。あまり長くはもたない。
「僕は大丈夫だ、フレデリック。だからその手を離してくれ……」
「ジェレミア!」
「離してくれフレデリック。君まで落ちてしまう」
「嫌だ! 絶対に、離すものか!」
フレデリックの端正な顔が歪んでいる。それは苦痛のためか、それとも……。
次の瞬間には二人とも落下し、青い光に飲み込まれていた。
* * * * * * * * * * * *
――2019年3月14日。
ハクロ・ディールはその日、個人的に借りているガレージで趣味の車いじりをしていた。休日の過ごし方としてはわりとスタンダードなもので、手を動かしながら頭の中で論文の構成を考えて、メモを取るという事を繰り返すのだ。このやり方はけっこう有用だ。油汚れさえ気にしなければ、だが。
そしてそのとき、ディールはもう帰るところだった。鍵をかけ終えて戸締まりを確認していると、ガレージの中からガチャガチャッという金属音がした。ディールは、「工具でも落ちたか」と訝りながらもう一度ドアを開けた。
するとそこには、折り重なるようにして倒れている四人の男たちがいた。そのうち二人は映画の登場人物よろしく金属製の兜を着け、鎧姿だった。残りのうちひとりはローブ姿で、もうひとりは燃えるような赤毛の大柄な人物だった。
「いっつつつ、大丈夫か、サイネール」
「な、なんとか……」
「すまないが、どいてくれないか。ハッ、そうだ、ジェレミアは!?」
「……誰だよお前ら」
あまりに現実離れした光景に、思わず現実逃避してガレージの扉を閉めてしまいそうになるディールだったが、そこはなんとか踏みとどまった。
顔も見えないフルフェイスの兜を被ったのが二人もいるせいで警戒したのだが、その四人の不審者の中に見覚えのある人物がいることにディールは気がついた。
「あれ、お前らって……あれ?」
だが、まさか。
アイツラはあの異世界……インキュナブラにいるはずじゃないのか。ディールは昨年の初夏のことを思い出していた。そして時を同じくして、四人の方もディールに気がついた。
「ディール!」
「ディール!?」
二人いたフルフェイスのうち、背の低い方がバイザーを押し上げてディールの名を叫んだ。ほぼ同時に、立ち上がった大柄の赤毛もまたディールの姿を目に留め、驚きに目を見張っていた。