第1話
サエリクスたちは、とっぷりと日の暮れた街道で立ち尽くしていた。それはつい先程のこと……
「えっ、もう最終便が出たぁ!? どうして、だってまだ時間じゃないじゃないか!」
「そうなんだけど、席がいっぱいになっちゃったから行ってしまったよ」
「そんな~~!」
停留所で待っていてもサッパリ馬車が来ないので、側で焼き栗を売っていた男を捕まえて聞いてみたら、この顛末である。
「どーすんの、サエリクス?」
「俺に振るなよ。どーすんだ、眼鏡?」
「僕はサイネールだって言ってるだろ!? ああっ、もう! 明日出直しだよ、これじゃ」
「じゃあ……あの屋敷に戻るのかよ?」
「う……。あのバカ女もいないし、戻りにくいなぁ。イスダールへ行くって言って出てきちゃったのに……」
溜め息と共に肩を落とす男二人。エリーゼは肩をすくめてそれを眺めていた。泊まれる場所がないならないで、どこか屋根のある場所を探さなくてはならない。もう陽も落ちきってはいるが、幸いここは王都、夜を過ごせる場所には事欠かない。
「じゃあ、どっか移動しようよ。このままここにいたって仕方がないだろう?」
しかし、エリーゼのその言葉に応えたのはサエリクスでもサイネールでもなかった。
「その必要はございません。どうぞ、馬車にお乗りください。イスダールまでお送りしましょう」
「ムート……」
「ムートさん!」
振り返れば、グリセルダの執事の姿があった。そしてその横には留められた馬車が。サイネールに頼まれて、サエリクスが倒したゴロツキの始末をしていたムートであったが、それらを終えてちょうど戻ってきたところだったのだという。
「最後の便が出てしまったと聞き、もしやお困りではないかとお迎えに上がりました」
「お~、サンキュー」
「ありがとう。助かるよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! どういうことなのさ? このひとは誰で、なんだってアタシたちに親切にしてくれるのさ? それにリスタールって……眼鏡の手下じゃなかったのかい?」
事情の飲み込めないエリーゼが慌てたようにサエリクスにしがみついた。
ムートの力を借りたとき、エリーゼには何の紹介も説明もしていない。「そういえば……」、とサエリクスは今さらながらに思い出した。
決定的な証拠が掴めるまでひとまずガイエンの手下を閉じ込めておくことにしたのだが、サイネール自身には伝がなくてムートの力を借りたのだ。
「説明……いるか?」
「いるよ! だってこんないきなり……信用できるかわかんないじゃないか……」
「…………」
「サエリクス! 面倒くさそうな顔しないでよ!」
「別にぃ」
サエリクスはガシガシと後ろ頭を掻き、エリーゼに向き直った。
「俺も、俺の仲間も世話になった家だから、心配しなくていーと思うぜ。さっきのゴロツキも預かってくれたしな。協力してくれてるリスタールの伯爵令嬢っつーのはなんだ、……この眼鏡の婚約者だから大丈夫だ」
「あ、そうなんだ」
「ちょっとぉ!? 何言っちゃってくれてんの!?」
サエリクスの適当な発言に目を剥くサイネール。その横ではちゃっかりとムートが流れに乗っかってハンカチを目に当てている。
「おお、ようやく決心してくれましたか。良かったですね、お嬢様」
「おおおい? 違うからねっ!? 外堀から埋めるのやめて、ほんと怖い!!」
「いや、実際の話、ここまで来たらそんくらいのこと要求されてもおかしくねーぞ、お前」
「うそぉ……」
半分脱け殻のようになったサイネールを引き摺って、馬車に乗り込むサエリクスだった。
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イスダールへ着いてからもまったく緊張感のない三人だったが、グリセルダたちの泊まっているホテルではさすがにその空気も改まった。
「帰って、ない?」
「はい。まだ誰もお戻りになっておられません」
念のために三人の泊まっていたスィートルームも確かめたが、書き置きも何もなかった。
「お嬢様の荷物はほとんど残っておりますね」
「ってことは、外泊するつもりで出掛けたわけじゃないってこと?」
「マジかよ。じゃあやっぱ、巻き込まれた、か?」
「サビーン教授の居場所を突き止めて、一緒に捕まっちゃった、とか……」
サイネールは、サビーンが王都から消えた理由を「オーブの力を解明しようとしていたガイエンに捕まった」と推測していた。だが、それはエリーゼによって打ち消される。
「サビーン……それって背の低いおじいちゃん先生じゃないかい? 品の良い服を着て杖をついててさ」
「っ、そう、そのひとだよ! って、……なんで君が教授を知ってるのさ……?」
「決まってンだろ。つまり、そいつが、……敵だ」
サエリクスの言葉にエリーゼとサイネールは息を飲んだ。慎重に動く必要があると再認識した三人は、ひとまず、教授の名を出さずにグリセルダたちの行方を追うことにした。
「あれだけ目立つ三人だ、必ず目撃者がいる」
「確かに」
髪の毛が水色と黄緑色をした男に、髪の毛が真っ青の大男、それに、その大男に匹敵するほどデカイ赤毛の女とくれば、覚えていない方がどうかしている。
「足取りを追うのは簡単なはずだ。その上で、捕まってるんだったら情報を集めて突っ込む」
「わかった」
「わかったよ」
念のためムートをホテルに残し、三人は夜の街へと繰り出した。時刻は真夜中を過ぎたところで、港では漁に出る男たちが忙しそうに最後の準備を整えているところだった。
「そんな奇抜な髪の毛をした男たちは見なかったなぁ。悪いねぇ、いつも昼間は寝てるんだ」
「いや、こっちこそ悪かったな」
「でも、そうだなぁ……関係あるかはわからないが、昼間、真っ青な色をした変な物が、すごい音を立てながらこの道沿いを走っていったらしいぞ」
「何っ! こっちの道だな、助かった!」
「待って、サエリクス!」
「早っ……」
言うが早いか、サエリクスは走り出していた。




