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オーブ!~fighting spirits~  作者: 天界音楽
チャプター9(ファイナルチャプター):ファイナルファイト
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第5話

 ルイーゼが案内した場所は塔の一番上、意外にも丁寧に整えられた普通の部屋だった。何か宗教的な道具が揃えられ、悪魔の召喚に用いるような魔法円が描かれた床を想像していたサエリクスは拍子抜けだ。


「どうぞ座って、寛いでらっしゃって。すぐにお茶を用意しますから」

「いや、茶なんて……。じゃあ、まぁ、頼む。エリーゼもそれでいいか?」

「うん……」


 悠長に出された茶を飲んでいる場合か、と一度は断ろうとしたサエリクスだったが、途中で気が変わった。戦いの余韻が薄れてくるにつれ、疲労感がじわじわと身に染みてくる。ここで寝てしまうわけにもいかない、眠気覚ましが必要だった。


「悪いが俺は座らないぜ。眠っちまうわけにはいかねーからな。ほんとなら『御託はいいからさっさと帰せ』って言いたいとこだが、まだエリーゼとの別れも残ってるからよ。言いたいことがあるならさっさと言え、少しだけなら付き合ってやる」

「せっかちですね。そんなにすぐに帰らずとも、もっとゆっくりなさっても良いのではないですか?」

「あ?」


 サエリクスはティーセットを運んできたルイーゼの目を見る。微笑んではいるが、彼女は笑っていなかった。サエリクスを送り帰すことができるのは彼女だけだ。


「ルーイ、やめて」

「だってそうじゃありませんか? 貴方は謀反を未然に防いだのですわ。ここへ残ればそれなりに良い暮らしを約束されています。もちろん、王にはなれませんけれど、欲しいものは何だって手に入るのですわ。贅沢な品々も、美食も、もちろん女だって。

 エリーゼには男性を悦ばせる手管なんてございませんけれど、それは追い追い仕込めばよろしいですわ。私であればすぐにでも貴方を満足させられます。どうです?」

「ルーイ!」

「いいえ、やめません。サエリクス様、どうかここに残って私たちの主人になってくださいませんか? 私たちを守っていただきたいのです!」

「勝手なこと言わないでよバカ! サエリクスには家族がいるんだ、帰らなくっちゃいけないんだから!」

「バカはリーゼでしょう!? 好きならどうして彼を引き留めないんです!」

「やめてよ!!」


 エリーゼの悲鳴が響き渡る。


「リーゼ……リーゼ、私は……」

「アタシのことを思うなら、サエリクスをちゃんと地球に帰してあげて。こっちの勝手な事情で巻き込んで、危険な目にいっぱいあわせて……サエリクスはこの世界じゃ、武器も防具も使えなかったんだよ? 怪我だって病気だって、魔術で治ったりしないんだよ? 王様に褒められて貴族の仲間入りしたって、そんなんじゃ意味ない! アタシたちじゃ向こうの家族の代わりになんて、なれっこない! そんなの、そんなのちゃんと、わかってるんだ……!」

「リーゼ……」

「お願いだから、これ以上、サエリクスに嫌われるようなことしないでよ……」


 泣き崩れるエリーゼに、ルイーゼも寄り添い涙を流す。許しを請うような眼差しを向けてくるルイーゼに、サエリクスは腕組みをしたまま静かに頷いた。


 エリーゼが泣き止んでから、ルイーゼはサエリクスとエリーゼのふたりを同じソファに座らせ、自分はその正面に座った。そしてもう一度だけ謝罪の言葉を口にしてから語りだした。


「先ほどは出すぎた真似をして失礼しました。サエリクス様、貴方を元の世界に帰すために必要な条件はすでに揃っております。ですから、すぐにでもお送りすることができますわ」

「そうか」

「ええ。私が貴方のために喚んだ二人の殿方も、どうやら先に帰られたようですわね。それも確認いたしました」

「俺のため?」


 ルイーゼは頷いた。


「ええ。私が命令されたのは貴方を喚び出すこと。しかし、それ以外のことをするなとは言われておりません。ですから、貴方に所縁のある方々に助けを求めたのです。私がいなくても大丈夫なように、帰るための手段を与えて。ですから、彼らのことはどうか、ご心配なく」

「ああ。帰ったってことだけは聞いてたからな。無事ならそれでいい」

「では、もう、やり残したことはございませんわね……」

「そうだな」


 しんみりした空気が流れる。

 エリーゼは熱っぽい眼差しでサエリクスを見上げていた。サエリクスはきゅっと握られた袖に目を落とすと、少し居心地悪そうに咳払いをした。


「エリーゼと熱いお別れをなさっても良いですけど、私は意地が悪いので見ないふりなんかしませんよ?」

「ルーイ!」

「ふふふっ」


 サエリクスだって男だ、そういう関係を嫌悪するわけではないし、極端に忌避して生きてきたわけではない。……ただ、長続きしないだけだ。それにしたって、サエリクスの基準からすればエリーゼは、いや彼女たちは若すぎた。好きとか嫌いとか以前の問題で、ハッキリ言って子どもにしか見られない。完全に対象外だ。もう別れの時だというのに、どうやったら傷つけずに終われるのだろうかと、考えれば考えるほどに答えが出ない。だから、ルイーゼが揶揄うように割り込んできてくれたことで逆にホッとしたのだった。


 何となく肩から力の抜けたエリーゼがサエリクスの顔を覗き込むように見上げて言う。


「サエリクス……本当にありがとう。サエリクスのおかげで、アタシたち、アイツから逃げられたよ。これで、ようやく家族のとこへ帰れるんだね、良かったね……っ!」

「…………」

「ねぇ、サエリクス、アタシ……サエリクスが好き。誰かをこんなにも好きになったのなんて、サエリクスが初めてだよ。だから、お願い、アタシのことを忘れないで。覚えてて……」


 エリーゼは首から下げていた細い鎖を外すと、サエリクスの掌に押し付けた。そして、下を向いた彼の唇にそっと自分の唇を重ねた。ただ触れるだけのキス。サエリクスは彼女に応えはしなかった。涙に濡れる頬を親指で拭い、サエリクスはそっと体を離して言った。


「忘れねぇよ。……お前が大人の女だったら、また違った結果になってたかも、な」

「お、大人だもん!」

「そういうとこだよ」

「もう……!」

「元気でな、二人とも。二度目がないことを祈ってるぜ」


 ルイーゼの囁くような声がして、サエリクスの周囲にだんだんと光が集まっていった。別れを告げる自分の声すらどこか歪んで聞こえる中、エリーゼが手を伸ばしてくるのが見えた。彼女の唇がサエリクスの名を形作っている。


 手を伸ばし返そうとして、強烈なフラッシュに飲み込まれた。

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