第4話
マリアンは剣先で石畳を鳴らしてグリセルダを振り向かせた。
「涙ぐましいねぇ~、そんなに仲間を守りたいんだ? 騎士の鑑ですから~ってやつぅ?」
「……違う」
「違わないじゃ~ん! あんたの言う通り、あんたが逃げればあたしはあいつらを殺していく。まずは誰から? あのサエリクス?」
「…………」
「あ、なるほど~、眼鏡君か~! ふ~~ん! 強い男が好きなんじゃなかったっけ? あ、そっかぁ、そういうやつは誰もあんたを相手にしてくれないからか~」
「……るせぇな」
「ハッ! おしゃべりくらいつきあえよ! あんたにとっちゃその方が好都合だろ? ま~、どうせしないだろうけど、あたしの前から逃げたら、あいつらが死ぬから」
「わかってるよ、んなこと……ぅあっ!?」
「ギャハハハハ! わかってるよ~、だってぇ!」
マリアンの片手半剣がグリセルダの右肩を掠めた。シャツが裂かれ鮮血が飛ぶ。
「避けきれなかったろ? さぁ、楽しませてもらおうじゃんか、かわい子ちゃん?」
「…………っ!」
* * * * * * * * * * * *
サエリクスは少しでも明るく、また戦いやすい場所を目指して走った。サイネールとエリーゼもそれに続く。
「どっか隠れてろお前ら」
「やだ、アタシも戦う!」
「うぇっ!? じゃ、じゃあ、僕も……」
「無理すんな眼鏡。エリーゼも」
「でもでも、サエリクスにだけ戦わせられないよ!」
「……怪我するなよ。俺が相手すっから、隠れてチャンスを狙え」
「わかった!」
しかし、追いかけてくる男たちはいかにも覇気がない。サエリクスの預かり知らないことだが、彼らは昼間、ディールの車にぶつけられており、十五人、二十人もいながらそのほとんどは怪我人だったのだ。
「オラオラ、来るなら来いよ! それとも俺が行くか? こっちにゃ、おめーら雑魚を長々相手にしてる暇なんざねぇんだよ!」
だが、そう言われて「はいそうですか」と引き下がるわけにいかない。彼らは顔を見合わせると、武器を手にサエリクスへと襲いかかってきた。
「チッ! 馬鹿共が……」
男たちの連携もクソもないてんでバラバラの攻撃。サエリクスはうんざりしながら、半ば作業のように男たちに掌打を叩き込んでいく。八卦掌、そして太極拳の動きでギリギリで身を躱し、逆に敵の懐に潜り込んで必殺の一撃を打ち込む。顎、胸の中心、鳩尾。膝を思い切り踏みつけてバランスを崩させるとちょうど良い位置に頭が来る。容赦なく側頭部に打撃を入れると、男は「ふがっ」という妙な声を漏らして倒れ伏した。
剣を振りかぶる男のガラ空きの胸を思い切りキックし後続ごと吹き飛ばす、蹴りつけてこようとした男の足を膝から持ち上げ投げ飛ばす、相手の腕を取って壁に叩きつける、などなど。サエリクスは派手に、しかし確実に敵を屠っていった。
「うらぁっ!」
「ごばぁっ」
「ぐぶっ!」
彼が腕を、足を、振るうごとに倒れる敵。彼の武術の腕前もさることながら、サエリクスの強さはそれだけではない。その辺の木箱や立てかけてある棒など多彩な道具や障害物を用いた、多対一にならない、「負けない」シチュエーション作りこそ、サエリクスが磨き上げてきた格闘センス、頭の使いどころなのだった。
「強い……」
サイネールが称賛の声を上げた。彼がサエリクスに向ける眼差しには、それだけではない羨望と嫉妬、そして尊敬が入り混じっている。同じく、手助けをするつもりで何もできなかったエリーゼが向ける眼差しには、年上の異性への憧れと恋慕が見え隠れしていた。
結局、サエリクスひとりで粗方の敵は倒してしまった。逃げて行った者もいたが、彼はそれを追わず、エリーゼたちにも追わせなかった。倒れ伏した男たちの真ん中で、戦闘を終えたサエリクスは深く息を吐く。その姿はまるで修験者のようだった。
「ふぅ……」
「サエリクス!」
「よし、片付いたな。さっさと助けに行ってやんねぇと……さすがに死ぬぞ、アイツ」
駆け寄ってきたエリーゼに頷きを返し、サエリクスはサイネールに向き直った。
「そう、だね……。でも、どうすれば……」
「武器が必要だよ! そうだ、コイツらの持ってる剣でも何でも、持っていけばいいじゃないか!」
「エリーゼ、それは無理だよ。サエリクスたちマレビトは、こっちの世界の武器も防具も、そういう目的で作られた物は身に着けられない。君は聞かなかったの? そういう事情」
「えっ、それは……」
赤面して気まずそうにうつむくエリーゼ。サイネールも思わず「しまった!」という表情になった。
その胸中を知ってか知らずか、サエリクスは淡々とマリアンの攻略法を口にする。
「厄介なのはあの剣だ。避け続けるだけじゃ埒が明かねぇ。どうにか手放させる必要がある……」
「そんなの、どう、やって……?」
「………………」
「えっ。な、なんで僕を見てるの……かな?」
無感情なサエリクスの視線に、サイネールは思わず後退った。




