第7話
「そう言われるとやる気が出てくるぜ。その強さとやら、存分に拝ませてもらおうじゃねえか」
サエリクスの目に好戦的な光が宿る。元々戦うことが好きな男なのだ。軍に入ったのも「格闘技以上の強い奴と戦えそうだから」という理由からだった。そんな彼を見てエリーゼはげんなりした表情になった。
「だってアイツら、重い鎧を着たまま、アンタの頭の上まで跳ぶし、硬いし、それに怪我したって治せるんだよ? まるで化物だよ」
「……骨折してもか?」
サエリクスの声が剣呑な響きを帯びる。エリーゼはサエリクスの真意を探るようにその目を覗き込みつつ、すぼめていた唇を開いた。
「そうよ。骨折も、術で筋肉とか骨を固定して戦い続けるんだってさ」
「関節を逆に折り曲げてもか?」
「えっ……それは、わかんないけど」
「目を潰したらどうなる?」
「…………」
「戦場で生き残るってのはそう言う事だぜ」
現役軍人が語る現実……エリーゼは思わず息を飲んだ。その深い茶色の瞳には恐れが瞬いている。それでも、彼女はサエリクスから目を逸らさなかった。
「相手が殺す気で向かって来てて、かつ逃げられない状況なら、抵抗するしかねえ。関節を逆に折り曲げて、それでも駄目なら相手の股間を蹴り潰し、まだ動けるなら目を潰し、最後は首の骨を折って息の根を止める」
サエリクスは淡々とした口調で、指折り数えながら続けた。
「あとは、そうだな。俺は武器が持てねぇが、その辺りの石で殴る、ガラスの破片を喉に突き刺す、タオルで絞殺する、ボールペンで眉間を刺す、色々やれるな」
「ぼぉるぺん? いやいや、じゃなくて、そこまでしなくちゃいけないわけ?」
「戦場じゃあ、遠慮なんてしたら自分が死んじまう。俺はそういう戦場を生き残る為に、ほぼ毎日訓練やってんだよ」
「……サエリクスも兵士なの?」
「そうだ、俺は軍人だ」
「でも、サエリクスは、自分を守る為以外に無駄な殺しはしない……よね……? それとも、やっぱり目的のためなら殺すの?」
サエリクスは真顔のままエリーゼを見据えた。
「言ったろ? 相手が明らかに俺を殺すつもりなら容赦しねえ。けどよ、必要がねーのに殺しはしねえよ」
「そっか……。そうだ、痛みを我慢して自分に術をかけるのって難しいんだってさ。それに、治すのにも少しの時間がかかる。サエリクスなら聖堂騎士もちゃちゃっと倒せるのかも、ね」
「かもな」
エリーゼが笑顔になったのを見て、サエリクスも口の端をニッと引き上げた。二人が腰かけていたのは共同の水場近くのベンチで、すぐそばには水瓶を掲げた少女像が設置されていた。その瓶から勢いよく清流が落ちてきて、子どもたちの歓声が上がる。しばらくそれを羨ましそうに眺めていたエリーゼが、隣のサエリクスを見上げて言った。
「ねぇ、サエリクス」
「ん?」
「アタシは……アタシには殺せると思う? 目的のために、人を殺せると思う?」
「できねぇな」
サエリクスはエリーゼに対して即答する。
「っ! どうして!?」
「さっきのお前の目を見りゃわかる。俺の話を聞いてた時、明らかに動揺してた。恐怖心もあったしな。あそこでたじろぐってことは、戦場の経験も無さそうだ。場慣れしてる奴はどっか壊れちまってんだよ」
「俺みたいにな」とどこか自嘲するかのようにサエリクスは言葉を付け足した。
「サエリクス……。でも、オーブを手に入れるためには、なんだってやらなくっちゃ。たとえ人を殺しても……」
「まぁ、サポート頑張ってくれや」
エリーゼの言葉を遮り、両手で膝を打ってサエリクスが立ち上がる。
「今回は殺しメインじゃなくて、盗みがメインだ。
だったら無駄に戦うのは避けるべきだろう。強い奴には興味があるが、戦場で重要なのは生きて帰ることだからよ」
「……わかった。ありがとう、サエリクス。アンタがいてくれてよかった」
そう言って微笑むエリーゼは、今までの蓮っ葉な態度が引っ込み、どこか幼さを感じさせた。サエリクスはやれやれと首を振り、彼女の腕を取って言った。
「じゃあ、ここで立ち話ばっかしてても先に進まねえ。さっさと行くぜ」
「うん!」
* * * * * * * * * * * *
二人は大聖堂への巡礼に紛れ、馬車と並んで歩きながら目的地へと近づいていった。巡礼には老いも若きも男も女も、貧富の差すら関係ないらしい。と言っても、旅ができるということはある程度恵まれた環境にあるようで、身に着けている物もそうみすぼらしいものではなかった。
彼らの衣装はどこか古めかしいデザインのものが多く、英国の歴史ドラマの中にいるような気さえしてくる。もしもあのとき、牢から出てすぐ逃げられたとして、この衣装の人々には溶け込めなかったろう。誰かから服をはぎ取って身に着けたとしても、きっと足元が目立つ。エリーゼが着替えを用意してくれていて助かったとサエリクスは思った。
「大聖堂に着いたら、中を見学させてもらえるんだ。でも、アンタあんまり喋っちゃだめだよ?」
「ああ、わかった」
「? 素直だねぇ」
「言っただろ、俺は早く帰りてえんだ。スムーズに物事を運ぶのも戦場のセオリーだぜ」
「じゃあ、その無口さでお願いするよ。サエリクスが聖堂騎士と話したら、怒らせちゃいそうなんだもん」
エリーゼはそう言うとひとりで笑い出した。無口といえばディールかジェイノリーだろうに、と遠い地球にいる知り合いのことを思い出すサエリクス。
「別に俺、無口ってわけじゃないんだがな」
「口が悪いって言ってんだよ」
「あ、そっち?」
「そ、そ」