第2話
「全員俺にぶっ殺されたくなかったらさっさと俺を元の世界に戻せ。話はそれからだ」
完璧に矛盾した提案。
それは「お前と取引するつもりなんざねぇ!」という意思表示か。
「……! 先にオーブだ、異世界人」
ジュードは反抗されるのに慣れていないのだろう、鷹揚に見せようと努力しているようだが失敗している。噛みつきそうなほどの形相のまま、彼は右手を二人に差し出した。
「これか?」
「!」
サエリクスはポケットに突っ込んだ手を出すと、玉座に近づいて行った。ジュードは警戒心を表に出しながらもサエリクスの歩みを止めさせようとはしない。サエリクスに槍を向けている取り巻きたちは、動揺しながらも主人の命令を待つのみだ。包囲が解かれ、衛兵たちが退がっていく。
「ほらよ」
ジュードの真ん前に突き出される右の拳。その中にはサイネールからもらった赤い魔法石が入っている。サエリクスはまるで親切心でそうしているかのように、ジュードの右手に自身の左手を添えて、中身を渡そうとし……しかし石はそのまま床に落ちて転がった。サエリクスは空になった手でジュードの指を一気にへし折った。
「うぐぁぁぁああああ!! こ、殺せ! ぶち殺せ! 絶対に息の根を、止めろ!」
サエリクスに一斉に槍が向けられる。しかし、ジュードの指示を待っていたことで生じたロスタイムは、サエリクスにとっては絶好の反撃の機会だった。一番端の男が持つ槍の柄をサエリクスが掴むと、大きな破裂音と共に眩い閃光が辺りに満ちる。
「ぎゃ!」
「うあっ!?」
「どっせい!」
光と音のショックに衛兵たちが一瞬硬直する。サエリクスは握った槍を男の方へと押し返しつつ、横へと払って別の兵士もろとも転ばせた。そしてバック転をして後ろに移動し、彼らから距離を取る。
なんとか立ち直った衛兵が背後から槍を突き出すが、サエリクスはそれを屈んで回避。その際に床面に着いた膝を支点に、グルッと半円状に180度回転して敵に向き直り、その右膝の関節を裏から殴りつけてバランスを崩させた。同じく膝をついた彼の顎にアッパーを入れる。衛兵の目がぐるんと裏返るが、追い打ちで右のフックを側頭部に入れ、次に左手でその頭を床に叩きつけた。これでひとりノックダウンだ。
「きゃあ! 危ない!」
更に横から別の兵士に槍を突き出されるも、サエリクスはそれも地面に膝をついて回避した。素早く立ち上がると同時、彼の制服を掴んで持ち上げるようにしながら軽く足を払ってバランスを崩させる。
「あ?」
何をされたのか分からないまま、その衛兵はこの部屋で唯一の段差に顔面から叩きつけられて沈んだのだった。サエリクスは倒した相手には目もくれず、今度は斜め右前にいる兵士に全力ダッシュで駆け寄る。突き出される槍はしゃがんで回避し、その体勢からプロレス技のドラゴンスクリューを繰り出した。
本来は相手の片足をクラッチしたまま内側にきりもみ状態に倒れこむことで、その回転力で相手を投げ飛ばすのだが、サエリクスは投げずに巻き込む様にして衛兵を地面に引き倒した。その勢いで兵士の右足の関節をへし折り、さらに顎に左の肘を入れてノックアウトする。
続けて、片手で思いっきり槍を突き出して来た兵士の懐に潜り込み、槍を持っているその右腕を肩の関節からへし折る。絶叫が響く中、サエリクスは右足で向かい合う兵士の右膝の関節を裏から蹴ってバランスを崩させ、床に叩きつけた。これで四人目だ。と、そこへ背後から兵士が現れた。
「うらぁ! 今だっ、やれっ!」
「っ!」
サエリクスを羽交い絞めにしようとしながら仲間に向かって叫ぶ。どうやら連携プレーで倒そうというようだ。サエリクスは慌てず背後の男のみぞおちと顔面に肘を叩き込み、怯んだところをさらに右の二の腕を喉に叩きつけて呼吸を奪った。腕を振りほどいて相手に向き直り、兵士の頭を左手でもって全力で突き飛ばした。
「ぐ……ぉ……」
後ろ頭から壁に突っ込んだ男は、くぐもった声を上げながらズルズルと崩れた。その上に剥がれた壁材の欠片が降り注ぐ。
「りゃああ!!」
その間に六人目の兵士が叫びつつ槍を右手で突き出してくるも、サエリクスはその右手首を掴んでカウンター。右のミドルキックが兵士の腹に突き刺さる。
「ぐほ!?」
サエリクスは、思わず前屈みになった兵士の背に手をついて飛び乗り、左足を男の首に引っ掛けてぐるっと回って地面に引きずり倒し、とどめに膝を支点に右の肩の関節を逆にへし折った。派手な悲鳴が上がる。これで最後のひとりを戦闘不能にした。取り巻きは全滅だ。
と、思いきや、
「うぉぉぉぉ!」
叫びながら向かってきたのは蛇男だった。蛇は左のハイキックから入ってくるものの、サエリクスはそれをすんなりブロックし、胸倉を掴んで突き飛ばす。ただしあくまでも軽めに。意表を突く程度。
本命はここから、だ。サエリクスは手始めに、左の肘をその腹に突っ込んだ。
「ぐお?」
そして顔、胸、腹、みぞおち、ありとあらゆるところにボクシングで鍛えたスピードあるパンチが突き刺さる。その衝撃に後退る蛇男を追い詰めるような形での猛ラッシュ。とどめに急所である胸にパンチを入れて怯んだ所に、足を高く上げての左の前蹴りをオマケに繰り出し蛇をぶっ飛ばした。
壁際に並ぶ甲冑のオブジェクトにぶち当たり、それらを派手にとっ散らかして蛇男はノックダウン。辺りからは小さな呻き声が上がるのみで向かってくる敵はいない。七人をすべて退け、残るはジュードただひとり。