第5話
「さぁて、今回は趣向を変えて、ぶっ刺すのはあんたの膣じゃあなくて目ン玉にしてあげるよ、グリセルダ。大丈夫、痛いのは最初だけ。脳みそグッチャグチャに掻き回しゃ、さすがのあんたも死ねるって」
「ぅ……」
膝立ちにさせたグリセルダの髪の毛を片手で鷲掴みにしたマリアンは、右手の片手半剣を掲げた。そして、その剣先をグリセルダの半開きになっている右の翠眼に宛てがうと、ニッコリと唇をほころばせた。うっとりとした、甘い猫撫で声でグリセルダの名を呼ぶ。
「……さよなら」
無抵抗のグリセルダに、まさにマリアンの剣が突き刺さろうとしたとき、サイネールの叫び声がその手を止めさせた。
「彼女を放せ! この、イカれ変態女っ!」
遅れて、石も飛んできたがこちらは当たるどころか掠りもせずにその辺に転がった。その石を目で追っていたマリアンは、感情を落っことしたような顔でサイネールを振り返った。
「…………殺す」
「げっ!」
「……そこで待ってなよ、グリセルダ。あのヒョロイ男をとっ捕まえて、あんたの前で、内臓ぶち撒けてやる!」
踵を返して逃げ出したサイネールを、マリアンは追った。抜き身のバスタードソードを持ったままでありながらかなりの速さだ。
「待ちやがれ、クソガキがぁっ!」
「わっ、わわわっ!」
細い路地へと入っていく青年を見て、マリアンは大きく舌打ちをしたが、そのままスピードを上げて彼を追った。冷静に考えれば誘い込まれているのではないかと警戒していたかもしれない。しかし、彼女には一度熱くなると周りが見えなくなってしまう欠点があった。全力疾走するマリアンはみるみる内にサイネールとの距離を縮めていく。
「ほらほらぁ! もひとつケツに穴を開けてやるよぉ!」
「ひぃぃぃっ!! た、助けて……!」
弱者を追い詰めることに夢中になっていたマリアンは気づかなかった……気づけなかった。路地裏の死角に潜んで好機を狙っていたサエリクスに……。
「うーりゃあああああああああああああ!!」
「がへっ!?」
マリアンの側頭部に渾身のドロップキックが決まる!
頭は人体の急所の密集場所である。そこにいきなり衝撃を受け、マリアンはなすすべもなく盛大に吹っ飛んだ。彼女の手からバスタードソードがこぼれ落ちる。
「うら、おら、うらあ!」
路地の壁で顔面を強打し、息を詰まらせ地面で身をよじるマリアンの腹に、サエリクスは連続でサッカーボールキックを食らわせる。
「ぐぉ……このっ……!」
「らぁ!」
「ぶっ!!」
サエリクスの蹴りを五発食らったところで、マリアンは何とか抵抗しようとするのだが、その側頭部に容赦なくまたキックが突き刺さる。腐っても現役の女騎士、何とか立ち上がろうとするマリアンだったが、サエリクスはそれを許さず今度は彼女の頭を全力で踏み潰した。
「くそがぁ……女の顔に何してくれやがる……」
「うるせぇ! てめぇはあいつに、それ以上のことをしてきたんだろぉが!」
あの場ではポーカーフェイスを保っていたサエリクスだったが、マリアンが自慢げに語った外道なエピソードには腹が立って仕方がなかったのだった。落ちていたバスタードソードを遠くへ蹴り飛ばすと、ジャリンと硬質な音が響き渡る。愛剣を足蹴にされ額に青筋を立てるマリアン。構わず彼女を力任せに立たせたサエリクスは、その体を持ち上げ、側のゴミ捨て場にぶん投げた。生ゴミに埋もれてもがく様は無様としか言い様がない。
「うあっ! げっ、ペッ! ちくしょう、てめぇ……!」
「…………」
サエリクスはそんなマリアンの醜態を厳しい表情で眺めていた。彼らから離れた場所では、蒼褪めたサイネールが彼女のバスタードソードを抱いて、この勝敗の行く末を見つめている。すでに体はガタガタだったが、何とか立ち上がったマリアンは、反撃の糸口としてサイネールの持つ剣を取ろうと動く。
「させねーよ」
「うぜぇ! ちくしょぉぉお!」
サエリクスに進路を邪魔され、ヤケクソにでもなったか、マリアンは目の前で落ち着き払った顔をしている男の胸倉に手を伸ばした。サエリクスはその右手を取り、まるで柔道の背負い投げのように彼女の間合いに体を滑り込ませると、自分の肩を使ってマリアンの右肘の関節を逆方向にへし折った。嫌な音が響く。
「ぎゃはあああっ!?」
痛みに絶叫し、よろめくマリアンに右のミドルキックが二発、側頭部に右ハイキック一発。とどめに左足で彼女の左の膝関節を逆方向に蹴り折る。
「あっがあああっ、ああ、あっ!?」
まともに立てずバランスを取るのが精一杯のマリアンの顔面に、ストレートパンチが綺麗に決まった。鼻から鮮血を吹き出しつつ前のめりに倒れようとする彼女の腰を掴んだサエリクスは、そのまま彼女を担ぎ上げて自分の背中越しにマリアンを落とした。
「ぐふっ」
奇妙な声が漏れたのを最後に、マリアンはピクリとも動かなくなった。
静寂が辺りを支配する。
雑魚とはいえ十五人からなる男たちの集団をたったひとりで叩きのめし、女騎士を相手に死闘を繰り広げたのだ。マリアンに関してはグリセルダが多少体力を削っていたのと奇襲が成功したおかげで勝てたようなものである。そうでなければ、さすがのサエリクスも彼女ご自慢の剣で切り刻まれていたかもしれない。
「……終わったの?」
「……ああ」
マリアンとのバトルはサエリクスの変則的パイルドライバーによって決着がついた。グリセルダの命を脅かし、その尊厳を奪った嗜虐趣味の女騎士は、首の骨が折れたことによって呆気なく死んだ。彼女の死体を見下ろし、息を整えていたサエリクスはサイネールの言葉に頷いた。
凶刃に怯えるグリセルダを嘲笑ったマリアンは無様で惨めな死を迎えた。これでグリセルダが救われるとは思わないが、「落とし前はつけさせてもらったぞ」とサエリクスは胸の裡で呟くのだった。




